最も華やかな映画賞と言われるアカデミー賞授与式ですが、いつもそこに待ち構えているのは、ライブならではの予期せぬ感動の瞬間。
今年もきっとなにか素敵なことが起きそうですが、まずはこれまでの歴史から記憶に残るエピソードを振り返ってみましょう。

親子の絆を再確認させ、社会を啓発する受賞スピーチ

間近に迫った第89回アカデミー賞授賞式。勿論、何が、誰が獲るかも気になるが、セレモニーには付きもののライブならではの予期せぬ感動が、いつ、どこでもたらされるかに期待してしまう。過去のオスカーナイトでも映画ファンの胸を熱くさせたのは、そんな脚本には書かれてない瞬間の数々だった。

画像: 親子の絆を再確認させ、社会を啓発する受賞スピーチ

オスカーを介して親子の絆が浮かび上がったのは第54回。ハリウッド屈指の名優でありながら、なぜかアカデミー賞には縁がなかったヘンリー・フォンダが、遂に「黄昏」(1981)で主演男優賞に輝いた時、すでに病床にあった本人に代わって賞を受け取ったのは、余命に限りがある父親にオスカーを獲らせるために「黄昏」をプロデュースし、自らも助演女優賞候補に挙がっていた娘のジェーン・フォンダだった。壇上に駆け上がったジェーンは「ダッド、このオスカーを持ってすぐに行くわ!」と、声を震わせながらスピーチ。娘が父にオスカー像を手渡す写真が直後に拡散され、間もなく、ヘンリーは77歳でこの世を去る。

「カッコーの巣の上で」(1975)の冷徹な婦長役で第48回の主演女優賞を受賞したルイーズ・フレッチャーは、オスカー史上稀に見るユニークなスピーチを用意していた。アラバマにある自宅のリビングで授賞式を見ていた聾唖者の両親に向けて、手話で喜びを伝えたのだ。「夢を持つことを教えてくれたお父さん、お母さんに感謝の言葉を贈りたい」と。会場のドロシー・チャンドラー・パビリオンにいた業界人、全世界の映画ファンが思わず涙したことは言うまでもない。

画像: 「カッコーの巣の上で」で共演者ジャック・ニコルソンと共に主演賞を受けたルイーズ

「カッコーの巣の上で」で共演者ジャック・ニコルソンと共に主演賞を受けたルイーズ

「オスカーウィナーはいつも他の誰かさ」と自分の運のなさを皮肉っていたロビン・ウィリアムズも、「グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち」(1997)で悲願の助演男優賞に輝いた時は、さすがに得意のマシンガントークを封印。それでも「役者になりたいと言った時の父の言葉を思い出すよ。“最悪の事態を想定して手に職をつけておけよ、例えば溶接工とか”って」と、とっておきのエピソードで爆笑をゲット。それを舞台袖から感慨深げに見守る親友であり当夜のMC、ビリー・クリスタルの表情が、何よりロビンのオスカーを巡る苦節の歴史を物語っていた。「本当におめでとう」ビリーの笑顔がそう言っていた。

社会的な少数派が受賞スピーチで彼らなりのメッセージを発信して、深い感動を呼んだ場面も。「ミルク」(2008)で脚本賞に輝いたダスティン・ランス・ブラックはゲイである自らの体験を踏まえた上で、「たとえ偏見があっても、神様は君たちを愛しているよ」と同胞を鼓舞し、「イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密」(2014)で脚色賞を受賞したグレアム・ムーアは、自身の自殺体験を告白した後、「私はこの場を、自分の居場所がないと感じている子供たちに捧げたい。どうか他人と違うままでいて下さい。そして、いつかこの場に立って同じメッセージを伝えてあげて下さい」と強く訴えかけた。

史上最長のスタンディングオベーションを受けた伝説のスターとは

受賞者やプレゼンター自身が感動の発信源にもなり得るのがオスカーナイト。その代表がチャールズ・チャップリンだろう。作品のテーマが共産主義的であるという理由から、一時期アメリカから事実上の国外追放を命じられたチャップリンが、アカデミー特別賞を受賞するために20年ぶりに帰還した時、沸き上がったスタンディングオベーションの長さは恐らくオスカー史上最長の12分間!そこにはハリウッドの喜劇王に対する謝罪の意味が込められていたと言われる。

画像: 喜劇王チャップリンに贈られたオスカーには重みがあった

喜劇王チャップリンに贈られたオスカーには重みがあった

前年の落馬事故によって下半身不随になったクリストファー・リーヴが、特別ゲストとして第68回の授賞式に車椅子で登壇し、映画に於ける社会貢献の重要性についてスピーチした時の感動も忘れがたい。リーヴはその後、脊髄損傷者のために財団を設立する等の活動を続けた後、2004年に52歳で他界している。

毎年用意される亡き映画人への追悼コーナーも、オスカーマニア必殺の感涙タイム。まして、故人にオスカーが授与される場合は。薬物の過剰摂取によって28歳で急逝したヒース・レッジャーが「ダークナイト」(2008)のジョーカー役で助演男優賞を受賞した際、遺族が壇上から「ジョーカーはこの場にいたかったはず」とスピーチした時、会場で目を潤ませるブラッド・ピットやショーン・ペン等の姿が今も目に焼きついて離れない。

なかなか表舞台に立てなかった黒人スターたちの栄光への長い道のり

さて、去年“白すぎるオスカー”と非難された人種問題だが、アフリカ系俳優たちの苦難の歴史はそのままオスカーの、授賞式の感動の歴史にも重なる。1939年に「風と共に去りぬ」のハティー・マクダニエルが初の助演女優賞に輝いてから実に24年後、「野のユリ」(1963)で初の主演男優賞に輝いたシドニー・ポワチエは、「僕の前に存在する何十、何百の人々の努力が実った」と誇らしくスピーチ。デンゼル・ワシントンが「トレーニング デイ」(2001)でポワチエに続く2人目の主演男優賞を受賞するのは、それからさらに38年後のことだった。ポワチエは同年アカデミー名誉賞を受賞。デンゼルは「ポワチエにやっと追いついたと思ったら、また先を越された」と絶妙なジョークで先輩を称えた。

画像: ワシントンとハリーが揃って主演賞を受賞したのは21世紀になってから

ワシントンとハリーが揃って主演賞を受賞したのは21世紀になってから

同じ年、「チョコレート」(2001)で主演女優賞に輝いたハリー・ベリーのスピーチはデンゼルに比べて格段に熱かった。何しろ、アフリカ系女優の同賞受賞は史上初だったのだ。エリー・サーブの花をあしらったシースルードレスでステージに上がった彼女は、過去の候補者たちの名前を挙げて「この賞は私なんかより、ドロシー・ダンドリッジ、レナ・ホーン、ダイアン・キャロル等のもの。今夜、扉が開いたのよ!」と嗚咽しつつスピーチ。果たしてその固い扉が、今年、「ムーンライト」や「フェンシズ」や「ラビング 愛という名前のふたり」等、人種問題を濃淡異なるタッチで描いた作品と関係者によって再びこじ開けられるだろうか?

画像: “サウンド・オブ・ミュージック”を歌い上げたレディー・ガガの前に本家ジュリーが登場したサプライズ

“サウンド・オブ・ミュージック”を歌い上げたレディー・ガガの前に本家ジュリーが登場したサプライズ

そして、かつてないエモーショナルなスピーチは炸裂するのか?レディー・ガガが「サウンド・オブ・ミュージック」メドレーをソプラノで歌い上げた後、ジュリー・アンドルーズが悠然と登場した、ライブパフォーマンスならではの、あの2年前のショーストッパーの再現にも期待しつつ、新しいオスカーの感動に備えたい!!

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