綺羅星のごとき華麗な受賞歴を誇る天才監督エミール・クストリッツァ。中でも『アンダーグラウンド』(95)は、カンヌ映画祭で上映されるや、圧倒的なパワーで二度目の最高賞パルムドールを受け伝説的作品に。その『アンダーグラウンド』が帰ってきたかのような新作『オン・ザ・ミルキー・ロード』。日本滞在のほとんどをライブに費やしていたクストリッツァ監督でしたが、インタビューが叶い、夢心地の時間をいただきました。

髙野てるみ(たかのてるみ)
髙野てるみ 映画プロデューサー、エデイトリアル・プロデューサー、シネマ・エッセイスト、株式会社ティー・ピー・オー、株式会社巴里映画代表取締役。著書に『ココ・シャネル女を磨く言葉』ほか多数。
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デビューと同時に、そのカリスマ性を見せつける

「『アンダーグラウンド』は、自分のパワーのピークだと思っています。一番良い作品かどうかはわかりませんが、最もエネルギーがあった頃の作品です。こだわった全ての要素を、映画の中に取り込むことができましたから」

懐かしむように語るクストリッツァ監督は、60歳を越えてもエネルギーの塊というしかない圧倒的な存在感を漂わせ、その頃を語ります。

「映画監督は、その時の環境と時間のおかげで映画が作れ、映画はまた状況を作り出していくものなのです」

『アンダーグラウンド』という映画は、ユーゴスラビアが無くなったのをきっかけに作られ、だからこそカンヌで話題になったのだと、感慨深げに。

85年に『パパは出張中』で初のカンヌ映画祭出品に挑み、最高賞パルムドールをかっさらってしまいます。才能はもとより自身の存在も魅力的なうえ、誰も真似のできない「魔法」のような映画作りが、こだわりの強いこの映画祭のお眼鏡に最速で叶ってしまったともいうべきカンヌ・デビュー。続いて出品した『シプシーの時』(89)も監督賞に輝き、そして『アンダーグラウンド』(95)で、再びパルムドールの栄誉を勝ちとるという、すご腕を見せつけるのです。

その他の作品の多くが、カンヌと並び三大映画祭と言われる、ヴェネチア、ベルリンで受賞。その芸術性は滞ることなく発揮されてきました。そして08年の『マラドーナ』から、長編作品としては9年を経て完成したのが、このたびの新作『オン・ザ・ミルキー・ロード』です。

画像: デビューと同時に、そのカリスマ性を見せつける

戦場での、ミルク配達の男と逃走中の美女の恋

物語は、タイトルのとおり、ロバに乗ったミルク売りの風変わりな男が、銃弾を避けながら、戦地で戦う兵士たちに毎日のミルクを届けるというお話。ミルクを絞ってはその男に売る酪農家の娘に惚れられているが、本人は一向に恋心には無頓着。そのうち男はあろうことか、その娘の兄と結婚する花嫁と恋に落ちる。しかし、その女は軍の将校に横恋慕されていて、その手から逃れるも追われ、身を隠しているという訳ありの花嫁だった。

主人公の男は彼女を守るため、駆け落ちを企てる。本気の愛を信じて生き延びようとする二人の運命やいかに……。という、とってもわかりやすい、大人のおとぎ話のような寓話です。

しかし、只者ではないクストリッツァ監督ですから、独特の映像と、あのバルカン半島サウンドの音楽、加えてハヤブサだとか、ロバ、ヒツジ、ガチョウ、ヘビなどなどの台詞を語らない生き物たちを登場させ、CGをほとんど使わなずに主要な役割を演じさせるという、他に類のない独自の世界を大展開させます。観る者は、またまた魔法にかかったように、一時もスクリーンから目が離せず魅了されること必至です。

まるで、あの『アンダーグラウンド』が帰ってきたみたいな至福の歓び。加えて今回は、花嫁役を演じる絶世の美女なくしては成り立たない作品で、モニカ・ベルッチの登場も。

監督・主演クストリッツァのお相手はM・ベルッチ

「60年代のイタリアン・シネマ全盛期の雰囲気を持つ女優が必要でした。イメージしていたら、モニカ・ベルッチが浮かんできました。意外にも、彼女はすぐオーケーしてくれました。難しい注文にも体当たりで、良く耐えてついてきてくれたものだと感心しましたね」

イタリア出身でフランス映画界でも活躍し、007シリーズのボンドガールにもなった国際女優でありながら、本作に二つ返事で出演しセルビア語も習い、過酷なシーンも自身で演じ切ったことを監督は高く評価しています。

泥にまみれ、水中で泳いだりというアクション・シーンも多かった撮影にもかかわらずです。

「彼女はスター、モニカ・ベルッチとしてのスタイルを崩したかったんでしょう。今回のような、作りものではない一人の女の素顔や姿を演じてみたかったようでした。彼女にとっても新しいチャレンジであったと思いますね」

着飾っているスター女優を一皮むいて、新しい側面を剥き出しにすることが出来るのも監督冥利というもの。この点は、クストリッツァ監督にとっても初めての取り組みだったのです。
いわば、彼女のために作られた作品と言っても良いほど、ベルッチの見せ場が多く、監督曰く、女性映画としても意識して作ったのだとか。

そう言う監督自身も、ミルク売りの男を演じて主演したのですから、これもまた、新たなチャレンジング。

老いなど微塵も感じさせない、渋くてセクシーな魅力が全開。というわけで、クストリッツァとベルッチが恋に落ちる!映画だと言ってもいいくらいにロマンチック。

独自の音楽にこだわることも、映画作りそのもの

「すごく難しいプロセスですよ、演じながら撮るのは。役者と監督をスイッチしなくてはなりませんから。そんな中で演じていると、監督としての自分を見失うのではないかと恐かった。アマチュアに徹して演じるしかなかった」

完璧主義の監督らしく、照れたように苦笑いしながらの言い訳で、謙遜気味の体。が、彼の演じるオーラが本作の魅力の一つであることは、ファンならずとも否めないものです。

そして、監督・俳優にとどまらず、自らのバンド『ノースモーキング・オーケストラ』で、歌い演奏することが、彼の人間的魅力と映画作品の幅を広げていることも興味深い点です。

独自のリズム、「ウンザ・ウンザ」と呼ばれる民族的サウンドは、彼の作品のすべてに活かされ、映像と相まって人々を魅了するのです。『アンダーグランド』はもちろん、本作の中でも息づき、映画に命を吹き込むかのようです。

今回来日の際に、コンサートへの情熱に触れて、すかさずうかがったのも、独自の音楽性のこと。映像あっての音楽なのか、音楽あっての映像なのか……。

「ミュージシャンとしての活動は、自分の映画作りそのものです。映画の中で演奏するシーンがあれば、そのために演奏しますし、後から作ることもありますが、コンサートで演奏した曲を活かすこともしています」

本作では、実の息子で映画作品に出演もしているストリポールが、音楽監督としてクストリッツァ世界を担っていて頼もしい限り。

命がけの駆け落ちこそ、究極のハネムーンなのか

「映画と音楽は切り離せない関係です。74年のプラハで映画を学んだ頃は、良い映画が溢れていた時代だったと思います。そう感じさせ、影響を受けたのがフェリーニ、タルコフスキー、小津、ヴィスコンティなんですから、幸せな時代でした。映画祭も、次なる映画の流れを作る力があった時代でした」

それから時代は巡り、監督も60代を迎え、どう変わってきたのでしょう。

「歳を重ねても、私は全く変わってはいないんです。音楽のおかげでますます若返っているのかな(笑)。でも、周囲はめまぐるしく変化し、文明は発展しても、文化に繋がってはいない。今の時代、芸術に人々がアクセスしやすくなっていることは良いことですが、技術が優先し、質が高まっているわけではない。社会全体が、文化を生産する機能を失っているという危機感があります」

そう聞けば、『オン・ザ・ミルキー・ロード』が、あくまで進み過ぎた文明への危機感を募らせ、全編プリミティブな要素で満ち溢れた世界になっていることに納得。拍手喝采できるというもの。

今も世界のどこかで戦争が起きている。だからこそ忘れてはいけない「生きる」「恋をする」ということを盛り込む。クストリッツア世界の圧倒的な力強さのテーマは「生命力」なのですね、普遍的に。そこにエロスも、カオスも存在しているのは、必然的なこと。

本作での最高の見せ場、生きるか死ぬかの男と女の逃避行こそ、そういう生き方しかできない二人の「究極のハネムーン」であることを描き切ったものと見つけたり!

この『オン・ザ・ミルキー・ロード』もまた、新作にしてクストリッツァ監督の集大成。大傑作映画となったと、うなずけました。

次回作には戦争が描かれないとのことで、それはそれでまた、どんなものをひっさげて世界を唸らせるのかが、楽しみな監督です。

画像: 来日ライブを行なったクストリッツァ監督 撮影:安井 進

来日ライブを行なったクストリッツァ監督
撮影:安井 進

『オン・ザ・ミルキー・ロード』
9月15日よりTOHOシネマズシャンテほか全国公開中
監督/エミール・クストリッツァ
出演/エミール・クストリッツァ、モニカ・ベルッチ、プレドラグ・‟ミキ”・マノイロヴィッチ、スロボダ・ミチャロヴィッチほか
セルビア・イギリス・アメリカ/125分/カラー/2016年
配給 ファントム・フィルム
© love and War LIC 2016

画像: 9月15日公開 エミール・クストリッツァ最新作『オン・ザ・ミルキー・ロード』予告編 youtu.be

9月15日公開 エミール・クストリッツァ最新作『オン・ザ・ミルキー・ロード』予告編

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