製作中から前評判が高く、日本でも公開され大ヒット中の「ブレードランナー2049」。全米公開時には成績不振との報道もありましたが、やはり期待にたがわぬ傑作だったようです。どこがどのように傑作なのかを、じっくりと語っていただきました。(文・稲田隆紀)

傑作の続編が大傑作になり奥行きのある未来世界を構築

画像: 圧巻の映像世界が堪能できる「ブレードランナー2049」

圧巻の映像世界が堪能できる「ブレードランナー2049」

最初に言ってしまえば、傑作の続編が傑作となるケースはめったにないが、『ブレードランナー2049』は例外。大傑作である。

第1作『ブレードランナー』のイメージをいささかも崩さず、群を抜いたイマジネーションで圧巻の映像世界を生み出している。アメリカでは2時間40分という長さのせいもあり、第1作のファン向きというニュースが流れたが、こんな報道に惑わされてはならない。たとえ第1作を見ていなくても、感動が待ち受ける。間違いなく2017年屈指の作品だ。

1982年に登場した『ブレードランナー』は、公開時は大ヒットはしなかったものの、SFの概念を変えた、限りなく審美的で未来論的作品と絶賛され、後のSF作品の未来観に多大な影響を与えた。それから35年の歳月を経て登場した本作は、第1作の世界観を受け継ぎつつも現代の視点を盛り込むことで、奥行きのある魅力的な未来世界に結実させた。第1作で扱った人間とテクノロジーの境界線、気候変動や都市の衰退、格差社会といった題材はもはや現実のものとなっている。未来を類推すると、より哲学的な問題に関わってこざるを得ない。レプリカント(人造人間)が心を標準装備させられた世界で、レプリカントと人間を分かつものは何かというテーマ。いわば魂の在り様の問題に分け入っている。

この続編製作に情熱を傾けたのは『クルーゾー警部』で知られるバッド・ヨーキン。彼が『トランセンデンス』のプロデューサー、アンドルー・A・コソーヴとブロドリック・ジョンソンに企画を持ち込んだのが本作のはじまり。コソーヴはまず第1作の監督リドリー・スコットに製作総指揮を依頼した。スコットは、第1作の脚本を担当したハンプトン・ファンチャーの書いた短編小説をもとに、続編づくりに乗り出した。『LOGAN/ローガン』の脚本を書いたマイケル・グリーンがこのプロジェクトに参加し、タイトな映画的ストーリーが構築されるに至った次第。

画像: 魂のありようの問題に分け入っている

魂のありようの問題に分け入っている

ヴィルヌーヴ監督は前作の大ファンで今回も際立った演出力を見せる

監督に起用されたドニ・ヴィルヌーヴは第1作の熱烈なファンであり、本作では持てる力を十分以上に発揮している。『007 スペクター』を手がけたプロダクションデザイナーのデニス・ガスナー、『プリズナーズ』や『ボーダーライン』で組んだ撮影監督のロジャー・ディーキンズとともに、第1作の時代から30年後の未来世界を構築していった。

画像: ゴスリングを演出中のヴィルヌーヴ監督

ゴスリングを演出中のヴィルヌーヴ監督

人間と見分けのつかない人造人間(レプリカント)が労働力として社会を支えている2049年。反抗するレプリカントを排除するブレードランナー、Kが、ある事件で発掘された骨を捜査するうちに、30年前に失踪したブレードランナー、デッカードの存在、レプリカントを製造するウォレス社の陰謀を知る。それまで職務を黙々とこなすだけのKだったが、捜査が進むにつれて真相の解明に突き動かされていく。自らの記憶、アイデンティティに関わる謎が含まれていたからだ――。

画像: 二人のブレードランナー、Kとデッカードが関わる

二人のブレードランナー、Kとデッカードが関わる

ストーリーは探偵ドラマとしてしっかり芯が通っている。第1作の主人公デッカードがレプリカントのレイチェルと姿を消した謎を解き明かすと同時に、人間とは何か、レプリカントとどこが異なるのかを問いかけ、Kのアイデンティティを探る旅に収斂させている。Kの哀しい記憶も解き明かされる。謎は見てのお楽しみだから詳細は明かせないが、展開がロジカルに構築され、ヴィルヌーヴのタイトな演出が最後の最後まで予断を許さない。

『メッセージ』でも感心させられたが、この監督の個性、演出力は際立っている。本作ではフィルムノワール的世界のなかにリアルな手応えを盛り込み、哲学的命題に平易に切り込み、キャラクターそれぞれの陰影を映像に浮かび上がらせる。しかもハードボイルドな雰囲気のなかににじませる情が心憎い。Kの孤独を強調しつつ、唯一、彼が心許せる存在、ホログラフィのAI・ジョイとの交情を切なく描き出す。実体を持たないジョイがKとどのようなかたちで愛を貫くか。もうこれはみていて胸が熱くなるばかりだ。第1作のデッカードとレイチェルの愛も切なかったが、Kとジョイのそれは儚く、まことに美しい。

画像: Kとジョイの愛はせつなくはかない

Kとジョイの愛はせつなくはかない

第一作の審美的世界観に現在のリアリティーを組み入れた

ソーラーパネルの林立するショットから、広告ばかりが空しく輝き、不満を湛えた貧民が行き交うロサンゼルス市街と、ストーリーが展開するにつれ、憂いに富んだ映像がぐいぐいとみる者を惹きこんでいく。地球温暖化で水位が上がり、海岸部は水没し、内陸は砂漠化しているというシミュレーションのもと、激しい雷雨と雪が降りしきる未来世界が圧倒的な映像で浮かび上がる。第1作の審美世界に現在のリアリティを組み入れているのだ。

こうした未来世界の設定には、リドリー・スコットや第1作のデザインを担当したシド・ミードのアドバイスも反映されているという。とりわけ後半に登場する廃墟と化したラスベガスのデザインはシド・ミードの協力でもたらされたもの。ノスタルジックな意匠に貫かれつつハングル文字のボードが何げなく置かれているあたりが現在の反映か。酸性雨が降りしきる陰影に富んだ第1作の世界よりも絶望が深まった風景が映し出されていく。

画像: レト―の神のような雰囲気が不気味でいい

レト―の神のような雰囲気が不気味でいい

荒涼とした未来世界は俳優たちのパフォーマンスをくっきりと縁取っている。なかでもKを演じたライアン・ゴスリングの無表情がいい。思いを秘めて日々を生きるキャラクターは、出自ゆえなのだが、この上なくクールに生きる風情が『ドライヴ』以来。まことに格好がいい。またジョイ役のアナ・デ・アルマスは『スクランブル』をはじめ、多くの作品に出ていたのだが、これほど可憐で美しいとは認識していなかった。このふたりにロビン・ライト、ジャレッド・レトーなど、ベテラン勢がからむのだが、アンドロイド製造に燃えるウォレス社の社長ニアンダー・ウォレスに扮したレトーの神のような雰囲気が不気味でいい。しかもデッカード役のハリソン・フォード、レイチェル役のショーン・ヤングが登場するに及んでファンは感涙にむせぶはずだ。

最後に本作のラストシーンはすばらしい。情に満ちて、みごとな美しさだ。涙なくしてみられない。ヴィルヌーヴに拍手を送りたい。

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