昨年度映画祭をふりかえり注目のコンペティション作品インタビュー特集第1弾『ナポリ、輝きの陰に』はこちらから!
TIFF2017でノミネート後に、日本で劇場公開となった『負け犬の美学』
ベルリン、カンヌ、ヴェネチアなど世界的な国際映画祭に並んでのTIFFは、最高賞の「東京グランプリ」を競う「コンペティション」部門をはじめ、「アジアの未来」「日本映画スプラッシュ」などの部門で、世界中から作品を公募。選ばれた優秀作がプレミア上映され、各賞を競うこととなります。
昨年は、「コンペティション」部門ノミネート作品が、例年以上に優れた作品揃いでした。今年の作品への期待も膨らむばかりです。
ノミネートされ映画祭上映を果たし、みごと受賞。さらにはその後の映画祭でも受賞を重ねた作品。また、日本国内で劇場公開となった作品があることは本当に喜ばしいばかり。そこまでの進化・成長を勢いづけるのが、映画祭の力だということも明らかです。
さて、どのような才能が、この映画祭から毎年羽ばたいているのか、昨年のコンペティション部門に選ばれ輝いた、筆者注目の二つの優れた作品をご紹介していく特集の第2弾は、10月12日公開を前にした、『負け犬の美学』(映画祭での上映時のタイトルは『スパーリング・パートナー』)のインタビューとなります。
本作品は、先に掲載された本特集インタビュー第1弾の、『ナポリ、輝きの陰に』と同様に、著者としても受賞を期待・確信した優れた作品でした。結果、惜しくも賞は逃したものの、その後、日本での配給・公開が実現し、これも高い評価の一つと言える結果です。
長編初監督のS・ジュイが、あのマチュー・カソヴィッツをボクサーに
『負け犬の美学』は、その日本タイトルそのままに、負けを決め込んだ一人の男の生き方の美学を描いた作品です。
スパーリング・パートナーとは、チャンピオンの練習相手のこと。中年の落ちぶれたボクサーが娘のピアノレッスンの金策のために、肉体的にもリスキーな「殴られ役」を買って出ます。そこにハレの場面はいっさいなく、娘に負け犬ぶりを晒すことにもなる。マチュー・カソヴィッツ演じる、フランス流「負けの美学」と言える、男の生き様を見据えてください。
『アメリ』(01)の主演で高い評価を得て、印象を深めたマチュー・カソヴィッツですが、実は初監督作『憎しみ』(95)で、カンヌ映画祭とセザール賞を受賞、一挙にフランス映画界に、俳優のみならず監督としても、その名を知らしめて来た存在です。そんな彼は昨年50歳を迎え、本作にボクサー役で主演を果たし、それをきっかけにアマチュア・ボクサーとしても活躍するようになったそう。と聞いたら、フランス映画ファンでなくとも、この作品を見逃すことなど出来ないでしょう。
昨年のTIFF会期中に行なったこのインタビューも、第1弾で登場した『ナポリ、輝きの後に』のイタリア勢の面々に負けじと‟ファミリー”でのお出ましとなりました。
主演のマチュー・カソヴィッツはもちろん、長編初監督のサミュエル・ジュイ、そして本作の中でチャンピオンを演じた、第32代WBA世界スーパーライト級チャンピオン、ソレイマヌ・ムバイエという豪華メンバー。本物のチャンピオンがチャンピオンを演じ、TIFFにも来日してくれました! 何という贅沢なインタビューだったことでしょう。
偽りのない男の生き方を娘に見せたい父親を描いた物語
──スパーリング・パートナーというボクシングの専門職をテーマに、初監督されたのはなぜでしょう?
「ボクシングは、私にとってかなり詳しく知っている世界なんです。映画を作るならまず、手がけたかった。最初の頃はその想いで一杯で、マチューを主演させようという構想などなくて、落ちぶれた中年ボクサーを主役にしたシナリオを書き出しました。書いているうちに、これはマチューに演じてもらおうというイメージが湧いてきて、まとまった時はもう、彼のために書いてまとめた物語になっていました。成長してきた娘に自分の背中を見せたい、チャンピオンにはほど遠い、ありのままの生き方を。父親として歳を重ねてきた一人の男の生き方を描こうと」(サミュエル監督)
──依頼を受けて、マチューさんはすぐ承知したのでしょうか?
「そうですね。抵抗はありませんでした。受けることにしてからの練習は、4、5か月かけて本当に試合をするレベルまで訓練を重ねていき、それがとても楽しかった」(マチュー)
──本物のチャンピオンを起用するということは必要だったのでしょうか?
「ムバイエはフランス人に限らず、ボクシング好きなら誰でも知っているスター的ボクサーです。でも、有名だから出演して欲しいということだけでオファーしたわけじゃない。偶然でした。試合の場所にドーヴィルのカジノをイメージしていて、出かけてみたらそこにムバイエがいた!というわけ。即、出演してもらおうと決めたんです」(サミュエル監督)
ボクシングをスポーツではなく、芸術として魅せる
──優雅なんですね、フランスではボクシングの試合って、避暑地のカジノとかで実際に行われるものなんですか? 映画の中だからなのかと思っていましたが……。
「アメリカのように大きな場所でボクシングはしないです。カジノや劇場、テニスコートやコンサート会場でやるんです。ボクシングは暴力のぶつけ合いではなく、芸術的なものとしてとらえてます。シャンデリアが似合うような」(サミュエル監督)
──映画の中でも「ボクシングは芸術だ」という台詞がありましたね。フランスならではの考え方、素敵です。そこでは、ただ勝ち負けを競うのではない価値観も生まれそうですね。
「そうですね。だから今回は、才能があり自分のスタイルを築くことが出来ている人たちと、努力家タイプの人たちとの比較・対峙が話の重要な軸になります。そこには、暴力的に強いか、勝つか負けるかということではなく、どう芸術的か、どう生きるのか、ということをボクシングの暴力的な躍動の中に描くことが、私の理想です」(サミュエル監督)
眼から鱗、と言おうか、ボクシングは優雅でなくてはいけないという美意識、さすがフランスと思わせる興味深いこのこだわりこそ、やはりフランスの精神そのものなのです。娘のために捨身になる勇気ある中年男を演じる、50代の渋みが滲むマチューが醸すダンディズムが光ります。
同時に魅了されるのは、本物チャンピオン、ムバイエがシャンデリアの下、激しく舞踏家のようなボクサーぶりを演じる様。これにも惹かれてしまいます。あの『ロッキー』と、趣意を分かつフレンチ・ボクシング。
映画って、いろいろなことを学ばせてくれるものです。
世界共通、普遍のテーマをどう演出するかの見せ場が、映画祭というステージ
トークイベントでもインタビュー中でも、フットワークよろしく両足を動かし目立ちっ放しのムバイエ。に「ボクサーは常に身体を動かしているものなんですか?」と問えば、
「いや、今、ダンスが頭の中に流れていたんだよね」
とのチャーミングなお答え! やはり、フランスでボクサーとは芸術家なのですね。
マチュー・カソヴィッツの全身を投げ打つかのような演技ぶりも観るべきところですが、何しろ優雅なドーヴィルのボクシングの試合に心躍らされました。
というわけで、昨年のTIFFで注目した魅力的な二つのコンペティション作品は、いずれも初監督作品にして、独自の美学を持って輝いていました。
見直してみると、奇しくも共通して、父親と娘の関係性という普遍的な人間像が浮き彫りにされてもいました。
二つの作品で描かれた父親像、人生にもがく男たちは、勝つことを手に入れられなかったものの、決して自分に負けてはいませんでした。自分らしく生きるという姿を貫き、観る者に勇気を与えました。
その普遍のテーマをいかに演出していくかが映画の力です。監督や俳優たちの力の見せどころと言えましょう。
映画の可能性を花開かせる東京国際映画祭2018に、今年も大いに期待したいところです。
『負け犬の美学』
10月12日(金)よりシネマカリテほか全国順次ロードショー
監督・脚本/サミュエル・ジュイ
出演/マチュー・カソヴィッツ、オリヴィア・メリラティ、ソレイマヌ・ムバイエ、ビリー・ブレインほか
2017年/フランス/95分/カラー/DCP5.1ch
原題/『SPARRING』
配給/クロックワークス
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