映画『愛がなんだ』『アイネクライネナハトムジーク』『あの頃。』と話題作を立て続けに発表する今泉力哉が、共同脚本に漫画家・大橋裕之を迎え、オール下北沢ロケで挑んだオリジナル脚本による長編最新作『街の上で』が現在公開中だ。主人公の荒川青を演じるのは、『愛がなんだ』のナカハラ役で注目を集め、本作が映画初主演となる若葉竜也。「今泉映画最高傑作」の呼び声も高い、この珠玉の群像劇について、若葉と今泉監督に語ってもらった。

今泉さんがものを作る時の温度はすごく魅力的でした

──『街の上で』は、変容する“文化の街”下北沢を舞台に紡ぐ、古着屋と古本屋と自主映画と恋人と友達についての物語ですが、下北沢という“街”を舞台に作品を撮ろうと思われた経緯を聞かせていただけますでしょうか。

今泉力哉(以下、今泉)「〈下北沢映画祭〉という映画祭がありまして、そのスタッフの方から“下北沢を舞台に映画を撮ってほしい”という依頼があって、それで撮ったという経緯になります」

──物語はすぐ閃かれましたか?

今泉「いや、街とか場所というのをテーマに映画を撮ったことが一度もなかったので、“どう撮ろう?”というのがまず難しいなと思って。ただ、駅前がちょうど工事中だったり、そういうのは頭にあったので、変わっていく景色と、人間の変わらない気持ちとかがお話になればなと思って。あと一つ、自主映画の撮影を依頼される古着屋で働いている人というのは最初にできていたので、そこから全体を広げていった感じです」

──主人公の荒川青役には若葉さんを、というのは、やはり監督から。

今泉「最初はワークショップをやって、そこからキャストの選出をしようっていう感じで始まったんですけど、『愛がなんだ』を公開したタイミングでまたお会いした時に、“これ、主役、若葉さんあり得るのかな……”みたいな話になって。で、ダメ元でお願いしてみました」

──オファーをいただいた時、どう思われましたか?

若葉竜也(以下、若葉)「なんか、ラブレターをもらったみたいな感じ(笑)。もう一度やってみたいと思ってもらえたっていうのは、すごく嬉しかったです」

──台本を見て、さらに面白そうと思われて。

若葉「最初は企画書を見せていただいたんです。その企画書……」

今泉「全然違ったんです」

若葉「もともとは、主人公は全くしゃべらないみたいな設定だったんですよね。でも、第一稿が来たら、もうベラしゃべりしてて(笑)」

今泉「もともと(アキ・)カウリスマキみたいな、主人公は結構寡黙、それで巻き込まれていくというのをやろうと思っていて。そうしたら、寡黙とかちょっと巻き込まれていくみたいな空気は残ってるんですけど、全体的に、しゃべってました(笑)」

──ちょっと話が飛ぶんですけど、キャストの皆さん、台詞の量が結構……。

今泉「ずっとしゃべってます。それはもう仕方がない。俺が書いたらそうなってしまう(笑)」

──改めて、まず監督から、若葉さんを起用したいと思った理由、いいなと思われていた部分を聞かせていただけますか。

今泉「経験がそんなにない方とか含めた、なんなら俳優さんじゃない方も含めてキャスティングして、そういう方たちと混ざって、真ん中にいて成り立つ人。尚且つ、お芝居がきちっとできる人。という印象はすごくありました」

──逆に若葉さんから見た、今泉監督の作品、今泉組の印象や魅力も聞かせていただけたら。

若葉「今泉さんが作ってきたものの、主人公が全く成長しないとか、人間をカテゴライズしない空気感というのは、僕にはすごく魅力的に映っていて。今泉さんがものを作る時の温度はすごく魅力的でした」

画像: 今泉さんがものを作る時の温度はすごく魅力的でした

”人物を魅力的に描く”ことと“緊張感”、この二つがあれば映画は成立すると自分の中でずっと思っている

──本作はオール下北沢ロケですが、一つの街でずっとロケというのは、結構苦労もあったりしたんじゃないかなと思うのですが。

今泉「自主映画というか、小さい映画を作っていた時から、自分の家とか、近所の公園とか、その公園に至るまでの道とかだけで映画を作っていたので、画に変化がないみたいなことを気にするタイプではなく」

若葉「ほぼ室内ですもんね(笑)」

今泉「“下北沢をどう撮るか?という悩みはそんなに解消されたのか”っていうぐらい室内なので(笑)。でも、”人物を魅力的に描く”ことと“緊張感”、この二つがあれば映画は成立すると自分の中でずっと思っているので、一カ所で撮る苦労はそんなになくて。逆にいうと、移動もそんな多くなくできたりとか、プラス面はあったかな」

──印象的なところを一つ挙げると、中田青渚さんが演じたイハの家でのシーン。ものすごい長回しのシーンで。以前、中田さんにインタビューした時、ほぼ台本通りに演じたとお聞きしたんですけれども、10分ぐらいはあろうかというあのシーンは、やられていていかがでしたか?

若葉「17分ぐらいありました」

今泉「実はあれ、その間にカップルのシーンが挟まっているんですけど、あのシーン抜きで彼らを撮ってるんで、17分ぐらいワンカットなんです」

──舞台で演じるのに近い感覚もありましたか?

若葉「いや、舞台とはまたちょっと違ったかな。観客がいるエネルギーっていうものはなかったので。今泉さんも端っこのほうで丸まって見てたり、本当に二人の空間みたいにスタッフさんたちもしてくれたし。中田青渚さんも“すごく緊張する”とか言ってて、最初は僕も“大丈夫。何回もやればいいじゃん”とか言ってたんですけど、本番直前は僕のほうが緊張しちゃって(笑)」

──本当に日常の一コマを切り取ったような感じだったので、僕はあのシーンが好きなんです。

今泉「自分でも、あのシーンがあることが、他の監督には撮れないものが撮れたっていう印の一つになっています。あと、すごいと思うのは、アドリブがないと言いつつ、二人のやりとりの中で、笑いというか、受けてちょっと笑ってたり、ニヤニヤしてたりとか。笑いははっきり言って、こっちで脚本に“(笑)”って書いてるわけじゃないし、そこはコントロールできてないので。あれはアドリブとは違うんですけど、二人が作った空気が台詞以外に大量にあるので、脚本をただ読むよりも断然面白くなっています」

──二人の空気がプラスアルファになっていたってことですね。

今泉「そうですね。だから、ちょっととちったりあったんですけど、もう一回はやりませんでした。これはちょっともうできないと思って」

画像: ”人物を魅力的に描く”ことと“緊張感”、この二つがあれば映画は成立すると自分の中でずっと思っている

観たら“明日だけ頑張れそう”って思える映画になったような気がします

──他に想像以上に収穫があったシーンというのはありましたか?

今泉「長回しで撮ってるシーンは、撮れちゃったっていう理由があって。例えば、喫茶店で芹澤(興人)さんとしゃべってるのも、あんな広い画一つなわけがもともとはなくて、もっとちゃんと割って、ツーショットとかカットバックとか撮る予定だったんです。でも、“もう撮れたからいいかな”と言って。全員、“え? また今泉……”みたいな感じでしたけど(笑)。次の撮影場所まで時間が空いちゃってね」

若葉「あの後、穏やかなランチタイムを過ごせました(笑)」

今泉「次の場所が、女の子二人が外の写真を撮ったりする、その直後のシーン。撮りに行く時にうろうろしてたら、安藤サクラさんと……」

若葉「安藤サクラさんと柄本佑さんに遭遇しました」

──それも下北沢の日常の風景ということですね。若葉さんは、演じられていて印象的だったシーンは?

若葉「印象的だったのは、ザ・スズナリの前で、ルノアール兄弟の左近(洋一郎)さんが演じた警官に絡まれるシーン。とてつもなく面白くて。僕、あんまり内輪笑いみたいなのってないんですけど、10年ぶりぐらいに本番中に吹き出しそうになりました。奥歯を噛んでやらないと耐えられない(笑)。“何言ってるんだろう”と思って。これを書いた人もおかしいし、何の疑問もなくその台詞を言ってる人もおかしいし。本当に大好きなんですよね。あのシーンだけで、僕は40分ぐらい観られます(笑)」

今泉「あの警察の方だけ、役者さんじゃなくて、漫画家さんなんですよ。共同脚本で一緒に入ってもらった大橋(裕之)さんと仲が良い、大橋さんがたまに撮る自主映画に俳優で出られてて、アドリブというか、台詞のない台本で勝手にしゃべってるのがすごく面白かったんです。で、いざ声を掛けたら、(他は)全員俳優なんで、ガチガチに(台詞を)覚えてきて、全然アドリブとかじゃなく」

若葉「ガチガチでしたよね。“よーい、スタート”って言う前から台詞を言いだしたりしてました(笑)」

──映画は4月9日に公開されました。観客にはご自由に受けていただいて、というところはあると思うんですけれども、こういうところを踏まえて観てもらえたらっていうものが、監督の中でもし希望としてありましたら教えていただけますか。

今泉「日常を映した映画ですが、1年の間にこんな状況になったので、ただライブを観に行ったり、ただふらっと飲み屋に行ったりみたいなことが、より素敵に見えてしまったり、ちょっと尊いものに見えてしまうじゃないですか。フラットにまたああいうのが戻ってきたらいいなと思うし。あとは一人の時間というか、誰も見てない時間だったりとか、それは結構意識して作ってたので。映画って、その人が別に何でもなくただ過ごしてる時間、例えば古着屋で暇で本を読んでる時間だったり、飲んで帰って振られた彼女のことを思ってひっくり返ってる時間だったり、そういう本当に誰も見てない時間を観客も見つめるというのは、映画の一つの魅力だなと最近思っていて。そういうところは観てほしいというか、楽しんでもらえたらというのはあります」

──若葉さんからも是非メッセージをお願いします。

若葉「めっちゃ嫌なことがあったら観に来てほしいなっていう想いはあります。観たら“明日だけ頑張れそう”って思える映画になったような気が、僕はしていて。それによって人生観が変わったり、世界観が変わったりはないと思うんですけど、“明日だけ頑張ってみようかな”とか思ってもらえる映画になってると思うので、嫌なことがあったら観てほしいなと思います」

今泉「『ハピネス』っていう、トッド・トロソンズ監督の映画があったんです。大学時代にパチンコで3万すって、残った2000円で映画館に観に行ったら、劇中に出てくる人が俺より全員不幸で、その3万円がすごく小さなことになったんですけど、確かにこれも観たらなんか……」

若葉「そう思える気が」

今泉「“青よりましかも”って……」

若葉「思えるかもしれないです(笑)」

画像: Photo by Tsukasa Kubota

Photo by Tsukasa Kubota

インタビュー・文/辻 幸多郎
スタイリスト/小宮山芽以
ヘアメイク/FUJIU JIMI
衣裳/フィルメランジェ(※若葉竜也着用のTシャツ)
   CORD(※若葉竜也着用のシャツ)
   BASE MARK(※若葉竜也着用のパンツ)

(作品紹介)

下北沢の古着屋で働いている荒川青(若葉竜也)。青は基本的に一人で行動している。たまにライブを見たり、行きつけの古本屋や飲み屋に行ったり。口数が多くもなく、少なくもなく。ただ生活圏は異常に狭いし、行動範囲も下北沢を出ない。事足りてしまうから。そんな青の日常生活に、ふと訪れる「自主映画への出演依頼」という非日常、また、いざ出演することにするまでの流れと、出てみたものの、それで何か変わったのかわからない数日間、またその過程で青が出会う女性たちを描いた物語。

画像: 観たら“明日だけ頑張れそう”って思える映画になったような気がします

『街の上で』

2021年4月9日より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開

出演:若葉竜也
   穂志もえか 古川琴音 萩原みのり 中田青渚 
   成田凌(友情出演)
   監督:今泉力哉
   脚本:今泉力哉 大橋裕之

©「街の上で」フィルムパートナーズ

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