7月9日(金)より公開の『劇場編集版 かくしごと ―ひめごとはなんですか―』。「さよなら絶望先生」「かってに改蔵」の久米田康治による同名漫画をアニメ化した『かくしごと』は、漫画家の後藤可久士と1人娘・姫との、愛と笑い、そして感動の父娘物語を描く。久米田の画業30周年記念となる今回の劇場編集版では、新規カットが追加され、TVアニメで描かれなかったもうひとつのラストを描く。何においても小学4年生の愛娘・姫が最優先、超がつくほどの親バカな主人公・後藤可久士を演じる神谷浩史にインタビュー。劇場版の見どころや好きなシーン、米田作品の魅力や後藤可久士について語ってもらった。

姫の目線で描かれるもうひとつの『かくしごと』になっています

──「かくしごと」を最初に読んだ時の印象はいかがでしたか?

「“久米田作品の集大成になる”という印象を受けました。久米田作品は、シンプルな線で描かれているにもかかわらず、画面の中の情報量は非常に多いんです。シンプルなのに情報量が多い、矛盾していると感じるかもしれないけれど、久米田作品に触れたことのある方なら、おそらく納得すると思います。例えば、キャラクターの表に流れる感情、と同時に複雑なものをはらんでいる裏の感情が伝わってくる感じ、そのキャラクターをある意味で記号的に最低限の線で表現するためのシンプルな線…これは久米田作品の魅力だと感じています」

──日常を描きつつ、ちょっと毒がある部分もクセになります。

「過去に描いていた漫画を否定しながら全肯定していたり(笑)。久米田先生自身がこれまで歩んできた道をネタとして使いつつ、その先に新しい日常漫画という形で表現する。例えば、原作での描き下ろしカラー部分や「さよなら絶望先生」でいうところの紙ブログでは、文字情報で1話1話を振り返る。そういうところまで含めてびっしりと久米田イズムが充満しています。それを「かくしごと」では、違うアプローチで表現しているように感じました。今までは、少しずつ散りばめていた、ともすれば完全に見逃していたであろう伏線を、最後にまとめて回収する形で“そういうことだったのか”という意外性や納得の仕方をしてきたけれど、今回はそこにいくまでの助走がない。最初から完全にオチが出来上がっていたので、今まで培ってきた集大成だと感じたのだと思います」

──劇場版ではもう一つのラストが描かれます。

「姫の目線で描かれるもうひとつの『かくしごと』になっています。TVシリーズを観ていた方は“姫目線はこうなっていたのか”という納得の仕方をしてくれると思います。『かくしごと』の情報が何もない方であれば、“これはどういうことなんだろう”と、気になる部分が出てくるかもしれません。そんな時には、TVシリーズや原作で補完してもらえると、より楽しめると思います」

──神谷さんが好きなシーンはありますか?

「TVシリーズ第1話“むしょく”のラストです。無色と無職をかけて可久士と姫が会話をするシーンなのですが、“お色いっぱい塗れるね”という姫の感性がすごく好きです。その後、CEOという単語をワールドサテライトニュースで知ったという姫に対し、その時間はもう寝ようねと促す可久士。このやりとりを含めて可久士と姫の関係値がよく表現されている部分で、個人的に大好きです。劇場版でこのシーンが残っていたのはすごくうれしかったです」

──劇場編集版には、可久士の妻、姫の母の描写があります。

「TVシリーズでは奥さんとの関係値が描かれていませんが、劇場編集版に登場する可久士と大塚明夫さんが演じる義理の父・戒潟魁吏(いましがたかいり)との会話などから、その関係値を窺い知ることができます。目を合わせず、背中合わせで会話をし、言いたいことを一方的に言う。そんな確執のある義理の父の存在がありながらも、その娘である奥さんと一緒にいることを選んだ可久士は、よほど彼女を愛していたのだと思いました。複雑な気持ちの表現について悩むところはありましたが、妻役の能登麻美子さんがそこに立ち、しゃべってくれるだけで雰囲気が出来上がっていたので、アプローチはあれこれ考えず、彼女の演技の乗る形でアフレコに臨みました」

糸色望をやった僕だからこそおもしろくできる自信はありました

──「さよなら絶望先生」から10年。再び久米田作品の主演を務めることに特別な思いはありましたか?

「「さよなら絶望先生」が放送されていた頃と今とでは、アニメ放送の状況もかなり違っています。こんな言い方をしたら失礼ですけれど“誰も観てない”と思っていましたし(笑)、ひっそりと放送されるマニアックなアニメという印象でしたから。いい意味で相当“必死に”好き勝手やっていました。より攻撃的に、より面白く、そんなことしか考えていませんでした。今だったら、そのまま放送するのは難しい部分も大いにあると思います。相当攻めていましたしね。でも、『かくしごと』はそういうタイプの作品ではありません。もちろん攻めている分はあるけれど、全然攻めてないですよという体でやっている。「さよなら絶望先生」も一見攻めてない風を出していましたが、そうじゃないのはバレバレ(笑)。作品の性質が違うから向き合い方も当然違っています。でも、「さよなら絶望先生」の経験を活かしたアプローチをしていたと思うし、糸色望をやった僕だからこそおもしろくできる自信はありました」

──TVシリーズ、劇場編集版を経て、後藤可久士はどんな人物だと感じていますか?

「めんどくさい人ですよね。漫画家としての自分、父親としての自分を線引きし、その上にルールを作る。さらに、そのルールを周りにも課すというとてもめんどくさい生き方をしている人です。でも、“後藤先生が言うんだからしょうがないよね”と周りがフォローしてくれるような関係値を築くことができている。めんどくさいけれど、問題のある人ではないんだと思います。アニメーションや漫画なので、突飛な表現で描かれていますが、周りから見たら、程度の問題はあれど親バカなだけですから。めんどくささを受け入れて協力してあげようと思えるような魅力のある人なんだと思います」

画像: 糸色望をやった僕だからこそおもしろくできる自信はありました

時代背景を勉強することで、映画のおもしろさに触れることができると思っています

──今回、劇場編集版として劇場公開されるということで、ここからは映画にまつわるお話を。神谷さんのお気に入りの映画を教えてください。

「一番好きなのは『アパートの鍵貸します』(60)です。ビリー・ワイルダーがすごく好きで、中でもこの作品がお気に入りです。ジャック・レモンの気の利いた感じと、シャーリー・マクレーンがとにかくキュート。クリスマス前後になると観たくなる1本です」

──観る映画を選ぶ時の基準はありますか?

「実は僕、80年代、90年代に流行ったハリウッドの名作と呼ばれるものを観ずに過ごしてきてしまって。ある時“これはいかんな”と、映画を勉強しようと思い立ち、片っ端から観るようになりました。60年代、70年代、80年代と年代ごとに当時ヒットした映画をピックアップし、時代背景を知るところから始めました。例えば70年代のアメリカン・ニューシネマのような、主人公が殺されて終わるどこか廃頽的な映画を観て“なんだよこれ、胸くそ悪いな”と思うのではなく、時代背景にベトナム戦争があり、エンタメというより薄暗い廃頽的なもの表現することで、若者が興味を示すこともあるんだなと感じる。歴史、宗教、世情を全くわからない状態で観るのと、わかった状態で観るのとは、理解度が全然違うことを身をもって感じました」

──アメリカ映画の歴史を振り返る感じの鑑賞方法ですね。

「マーティン・スコセッシとロバート・デ・ニーロの『タクシー・ドライバー』(76)を観た後に『キング・オブ・コメディ』(83)を観ると、同じ監督と主役の組み合わせで、同じような内容なのに、全く違う切り口で描かれている。“映画って超おもしろいじゃん!”となりました。1本ずつ別々に観るのとはまた違った楽しみ方ができると思いました。僕はあの作品を別々に観たら、“頭のおかしいおじさんの話ね”と、そこまでおもしろさを感じない気がします(笑)。作品を観る時期、環境にもよるけれど、同じ座組みで同じような題材を取り扱っているのに、時代背景により全く違う切り口に見える。作品を見比べることで見えるおもしろさもあると感じています」

──見比べるのはおもしろいですよね。新たな発見もあったりして。

「かと思えば、とにかく努力したヤツがアメリカンドリームを勝ち取り、幸せを独り占めするんだぜ、という『ロッキー』(76)みたいな映画が登場したり、その前の時代にはヒッチコック映画、さらに前には映画を芸術のように扱う時代があったりする。映画って時代によって表現する側も受け取る側も違っているからこそ、時代背景を勉強することで、映画のおもしろさに触れることができると思っています。それがわかるようになったのは、40歳を過ぎてから。シンプルに作品を観るのもいいけれど、僕はこういう楽しみ方をしています」

──神谷さんが役を演じる上でのアプローチに通じるものがある気がします。

「いろんなことをわかった上で観ると、とんでもない内容が秘められていることにも気づけます。『スリー・ビルボード』(17)を普通に観たら、アメリカの片田舎で繰り広げられるクライム・サスペンス。登場人物にはそんな復讐心があったのか、なるほど、となるけれど、実は、こういうものに基づき作られていますというのをわかって観ると、“嘘だろ、全部に対して意味があるのかよ。映画監督って本当にすごいな”という驚きがあります。映画の楽しみ方、楽しませ方も千差万別だし、合うか合わないかもあるけれど、僕は、自分が合わせていくことで楽しみ方が広がると考えています。映画って本当にすごいですよね」

画像: Photo by Tsukasa Kubota

Photo by Tsukasa Kubota

インタビュー・文/タナカシノブ

(作品紹介)
ちょっと下品な漫画を描いている漫画家・後藤可久士は、小学4年生の一人娘・姫と二人で暮らしている。親バカの可久士は、何においても愛娘が最優先だ。
そんな可久士が姫に知られたくないこと。それは、自分の仕事が「漫画家」であること。そして、姫の母親の行方のこと。
父が娘にしていた愛と笑いの先にある“かくしごと”。その箱がひとつひとつ紐解かれていく未来には──。

久米田康治画業30周年記念作品。
2020年4月から6月にかけて放送されたTVアニメに新規カットを追加した劇場編集版。TVシリーズでは描かれなかったもうひとつの結末が描かれる。

画像: 時代背景を勉強することで、映画のおもしろさに触れることができると思っています

『劇場編集版かくしごと ―ひめごとはなんですか―』

後藤可久士(CV:神谷浩史)
後藤姫(CV:高橋李依)
十丸院五月(CV:花江夏樹)
志治仰(CV:八代拓)
墨田羅砂(CV:安野希世乃)
筧亜美(CV:佐倉綾音)
芥子駆(CV:村瀬歩)
六條一子(CV:内田真礼)
マリオ(CV:浪川大輔)
古武シルビア(CV:小澤亜李)
東御ひな(CV:本渡楓)
橘地莉子(CV:和氣あず未)
千田奈留(CV:逢田梨香子)

原作:久米田康治(講談社「月刊少年マガジン」)
監督:村野佑太
脚本:村野佑太 あおしまたかし
キャラクターデザイン:山本周平
配給:エイベックス・ピクチャーズ
製作:劇場編集版かくしごと製作委員会
主題歌:flumpool「ちいさな日々」(A-Sketch)
エンディング・テーマ:大滝詠一「君は天然色」(Niagara RECORDS)
7月9日(金)公開

©久米田康治・講談社/劇場編集版かくしごと製作委員会

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