本作『偶然と想像』でベルリン国際映画祭で審査員グランプリ、『ドライブ・マイ・カー』ではカンヌ国際映画祭で脚本賞。今、もっとも世界から注目される濱口竜介監督に、短編にこだわる理由をインタビューで伺いました!

――『偶然と想像』は、誰しもおこりうる‟偶然“がテーマです。この3つの物語は、監督の身の回りで起こった出来事だったりしますか?

第一話(「魔法(よりもっと不確か)」)に関しては、喫茶店の隣のテーブルから聞こえてきた話がヒントです。もちろん、その会話に物語の核となる‟偶然“を付け加えたり変更は加えていますが。第二話(「扉は開けたままで」)だと、単純にメールアドレスの打ち間違いが関係しますが、これは、身近に起こる話ではありますよね。自分も間違えてメールを出すこともあれば、受け取ることも経験はあります。たった一文字違うだけでも、異なる世界が繋がってしまうのかと思ったのが始まりです(笑)。第三話(「もう一度」)は、難度の高い偶然です(笑)。最近、自分も40代を過ぎまして、会う人が増えてきたもので、相手が誰だか分からないまま、しばらく話すということがあるんですよ(笑)。

画像: 第一話:魔法(よりもっと不確か)

第一話:魔法(よりもっと不確か)

――分かります(笑)。探り探り、ですよね?

恥ずかしながら(笑)。で、踏み込んで名前が出て「違った!」と。まだ、それは、(本作より)いい方ですけど(笑)。身に覚えのある周りのことから、すべてのストーリーは始まっていますね。

――だからこそ観る側も共感できる部分が多いと思います。

そうだと、本当にいいですね。

――ただ、3話目みたいに面白く転がることはなかなかないですけど(笑)!

あれは、まさに物語ですから(笑)。

――すべてのお話のセリフや言葉遣いが、とてもリアルだと感じました。俳優さんたちとお話しながら決めているんですか?

言葉遣いとして「これで、合ってます?」という確認作業はありますが、物語の流れを変えるような変更はなかったです。多少、語尾を変えたり、句読点を入れたりするなどで、言いやすいようには変えてもらいましたが、今回は基本的には書いたままに演じてもらいました。

――渋川さんの喋り方が、監督の『ドライブ・マイ・カー』の読み合わせのシーンを思い出しました。感情を出さずに言葉を発するところが、より、瀬川教授の変わり者っぷりが強調されていて良かったです。

ありがとうございます(笑)。セリフの解釈というか、本読みを何度もやってもらって演じてもらっているのですが、セリフの性質そのものが出やすくなるように感じています。例えば、第一話の女子2人の会話だと、ガールズトークのグルーヴ感が出やすくなるし。第二話での瀬川教授が語っていることは基本的には論理であって、そこに感情は入ってこない。そうすると、あまり感情表現ということには繋がらない。渋川さんは普段はまったくあんな方じゃないんですけど、本読みをしていてたどり着いたキャラクターに合った話し方です。実際に、教授で書き言葉みたいな話し方をする先生もいらっしゃいますし、むしろリアルに感じていました。それをベースにして感情のあるシーンとかが出てきてもいたので、それを含めてよかったなと思います。

画像: 第二話:扉は開けたままで

第二話:扉は開けたままで

――3作品ともキャラが立った登場人物が多くて、勝手な印象なのですが、監督は女性が持つ面倒くさい一面も面白がってるように思えました。

女性に限らずですかね。誰も彼も面倒くさい存在だとは思っています。もちろん男女では身体的にも社会的に置かれている状況も違っているので、自分と違う点で面白さは感じているかもしれませんが。『偶然と想像』では、キャラが立っている人ばかりに見えるかもしれませんが、僕は生きてきて、一つの結論に達したんですよ。普通のヤツなどいない、と(笑)。普通の人って出会ったことないんですよ。例えば仕事で関わる人は、その役割の枠の中に収まっているとは思うんですが、いったん、プライベートを含めて話をしていると「え!?」って思うことがままあるんですよ(笑)。すごく普通だと思った人ほど驚くべき側面を持っていたりして。でも、その感覚は作品全体にありますね。映画の中では‟普通の人たち“として書いているんですが、面白い、可笑しいと思う部分……収まりのつかない部分が渦巻いて、人間関係に出てきていると。

――当初は7つの物語の短編集と聞いていました。残りの4作は、どういう側面が見えてくる人たちなのか楽しみです。

四つの話のタネはあるのですが、まだどう育てるか決めてないんですよ。短編は、長編との合間に撮っていますが、前の作品の復習や次の作品の準備となるのが自分にとってありがたいですね。次に撮ろうとしているもののより複雑そうな部分を解きほぐすようなチャレンジとしてやり続けていこうと思います。

――今回の『偶然と想像』は、音楽も心地よくて耳心地のよい映画でもありました。

いちばん最初のシューマンの『子どもの情景』の「見知らぬ国々」はすごくシンプルな曲で繰り返し何度もきける曲。物語の始まりに毎回かかっているので、3回は流れているんですがすが、あの曲自体がメロディの繰り返しがあり、旋律の中に、優しい感じとちょっと不穏な感じが繰り返されています。その感じが映画とも合っているのでテーマ曲として選びました。とは言え、全体としてはシューマンは優しい美しいメロディなんで、すごくいいんです。観客によっては気持ちのざわつく部分があると思いますが、それでも癒してくれる音楽になっていると思います。

――各ストーリーのタイトルも目を引きました。タイトルの付け方が、昔の洋画の邦題みたいで秀逸で素敵です。キャッチコピーの付け方として勉強になります!

短編でやると、大きな枠でやれないことができるんですよね。ちなみに第一話は、最初「噂の男」というタイトルでした。何度も何度も『魔法』という言葉を劇中で言っているのですが、それだけだとキャッチ―すぎる。でも、古川さんが演じていって、その中のセリフで「魔法よりももっと不確かなもの。それでも信じてみる気ある?」というのがパンチラインになったと感じました。第一話のタイトルは俳優さんの演技を見なければつけられなかったタイトルです。

『扉は開けたままで』は、知人の大学教授が実際話していたことがヒントです。ドアを開けることが、ハラスメント対策で、結局は自分の身を護ることにもなる。その、知人の話を聞いた時に、扉を開けた研究室の中で、何かいかがわしいことが起きているのだけれど、廊下を誰も気づかずに通り過ぎる、というショットが自分の中で浮かびました。

『もう一度』は、僕は物事を反復するのが好きなんですけど、それをそのままタイトルにしました。出会ったところから始まってから、同じ道を帰っていくまで……。結果として含みのあるタイトルになったと思っています。シンプルに反復をしましたが、竹内まりやさんの『もう一度』を聴いたりしながら、脚本を書いていました。その雰囲気が映画にも反映されているかもしれません。

画像: 第三話:もう一度

第三話:もう一度

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