村上春樹原作『ドライブ・マイ・カー』(2021)を映画化し、第74回カンヌ国際映画祭で4冠を獲得。前年には、共同脚本を手がけた、黒沢清監督『スパイの妻(劇場版)』(2020)が、第77回ヴェネチア映画祭で銀獅子賞に輝いている。そこに来て、今回ご紹介する『想像と偶然』(2021)も、第71回ベルリン国際映画祭で銀熊賞に、ついで、今年の東京フィルメックスで観客賞を得るという快挙を見せつける。日本のみならず、国際的にも今一番注目を集めて突っ走る活躍ぶりの濱口竜介監督。そんな監督の素顔は、実にフランクにして明晰、クリエイターとしてのセンスとインテリジェンス溢れる笑顔の持ち主だった。

偶然から起こる様々なドラマの三部作

意表を突かれたのは、私だけではなかったに違いない。あの、カンヌやヴェネチアの国際映画祭で高い評価を獲得した映画監督が、次に作った映画作品が短編集だなんて。

画像: 偶然から起こる様々なドラマの三部作

そう、『偶然と想像』は、短編三部作で構成されたオムニバス作品なのだ。濱口監督が敬愛するという、フランスの名匠エリック・ロメール監督が、独自の映画制作において、たびたび繰り返した手法ではあるのだが、それに習っての今回の映画づくりとなったのかどうか、まず、そこに興味を惹かれた。

第一話『魔法(よりもっと不確か)』第二話『扉は開けたままで』第三話『もう一度』というタイトルで、「偶然」が生み出した、日常の中での「事件」が描かれる。

第一話で描かれるのは、ウキウキと、新しい「恋」の予感の自慢話をスタイリストの女友達から聞く女優。彼女を待ち受ける思いもよらなかった恋の行方。

第二話では、大学生の恋人と企てる、教授への復讐的なアプローチにのめり込んでしまった女。第三話では、同窓会で再会を果たした二人の女たちだったが、その関係性は、想像もつかないものへと展開していく。

出来事が小さいか大きいかは、観客の測り知ることではないとも言える。人として生きるうえでの出会いや別れは、人知れず大きな成功や奇跡を生みだすこともあるし、悲劇の発端にもなるし、「必然」に紐づけられるものになったりもする。だから「偶然」な出来事は見過ごすことの出来ない「魔法」の様なものだと思う。

そんな、毎日慌ただしくしている私たちに、日々の出来事を思い起こしたり、巡らせてくれるきっかけをくれるのもこの作品なのだ。ともあれ、このように10割打者のごとくの活躍の渦中の「人」に、映画づくりにおける、「偶然と必然」についてうかがえることは極めて嬉しいことだ。

東京フィルメックスでの反響

東京フィルメックスのオープニング上映を果たし、見事、観客賞に輝いた本作であるが、このインタビューをした時点では、上映を終えたばかりで、まだ結果は誰も知り得なかった。筆者は受賞を予感していたのだが、同日の映画祭での観客の反応を濱口監督に、まずは伺ってみた。

── いよいよ劇場公開となりますが、その前の10月30日の第22回東京フィルメックスでのオープニング上映おめでとうございました。

『偶然と想像』は喜劇として作られたわけではないのにもかかわらず、笑いを抑えることが出来ないまま、私はいち早くオンラインで拝見しましたが、一人、画面に向かって声をあげたり、大笑いをしたりしました。

第一話では「(最後に救いはあったものの)えー、酷すぎるー」、第二話では「アッハッハッハ」が止まらない、第三話では「そんなことあり? 私もやってみようかな」というように……。会場での反応はいかがだったでしょうか。マスクの下で皆さん笑いをこらえるのが大変だったのでは?

ハハハ、そうでしたか。フィルメックスの会場でも、笑いはたくさん、たくさん聞こえていましたよ。

── 喜劇的に笑わせようとしたシナリオではないのに、笑える、笑わせるというのはフランス映画に通じるところがありますね。

はい。

国際映画祭での高い評価

── それにしても、カンヌ、ヴェネチア、ベルリンをたて続けに制覇という実績は、歴史的にも数少ない存在なのではと思います。まさに、驚異的であり、脅威さえ感じさせもするのですが、こういった評価を得て、ご自身は今、どの様な心境なのでしょう?

いやー、まあ、何と言ったら良いか……。自分でも何なんだろうと。

── 決して偶然ではないですからね(笑)

いや、賞っていうものは、どこかしら、くじを引くようなものですからね。

── いえいえ、とんでもありません、偶然は必然と繋がっておりますので実力のなせる業ですよね。そこに来て、今度は短編集を引っさげて、注目している者たちを刺激して魅了するという、その意表を突くような「動き」には目が離せないです。

何だかいたずらっ子のようでもあり、監督は、羨ましいくらいに映画づくりを楽しんでいらっしゃるなーと。エリック・ロメール監督に触発されてのことでもあるのですよね?

ええ、エリック・ロメールさん。そうですね、具体的には、彼の作品の編集を長年手がけて来たマリー・ステファンさんにパリでお目にかかる機会があり、ヒントを得たんです。ロメール作品は全部見て臨んだのですが、『パリのランデブー』(1994)という作品があって、これが3作品のオムニバスで、「そうか、こういう風に短編を作ってまとめてもいいんだな」と気づかせていただいて。

当たり前といえば当たり前のアイデアではあるんですが、短編を作りながら、3本まとめれば、長編の「興行」作品としても成り立つし、参加するスタッフにとっても、より(映画制作の)意義が見えやすいのかなと。じゃあ、やろうとなったんです。

画像: 国際映画祭での高い評価

── なるほど。

自分自身も長編を作るのは、身も心もすり減らすので疲れるなと思ったりしているところもありまして(笑)。(長編は)後戻りできない、責任が重いという気持ちで作りますから。その点短編だと、「軽い」といいますか、チャレンジが出来やすいというか、気軽に取り組めて……。

── あ、わかるような気がします。観る方もそう思えることがあります。

で、今回やろう、と。短編を作るのは楽しいから、遊びながら作ろうという気持ちにも短編なら、なれました。

エリック・ロメールの手法をヒントに

── そうでしたか。その実験的と言って良いかどうかですが、やりたいことをやれる余裕を持っての映画作りをされている方って、今日本では少ないように思えますが、それをすでにやり遂げていたエリック・ロメール監督の作品は、以前からお好きだったんですか?

そうですね、二十代の頃からで……。

── 二十代からですか。一番最初に観てググっと来たという作品というと?

同時代で観たのが『グレースと公爵』(2001)で、これは時代劇ですから、当時は気づかなかったですが、ロメール作品としては異色作なんですよね。

ただ、めちゃめちゃ面白かった。大胆で、こんなにもロメールって面白いのかと。そこから過去の作品に遡って観ていくと、何とも軽やかで。映画を観ていく段階で、難しい映画っていうのもあるわけで、例えばゴダールとか。単純に面白く観ることができた映画っていうとロメールかなと。面白い、単純に面白いんです。

映画を好きにさせるのが、ロメールという作家だなと感じて、自分の「心の師匠」という存在になっていました。

── 濱口監督は、その頃どういったことをされていたのですか?

2001年ですから、大学生真っ只中で、いろいろな映画を観出していました。

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