1979年放送のテレビアニメ「機動戦士ガンダム」第15話伝説のエピソードがテレビアニメ放送から43年の時を経て安彦監督の手に劇場版として復活。『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』(6月3日公開)を手がけた安彦良和監督に、本作に込めた思いや制作経緯、さらにアニメ制作現場の今に感じていることを語ってもらった。(取材・文:タナカシノブ)

今回のガンダムは任侠映画の主人公という見せ方を意識しました

本作ではテレビアニメ版15話を翻案し映像化。戦争に巻き込まれ、地球連邦軍の新型モビルスーツ“RX-78-02 ガンダム”のパイロットになることを余儀なくされたアムロが、オデッサ作戦を間近に控えた“帰らずの島”での残敵掃討任務のさなか、20人もの子供たちとともに暮らすジオン軍の脱走兵ドアンと出会う物語を描く。

画像: 安彦良和監督

安彦良和監督

ーー本作の映画化は監督自らの提案だったとのことですが、映画にしたいと思った理由をお聞かせください。

「『ククルス・ドアンの島』のエピソードはすごくいい話だけど、『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』を描いているときには、あえて捨てました。でも、気になっていたエピソードということもあり、あるきっかけで思い出した際に『1本の映画で表現できる』という確信があったので、僕から映画化の提案をしました」

ーーファンの間で伝説のエピソードと呼ばれていたことも影響したのでしょうか?

「伝説というとなんとも…という感じだけど(笑)。引きがあるエピソードであることは知っていました。映画化すると発表したとき、意外だという声はもちろん聞こえてきたけれど、それ以上に大変好感を持ってくれているという実感がありました」

ーーその反応には驚きと感じる部分もあったのでしょうか?

「スタッフの中にもこだわりを持っている人が多くて。『ククルス・ドアンの島』をやるならこうでなければならない!といったこだわりの声はすごく多かったです。映画化を提案した身ではあるけれど、もしかしたら、僕が一番こだわりがなかったかもしれません(笑)」

ーーファンの方にもスタッフさんにも思い入れのある方が多い作品で、何を描くのか。フィーチャーするポイントの吟味は大変だったのではないでしょうか。

「イメージとしては捨てるではなく肉付け。言い方はよくないけれど、水で薄めてのばすことはしたくないと思っていました。映画化するということは、20分程度の物語を約100分にすること。でも、やってみたら100分以上の映像になって、焦って切る作業が多く発生しました(笑)」

画像1: 今回のガンダムは任侠映画の主人公という見せ方を意識しました

ーー内容の濃い作品に作り上げたうえで、削ったのですね。

「2時間を超えるような気配があったので、だいぶ削りました」

ーーどのあたりが削られたのかが気になります。

「単純に回想シーンを削りました。ファーストガンダムのイメージを伝えるうえで、回想シーンは多めに盛り込んでOKとプロデューサーから言われていたのですが、いざ作ってみたらあれも入れたい、これも入れたいで尺がオーバー。もっと入れたい気持ちはあったけれど、削る部分がとても多かったです」

ーー盛り込むところ、削るところと取捨選択をするなかで、シャアの登場を入れた理由とは?

「池田(秀一)さんの声があるのとないのとでは充足感が違います。ファンがクレジットを見たときに“池田秀一がいない”と思ってはいけないし(笑)。ここは最初から入れようと思っていた回想シーンですし、入れたことにより重厚感が出ました。友情出演に近いイメージではあります(笑)」

画像2: 今回のガンダムは任侠映画の主人公という見せ方を意識しました

ーー印象に残る描写として、テレビアニメ版よりもグッと増えた子供の数が挙げられます。

「子供たちが出てきた話として記憶にはあったけれど、4人しか登場してないと知ってびっくりしました。まあ、子供を書くのは面倒だしね(笑)。子供の人数を増やして、単純に“めんどくさい”と感じたけれど、絵コンテを描くのは本当に楽しかったです。僕は、絵コンテをレイアウトに使う手法なので、いい加減なコンテがきれないタイプ。子供はだいたい20人くらい、あとの描き込みはお願いします、とイメージだけを伝えて渡すことができないんです。気が遠くなるほどめんどくさい作業でしたが、心から楽しむことができました」

ーー子供の数が増えたことで、無邪気さのようなものが増えた印象があります。だからこそ、戦うことの苦しさが伝わるような気がしました。

「生活感が出ないとククルス・ドアンのエピソードは成立しません。子供が4人では話が成り立たないんです。カーラがドアンにお茶を入れるシーンで、感極まる描写があります。彼女は年齢の割にはだいぶ大人で、この小さなコミュニティの危うさを理解しています。ドアンに守ってもらわなければ…という心細さは、今現在、私たちがいる社会においてもあることだけど、その究極の形として描くことができました」

ーーとても大人っぽく見えますが、アムロと同年代という設定ですし…。

「背伸びをして大人を演じているというキャラクターです。戦争の悲惨さは、悲惨な状況に陥った人を描くことで表現できるけれど、観るほうもつらいですよね。僕は、無惨な死体を並べるよりも、ついさっきまで無邪気に遊んでいた子供たちの日常が壊される様子を見せるほうが、戦争の悲惨さを描くうえで効果的だと考えています。小さい子供たちがドアンがいるから大丈夫と安心するシーンは、実社会で子供たちがお父さん、お母さんがいるし…と安心するのと一緒。だけど、カーラはその危うさがわかっているから複雑なんですよね」

画像3: 今回のガンダムは任侠映画の主人公という見せ方を意識しました

ーー子供たちの年齢設定は大きな意味を持っているのですね。安彦監督が映画化したいと思った理由に、ドアンのキャラクター性はあったのでしょうか?

「テレビアニメ版の脚本を担当した荒木芳久さんにはまだお目にかかってないので、どういう意図で描いたのかは、ぜひ訊きたいと思っています。テレビアニメ放送時はちょうどベトナム戦争の頃。これまでもフランシス・フォード・コッポラ監督の『地獄の黙示録』(79)を例に挙げてきましたが、長く続く戦争からドロップアウトする脱走兵もいたし、反戦という風潮は濃厚でした。荒木さんのシナリオの根底にはそういった意図もあったのかなと想像したりして。それがドアンの奥行きにつながり、特にいじることもなく、補強しなくても非常に重たいキャラクターに仕上がりました。それは、当時の風潮を背負っているキャラクターだからなのかと考えたりもしました」

ーードアンをメインにするにあたり、ガンダムの見せ方にもかなりのこだわりが必要だったと思います。

「今回のガンダムは任侠映画の主人公という見せ方を意識しました。“待ってました!”という場面で颯爽と登場し、爽やかに解決する。これは、スタッフとの共通認識として最初からずっと意識していた部分です。だからこそ、やっつける相手は憎たらしく、危険な感じがするほうがいい。こいつらヤバそう、という雰囲気を出す描き方には常にこだわっていました。正直、ガンダム登場シーンはあまり多くはないので、ファンに満足していただけるのか、少々不安もあります。あっけないと思われる方もいるのでは、と。」

ーー潔い、爽快という印象が強かったです。

「そう?それはよかった!」

画像4: 今回のガンダムは任侠映画の主人公という見せ方を意識しました

ーーそのあたりも含めて本作への反応が楽しみですね。次に、アニメ制作現場の今に感じていることを伺います。安彦監督がアニメ制作現場で感じている変化について教えていただけますか?

「デジタル化という大きな変化がある中で、自分がそこに混ざっていいのかな、という気持ちは『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』のときにありました。コロナ禍もあってリモートはさらに増えたけれど、根本的なことは変わっていない気がしています。制作現場の雰囲気も割といい感じだったようで…。僕は悪いムードはいっぱい経験してきたのでね(笑)」

ーーその話を始めたら止まらないとは思いますが(笑)

「業界自体がずいぶん好転しているように感じています。それは希望的観測も含めてですが…。70年代の制作現場はお世辞にもいいとは言えない。正直に言って業界にとって最悪な時期だったと思います。スタジオもあちこち潰れるし、人気のスタジオでも潰れるのでは?という危機感がありました。現場も厳しいし、なんだかんだ制作現場での喧嘩は絶えなかったですから(笑)。アニメーターも気分が荒んでいたのだと思います。もちろん問題がないわけではないけれど、当時と比べたら、今はだいぶ良くなった気がしています」

画像: 『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』予告映像(60秒Ver.) youtu.be

『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』予告映像(60秒Ver.)

youtu.be

『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』
2022年6月3日(金)より全国ロードショー
企画・制作:サンライズ
原作:矢立 肇 富野 由悠季
監督:安彦 良和
副監督:イム ガヒ
脚本 : 根元 歳三
キャラクターデザイン:安彦 良和 田村 篤 ことぶきつかさ
メカニカルデザイン:大河原 邦男 カトキハジメ 山根 公利
総作画監督 : 田村 篤
美術監督:金子 雄司
色彩設計:安部 なぎさ
撮影監督:葛山 剛士 飯島 亮
3D演出:森田 修平
3Dディレクター:安部 保仁
編集:新居 和弘
音響監督:藤野 貞義
音楽:服部 隆之
製作:バンダイナムコフィルムワークス
主題歌:森口博子「Ubugoe」(キングレコード)
配給:松竹ODS事業室
©︎創通・サンライズ

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