フィンランドを代表する画家、ヘレン・シャルフベック。19世紀末から20世紀初頭に活躍。モダニズムを牽引した画家として知られる。彼女が華々しく再評価されブレイクした、50歳から58歳の8年間の注目すべき時期に光を当て、彼女の芸術への情熱とストイックな愛への葛藤を描いた映画『魂のまなざし』が、ヘレン・シャルフベック生誕160年を記念して公開される。監督のアンティ・ヨキネンから、お話をうかがうことが出来た。

フィンランドの実力派、アンティ・ヨキネン監督

アンティ・ヨキネン監督は、アメリカで放送と映画を学んだ後、ビヨンセ、ウイル・スミス、セリーヌ・ディオンなどのミュージック・ビデオなどを中心に映像作家として活躍。

『ヒラリー・スワンク ストーカー』(2011/日本未公開・DVDのみ)で長編映画監督デビュー。フィンランドに戻ってからは、次々とフィンランドのアカデミー賞を獲得する映画作品を世に打ち出し、実力ある監督としての評価を得ている。

最新作となった『魂のまなざし』では、彼が幼いころから敬愛してきたという国民的画家のヘレン・シャルフベック(1862-1946)の人生の中で、1915年から1923年の、再び注目を集めることとなった8年間の日々を描いている。

画像: フィンランドの実力派、アンティ・ヨキネン監督

シャルフベックが描き続けたストイックな絵画への想いや生き方を、ただ伝記映画として辿るのではなく、彼女が抱え続けた女性であることの立ち位置と、50代の時期に出会った男性への愛、母親との関係性や、フィンランド独自の緊張感ある歴史も背景に滲ませ完成させている。彼女の生き方さながらの、凛とした美しさが全編に漂う秀逸な映画だ。

シャルフベックには、フィンランドを代表する女優で、『ファブリックの女王』(2015)にも出演したラウラ・ビルンを迎えた。監督の妻で、『TOVE/トーベ』(2020)の出演でも知られるクリスタ・コソネンも、シャルフベックの親友ヘレナ・ビスターマルクとして起用している。ビルンは、本作でファジル国際映画祭最優秀女優賞に輝いた。

再評価されブレイクしたシャルフベックを際立たせる

パリで芸術活動に情熱を傾けた後、高齢の母親のためにもフィンランドに戻り、田舎暮らしをいとわない日々を送っているシャルフベック。世間からはすでに忘れられた存在だったが、習作に打ち込むことには揺るぎない。

そんな彼女のもとを訪れた画商は、彼女が描きためていた150点以上もの作品に光を当てる。彼女の才能が並外れていることを知らしめる、大きな個展が開催され、彼女の人生は図らずも好転する。

同時に、それまでの恋が実らなかったことで、独身を通していたヘレンの人生にも大きな喜びがもたらされる。画商が紹介した19歳年下の青年エイナル・ロイターとの出会いが、新たな恋の予感を呼びさまずことになる。

彼女の伝記を書き綴ったというロイターとの関係は、友情なのか、恋なのか、師弟愛なのか、その結末を見極めるミステリアスな面白さも愉しめる作品でもある。

当時の男性上位の時代に、女性である以前に一人の画家でありたいという、彼女の毅然とした生き方と、映画の中でも垣間見ることが出来る絵画作品も印象的で奥が深い。自画像を描き続けた画家としても注目されているが、その心の内が痛いほど伝わる作品が、彼女の生き方を物語る。

全編が、美術作品のような映画であり、映し出されるものすべてに監督のこだわりが感じられる。フィンランド独特の光と影を思わせる色使いで、ベージュやグレーのカラーが多用され、無駄な色を排除したかのような場面、場面に魅了される。

画像: 再評価されブレイクしたシャルフベックを際立たせる

また、ヘレンの服装からも目が離せなくなる。場面展開ごとのファッションがシンプルでモダンで斬新だ。

加えて、シャルフベックを演じるラウラ・ビルンの表情や体の動きを観ているだけで、心揺さぶられる。ヘレン・シャルフベックのことを知らない観客をも、退屈させずに惹き込んでいく秀作であることは間違いない。

フィンランドとロシアの緊張関係について

── まずうかがいたかったのが、この作品が作られた2020年には、ヨキネン監督も予想だにされていなかったことでしょうが、今、ロシアとウクライナの戦いが続いています。

ロシアと長い間にわたる、緊張関係が続くフィンランドという国のことを、こういった時期に、この作品が上映され、ヘレン・シャルフべックという存在からも、フィンランドという国を知ることが出来て、とても貴重な作品となったと思います。上映に感謝したい気持ちです。

フィンランドとロシアは、地理的にも長い距離の国境で接しています。『ラストウオー1944 独ソ・フィンランド戦線』(2015/日本未公開・DVDのみ)にも描いたようなロシアとの戦争、そして、今またロシアとウクライナとの出来事やフィンランドのNATO加盟と、ロシアからの影響は大きく、ずっと暗雲が立ち込めているという関係があります。

一方で、ロシアは映画、オペラ、バレエ、音楽など芸術での多くの才能を持ち得ている国でもあります。

今回のような政治的権力が、芸術に関わる才能ある方々へも影響が及んでしまうことは明らかで悲しいことです。政治が芸術に大きな影響を与えることを考えても、誰もが思うことでしょうが、早くこの戦争が終わることを願っています。

それでも、今回の戦争が終わったとしても、フィンランドはロシアと国境が接している限り、残念ながらこれからもずっと緊張関係がなくなることはないと思えます。

シャルフベックが憑依したかのような演技力

── よくわかりました。

『魂のまなざし』は、ヘレン・シャルフベックを演じたラウラ・ビルンさんの演技が素晴らしく、シャルフベックがまるで憑依したかのような迫力の演技です。彼女が作品を描くところはもちろんですが、全編に渡っての、一挙手一投足までの細かな動きが、本人その人なのではないかと惹き込まれていきます。そんな彼女を起用したことや、演技についてのことを教えていただけますか?

画像: シャルフベックが憑依したかのような演技力

私は、一度でも映画作りを一緒に経験した女優に信頼を寄せられるのです。ラウラとは(米・アカデミー賞フィンランド代表作品になった)、『Purge』(2012/日本未公開)で組んでいましたから。

そして、現在はTVや映画など多くのコンテンツが作られているわけですが、責任を持って、役を積極的に演じてくれる役者はとても貴重な存在なのです。

── なるほど。

その点でもラウラは、7ヶ月かけて絵画の学校に通い、絵の具の使い方はもちろん、画家の立ち振る舞いなどを学ぶことを約束してくれて、そのとおり実行したんです。私の演出を本気で受けてくれるという、彼女の強い意志を感じてラウラに決めたわけです。

── 素晴らしいです。

では、一度仕事を一緒にした経験のある女優と言えば、監督の奥様で、本作ではシャルフベックの親友のヘレナ・ベスタ―マルクを演じたクリスタ・コソネンさんも主演候補になっても良かったのでは?

そうですね(笑)。確かに『ラストウオー1944 独ソ・フィンランド戦線』では主演してもらいましたね。ファミリーに演じてもらうこともいいですが(笑)、でも、ラウラを選んだ理由として、シャルフベック自身にとてもよく似ていたことも大きいんです。

私は10歳くらいの時にシャルフベックと作品に触れ、彼女の大ファンになりました。だから、私の想うシャルフベックに、ラウラがよく似ていることが後押しになりました。

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