作品選びにお悩みのあなた! そんなときは、映画のプロにお任せあれ。毎月公開されるたくさんの新作映画の中から3人の批評家がそれぞれオススメの作品の見どころポイントを解説します。

〜今月の3人〜

土屋好生
映画評論家。政治家の暗殺に新型コロナの第7波来襲…これでは落ちついて映画に読書というわけにはいきません。

斉藤博昭
映画ライター。次回ゴールデングローブ投票の資格を得たが、組織の改善が道半ばのようなので今年は協力しないことに。

前田かおり
映画ライター。酷暑の日々ですが、今夏公開であちこち出没の黄色い奴ら“ミニオンズ”から元気もらってます。

土屋好生 オススメ作品
アプローズ、アプローズ! 囚人たちの大舞台

服役中の受刑者たちが舞台劇を演じるという実話を映画化し重要なテーマも描く

評価点:演出4/演技4/脚本3/映像4/音楽3

あらすじ・概要

今や古典の輝きを放つ不条理劇「ゴドーを待ちながら」を演じる刑務所の受刑者たち。果たして演出家の思惑通りに公演を成功に導くことができるかどうか。女性刑務所長も巻き込んでの試行錯誤に悪戦苦闘の日々が続く。

刑務所に服役中の受刑者たちを演劇の舞台に引っ張り出すとは何と大胆なことか。もとはといえば数年前に北欧スウェーデンで起きた嘘のようなホントの話。映画化のベースとなるのはそのとき大成功を収めた実験的な舞台劇なのだが、時を経てここフランスで舞台の映画化が実現した。

それはもちろんドキュメンタリーではなく職業俳優を起用したれっきとした劇映画なのだが、肝心の戯曲はあのサミュエル・ベケットの「ゴドーを待ちながら」というのだからこれは本格的。この不条理劇の神様のような戯曲ににわか俳優の受刑者たちが挑戦するとは、その本気度もわかろうというもの。殺人や恐喝などの過去を忘れるように受刑者が舞台狭しと動き回るのだ。

画像: 服役中の受刑者たちが舞台劇を演じるという実話を映画化し重要なテーマも描く

ここまでくると「ゴドー」を換骨奪胎した別の舞台劇を見ているようで、刑務所内で喝采を浴びた舞台劇が外部公演に招待されるという夢物語もあながちウソではないとナットク! そしてそこから舞台に自由と連帯を求める受刑者のセラピーと社会復帰という重要なテーマが浮かび上がってくる。

リアリーライクフィルムズ配給/公開中
© 2020 – AGAT Films & Cie – Les Productions du Ch’timi / ReallyLikeFilms

斉藤博昭オススメ作品
プアン/友だちと呼ばせて

どんなに短い人生でも永遠に何かを大切な誰かに残してあげられると教えてくれる

評価点:演出4/演技4/脚本4/映像5/音楽5

あらすじ・概要

NYでバーを経営するボスは、タイで暮らす友人のウードが白血病で余命わずかと知る。バンコクに戻ったボスはウードの最後の願いということで、彼の元恋人に会う旅に同行。やがて過去の秘密も明らかに…。

人生最後の願いを叶えるロードムービーは名作になりやすい…という法則を今作も証明。主人公たちがタイの各地を巡りながら、過去のNYでの日々も重なる展開は、余命わずかという切実な前提を超えて、どこか人生への祝福を与える印象。つまり決して湿っぽくならず、全編に心地よいムードが意識され、観ているうちに、どの人物に対しても優しい感情を抱いてしまう。そして、どんなに短い人生でも、大切な誰かに永遠に何かを残してあげられるのだと、この映画は改めて教えてくれる。

画像: どんなに短い人生でも永遠に何かを大切な誰かに残してあげられると教えてくれる

舞台は現代だが、カセットテープが重要アイテムで使われたり、どこかアナログの手触りに満ちた演出も、物語への共感を高めるうえで効果的。ウォン・カーウァイ製作総指揮ということで監督も彼の作品を明らかに意識し、光の捉え方、地球の反対側と懐かしい場所でさまよう主人公たちの心情、そして何よりキャッチーな曲の使い方は『恋する惑星』(1994)『天使の涙』(1995)『ブエノスアイレス』(1997)を彷彿。ラストに流れる「Nobody Knows」は、いつまでも耳に残る。

ギャガ配給/公開中
© 2021 Jet Tone Contents Inc. All Rights Reserved.

前田かおり オススメ作品
女神の継承

高温多湿なタイの風土を通じて人間のエゴや狂気がねっとりと絡みつく

評価点:演出4/演技4/脚本4/映像4/音楽4

あらすじ・概要

タイの田舎で祈祷師として村を守ってきた女性ニムを密着取材していたTVクルー。ニムの姪ミンの体調不良を後継者の兆しの表れとしてミンを追い始めるが、彼女は何かに取り憑かれたような言動をするようになる…。

國村隼の得体の知れなさがトラウマ級に残る『哭声/コクソン』(2016)のナ・ホンジン監督が、同作から生まれた企画をプロデュース。監督・脚本を『愛しのゴースト』(2013)などタイのヒットメーカー、バンジョン・ピサンタナクーンに託したが、ホンジン印の不穏さをまとったものに仕上がった。

モキュメンタリー形式で、タイの鄙びた村で今も続く土着の信仰をカメラが追う。万物に霊魂が宿ると信じられているというナレーションに続いて、鬱蒼とした森や、神秘的な洞窟に祀られている女神像が観る者をまことしやかな世界に引き込んでいく。その一方で、祈祷師の後継者が何かに憑依されたことを機に、一族の確執や因果の歴史が露わになる。高温多湿なタイの風土を通じて、人間のエゴや狂気がねっとりと絡みつく。

画像: 高温多湿なタイの風土を通じて人間のエゴや狂気がねっとりと絡みつく

『エクソシスト』(1973)ばりの憑依演技に挑んだ若手女優の怪演も凄いが、どこから見てもリアル祈祷師になりきったニム役の女優の存在感は圧巻。終盤の地獄絵図からの怒涛の展開で、またしてもとんでもない所に連れて行かれた気分になる。

シンカ配給/公開中
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