大正ロマンを思わせる時代を背景に、ある宿命をもつ家系に生まれ、能力のなさや生い立ちゆえに家族から虐げられてきたヒロイン・斎森美世が、自分を信じて愛してくれる男性と出会い、その人を愛することで、新たな運命を切り開いていく。映画『わたしの幸せな結婚』は顎木あくみの同名小説を原作とし、映画単独初主演の目黒蓮(Snow Man)が心を閉ざした冷酷な名家の当主・久堂清霞役に挑みます。本作のメガホンをとるのは、「アンナチュラル」(2018)や「MIU404」(2020)、「最愛」(2021)などの数々の名作ドラマを手掛けてきた塚原あゆ子監督。公開を前に塚原監督に作品への思いやキャストについてお話をうかがいました。(取材・文/ほりきみき)

大事なのは原作の素晴らしさを損なわないこと

──監督オファーを受けたときのお気持ちからお聞かせください。

私は時代劇をやったことがないし、ましてやCGやアクションを扱ったことがない。なぜ私なんだろうとちょっと不思議な気持ちでした。しかし、原作を読んでみて、ラブストーリーの感情を丁寧に繋ぐことを期待されたのではないかと思うようになりました。

画像: 演出中の塚原監督

演出中の塚原監督

──目黒蓮さんが「純愛でありながらも、アクションやファンタジー要素があり、本当にこの作品でしか、味わえないようなモノが詰まっている作品」とコメントしていましたが、さまざまな要素が相まって素晴らしい物語になっていたと思います。ただ、原作はまだ完結していません。脚本作りは難しかったのではありませんか。

何も知らない人が見ても、「わたしの幸せな結婚」というタイトルに納得がいく形にするには原作のある一定の部分はきちんと描かなくてはいけません。

しかし、映画は2時間。描く場所が限られます。清霞と美世の距離感が縮まっていく様子は原作の前半に集中していますから、そこを丁寧にやって、2人が告らないまま、途中で終わらせるか。そうすると異能や清霞の所属先である屯所の話があまり出てこないで終わってしまいます。清霞がどういう仕事をしていて、帝室とどのような関係があるのかも描かないと、もともと清霞と美世が持っている血脈による苦しみやその血脈を途絶えさせてはいけないという世界観が紡げなくなる。では、そこまで描くために全体的に流して描くか。それが最初の分岐点でした。

大事なのは原作の素晴らしさを損なわないこと。しかも原作を知らない人が見てもわかるようにしつつ、単なるダイジェスト版ではなく、そこにドラマがあるようにしたい。原作エピソードのベストなチョイスが構成を含めて難しく、プロデューサーも含めてみんなで時間を掛けて相談しました。

──作品を拝見して、タイトルにある「わたし」は美世だけでなく清霞も含まれているのを感じました。 

“主人公はどちらか?”ということは考えずに撮りましたが、原作を読んだときに「自分を知るということは誰かと向き合うこと」というメッセージを受け取りました。本来、自分探しは自分の中だけでやるものですが、その答えは一緒にいる人からも受け取れると原作では描いていると感じたのです。つまり、タイトルの「わたし」は自分に向けても、相手に向けても発せられる一人称だと思います。

そうなると清霞が見る美世が美世の中に根付き、美世が見る清霞が清霞の中で根付いていくようなやり取りが肝。お互いを「見る」というシーンを丁寧に演出しました。

──清霞と美世がお互いを意識することで変化していくのが感じられました。

2人でいるシーンが本当に少ないので、お互いに相手がそこにいなくても、相手のことを話す表情で何を思い、なぜがんばっているのかを観客が意識できるように構成しました。これはすごく難しかったですね。

原作からイメージする清霞にぴったりの目黒蓮

──久堂清霞を演じた目黒蓮さんについて、どう思われましたか。

原作の清霞は身長が高い。尚且つ、日々鍛錬をしているので、ガチっとした体つきであることも大切。そういう意味で身体的に目黒蓮さんは清霞のイメージに近い。長髪が似合うビジュアルでもあります。

画像: 久堂清霞(目黒蓮)

久堂清霞(目黒蓮)

原作をご存知の方たちは清霞を線が細くて色白な人とイメージしていらっしゃるかもしれませんが、私はそう受け止めていないのです。本当に戦闘能力があるとなれば、ある程度の体格の良さは必要。刀を持っている描写があったので、すごく細いはずがない。しかも異能だけで構成されている軍隊ではないので、恐らく毎日トレーニングをしていたでしょう。目黒さんは舞台では殺陣をされていましたし、日々踊りのレッスンをされていますから、私が原作からイメージする清霞にぴったりでした。

──清霞の役作りに関して、監督から目黒さんに何かお伝えになりましたか。

目黒さんはお芝居の経験が浅く、現場での居方がまだよくわからないといった感じがありました。初めはどうしても気負い過ぎて、“僕、ここにきて、今、セリフを言っています”といった感じで段取りっぽくなりがち。“ただ、そこにいる”ということさえ、すごく難しい。まずは技術的なことではなく、もっとメンタルなこと、例えば「あまり表情を作ろうとしなくていい」とか、「いかにも熱演している顔をしないようにしましょう」とお伝えしました。

画像: 原作からイメージする清霞にぴったりの目黒蓮

──目黒さんから何か相談はありましたか。

目黒さんからキャラクターについて相談されたことはほとんどなかったですね。原作も、脚本もちゃんと読み込まれていましたし、今回はコミックもあるので、「あのシーンみたいな感じ」と伝えるとすぐにわかってくれました。非常に勉強した上で現場にのぞんでいらっしゃいましたね。

この作品は小説に重きを置いていますが、コミックは小説と違いビジュアルが固定されているので、絵コンテ的な感じで、目黒さんとの相互理解には役に立ったと思います。

非常に感受性の豊かな今田美桜

──美世が清霞から料理を褒められて泣くシーンがありましたが、美世の表情からうれしい気持ちが痛いほど伝わってきて、今田さんの演技力を感じました。監督はどのように演出されたのでしょうか。

「おはようございます」と現場に入ってきて、相手役の人にご飯を食べてもらっただけで、「はい、泣いてください」といわれても、そのメンタルに持っていくのは難しい。自分にできないことを役者さんに押し付けたらいけないと思っているので、そのシーンの撮影の日は「今日は大変だろうな」と思いながら現場に入りました。すると前半戦を何回かに分けて細かく撮っていく中で、今田さんから「どうしたらいいでしょうか」と相談がありました。美世は虐げられてきた子ですから、人に喜んでもらった思い出がない。だから喜ばれてうれしいという実感が湧いてこないというのです。

今田さんは泣くことをマストに考えていたのではなく、褒めてもらったことをうれしいと思うメンタルになることが大事で、そうすれば自然と泣けると考えていました。素晴らしい女優ですね。非常に感受性の豊かな人だなと思いました。

特に何か伝えたわけではないのですが、私と話しているうちに気持ちがまとまったようで、現場に戻ってぽろぽろ泣いていました。感情から整理して組み立てるというやり方が自然にできているようです。

画像: 斎森美世(今田美桜)

斎森美世(今田美桜)

──役作りは気持ちを作ることが大事なのですね。

芝居って基本的にそういうもの。そこで私にできることは、そういう気持ちになりやすいように現場を揃えるところまで。そこで何を感じて、気持ちをどう持っていくかは役者に委ねられます。

──美世が変わっていくに従って、今田さんのお化粧も少しずつ変わっていきました。

朝食のシーンはノーメイクでしたが、そこは怖がらずに突っ込んでくれたと思います。撮影は必ずしも順撮りではなく、時系列を行ったり来たりする。少しきれいになったところからメイクが薄くなると、このシーンはそういうメンタルなんだと理解することができ、体が自然にそのシーンの状態になります。今回、スタッフが優秀だったので、着地点からの逆算もこちらから細かい指示を出さなくてもやってくれました。今田さんとスタッフで作り上げた美世だったと思います。

──監督からご覧になって、目黒さん、今田さんの俳優としての魅力はどんなところでしょうか。

目黒さんはとにかく真摯で真面目。しかも、今後もそうあり続けることができるでしょう。それが彼の才能というか、魅力です。

役者さんって、その人のイメージでキャスティングされますから、同じような役が続くことが多い。そうすると自分に縛られて、モチベーションの維持が難しくなってくる。私が見てきた彼くらいの役者さんは何人もそこに苦しんでいました。

それはある意味、監督も同じです。例えば私が刑事もので当てて、刑事ものが得意だと世間にカテゴライズされると、そこから3年くらいはずっと刑事ものがくるのです。ラブストーリーでもそう。ラブストーリーの誰々という枕詞がつくようになってしまいます。どんな仕事にも起こり得ること。これはなかなか辛い。

画像: 非常に感受性の豊かな今田美桜

しかし目黒さんはそうならない。万が一、そんな風な気持ちになってしまっても、みなさん、通っていかれる道ですし、そこを超えていかないと年齢を重ねた芝居にはならないので、怖がらないでほしい。悩んだらお電話くだされば「違うぞ」と言いに行く覚悟もございます(笑)。

今田さんは感受性が非常に豊かです。自分ではコントロールし切れない感情の中で芝居をする機会もあるかと思いますが、そこでの経験が今田さんを更なる高みに引き上げてくれるはず。コントロールするのが難しいくらい多感なメンタルを持つということも才能です。それを存分に発揮できる役が絶対に来ると思います。

冒頭シーンはホテルのランプシェードが発想のきっかけ

──冒頭で、封じられていた異能者たちの魂が解き放たれる様子を花のつぼみが開くようなビジュアルで表現されていましたが、この作品の耽美で圧倒的な世界観がダイレクトに伝わってきた気がして、一気に物語に引き込まれました。監督のアイデアでしょうか。

ホテルのランプシェードを見て思いつき、その場で写真に撮って、美術部にイメージを伝えました。原作とは違うので、どう受け止められるかと心配していましたが、気に入っていただけてよかったです。

──これから作品をご覧になる方にひとことお願いいたします。

原作をお読みになったことがある方も、そうでない方も楽しめるよう、みんなで考え抜いてこの作品に至りました。生身の人間が演じるラブストーリーの部分と原作が持つ重層的な世界の入り口をご覧いただいて、原作の奥深さに触れていただけるとうれしいです。

PROFILE
塚原あゆ子

2005年にTVドラマ「夢で逢いましょう」で演出家デビュー。以降、TVドラマ「夜行観覧車」(13)「Nのために」(14)など話題作の演出を次々と手掛け、15年には優れたTVドラマのクリエイターに送られる第1回大山勝美賞を受賞。その後もTVドラマ「重版出来!」(16)、「リバース」(17)、「アンナチュラル」(18)、「MIU404」(20)、「最愛」(21)など、演出を手掛けた作品が立て続けにヒット。「MIU404」では芸術選奨新人賞放送部門を受賞したほか、手掛けた作品それぞれが多くの受賞歴を持つ。18年、同名ベストセラー小説を映画化した『コーヒーが冷めないうちに』で映画監督デビュー。丁寧な演出に定評があり、今、最も新作が期待される監督の1人。

作品情報

画像: 映画『わたしの幸せな結婚』予告【3/17公開】 www.youtube.com

映画『わたしの幸せな結婚』予告【3/17公開】

www.youtube.com

<STORY>
文明開化もめざましい近代日本。帝都に屋敷を構える名家の長女・斎森美世は実母を早くに亡くし、幼い頃から継母と異母妹から虐げられて生きてきた。すべてを諦め、日々耐え忍んでやり過ごすだけの彼女に命じられたのは、美しくも冷酷な軍隊長・久堂清霞との政略結婚だった。数多の婚約者候補が逃げ出したという噂の通り、清霞は美世を冷たくあしらう。

しかし逃げ帰る場所さえもない美世は、久堂家で過ごすうちに、清霞が実のところ悪評通りの人物ではないことに気づいていく。そして清霞もまた、これまでに言い寄ってきた婚約者たちとは違うものを美世に感じ、いつしか互いに心を通わせ、それぞれが抱いていた孤独が溶けていく。「望んでしまった…少しでも長く、この人と居たいと。」

しかしその頃帝都では、不穏な【災い】が次々に人々を襲う。清霞はその最中で国を司る帝から、国民の盾となることを命じられる。命を賭して戦う清霞。その身を案ずる美世。しかしその【災い】の影には、思いもよらぬ陰謀が渦巻いていた。任務を全うする清霞の背後で、美世にも魔の手が迫る。やがて残酷な運命が、容赦なく二人を切り裂いていく―
願うのはたったひとつ、あなたの幸せ。

『わたしの幸せな結婚』
監督:塚原あゆ子
脚本:菅野友恵
原作:顎木(あぎとぎ)あくみ 「わたしの幸せな結婚」(富士見L文庫/KADOKAWA刊)
主題歌:Snow Man「タペストリー」
出演: 目黒蓮(Snow Man)、今田美桜、渡邊圭祐、大西流星(なにわ男子)、石橋蓮司 
2023年/114分/G/日本
配給:東宝
©2023 映画『わたしの幸せな結婚』製作委員会
公式サイト:https://watakon-movie.jp/
2023年3月17日(金) 全国東宝系にてロードショー

This article is a sponsored article by
''.