カンバーバッチ x もふもふキャラ x 失踪サスペンス = 実はシリアスな心理ドラマ
カンバーバッチ演じる主人公ヴィンセントは、人気の子供番組でパペットを操る人形使い。ある日、9歳の息子エドガーが行方不明になり、必死に息子を探すヴィンセントの目の前に、息子が絵に描いていたモフモフの青いモンスター、エリックが出現する。ヴィンセントは、このモンスターが息子探しを手伝ってくれると考えるようになる。
ーーという設定だけ聞いて、エリックのもふもふな姿を見ると、ほのぼのしたファンタジーなのかと思ってしまうが、実は大違い。ストーリーの主軸を、少年の失踪事件の真相を追う謎解きサスペンスに置きながら、次第に、主人公を筆頭に事件の周囲の人間たちの複雑な心理が明らかになっていく、大人の観客向けの心理ドラマになっているのだ。
そして、そんな物語にもふもふなモンスターが登場するのには、理由がある。なぜ、主人公がパペット使いになったのか。なぜ彼が、息子が描いたモンスターを見るようになるのか。それらの理由も、主人公と妻、主人公と両親との複雑な関係が描かれ、そこから生じる彼の心理が見えてくるのと並行して、次第に解き明かされていく。
主人公の難しい性格は、カンバーバッチの演技力の見せどころ
主人公ヴィンセントは、パペット劇に情熱を注ぐ真摯なクリエイターであり、パペット操演の名手でありながら、周囲の人々と建設的な人間関係を築くことができない。妻や息子との関係、資産家の両親との関係にも問題を抱えている。そんな、めんどくさい人物だが、彼の抱く痛みや葛藤が少しずつ見えてきて、人物像が少しずつ深まっていく。そんな人物を少しずつ造形していくのだから、カンバーバッチの演技の腕の見せどころ。彼の演技にも熱が入りまくる。その熱演ぶりを堪能するのも、本作の見どころだ。
ちなみに、カンバーバッチは、こういう複雑な人物の役を好んで選ぶ傾向があるのではないか。昨今は、こういう複雑な役を演じる作品に出演して、自ら製作総指揮にも参加することが増えていて、本作もその一つ。彼が最初に製作総指揮に参加した長編映画は、性格の悪いエジソンを演じた『エジソンズ・ゲーム』(2017)。それから、息子が行方不明になった男の妻との微妙な関係を演じたドラマ『チャイルド・イン・タイム』(2017)、幼少時の虐待からドラッグ依存症になった男を演じたドラマ『パトリック・メルローズ』(2018)でも製作総指揮に参加。今回のドラマは、このドラマ2作と共通する要素もある。
もっとも、この頃の映画では、演じる役柄の傾向が、ドラマの場合とは少し異なるかもしれない。製作総指揮にも参加した映画『クーリエ:最高機密の運び屋』(2020)のスパイになった電気技師役や、『モーリタニアン 黒塗りの記録』(2021)の真面目な海兵隊検事役は、彼がドラマで演じる人物ほど複雑ではないようだ。
サブキャラもクセモノ揃い。みんなが秘密を持っている
人物像が単純でないのは、主人公だけでなく、彼の周囲の人々も同様。主人公の息子の失踪事件を捜査するルドロイド刑事は、私生活に秘密がある。主人公と一緒に人形劇団を率いてきて、主人公を上層部から庇う同僚レニーにも、周囲に秘密にしてきた過去がある。主人公の妻ジェシーにも、夫に隠している秘密がある。
そして、これらの人物たちを演じる俳優たちも、実力派揃い。同僚レニー役は、『ファンタスティック・ビースト』シリーズの主人公の親友ジェイコブ役でおなじみのダン・フォグラー。妻役のギャビー・ホフマンは、近年では映画『カモン カモン』のフォアキン・フェニックス演じる主人公の妹役や、人気ドラマ『トランスペアレント』の過激に自己探求する次女アリ役で活躍。刑事役のマッキンリー・ベルチャー3世は、ドラマ『WE OWN THIS CITY 不正と汚職が支配する街』で主要キャラの一人、悪徳刑事Gマネー役を演じている。主人公の息子役、アイヴァン・モリス・ハウは、本作がデビュー作の新鋭で、今後の活躍が楽しみ。
また、スタッフ陣も実績ある面々。ドラマのクリエイター兼脚本家アビ・モーガンは、ベン・ウィショー主演のドラマ『THE HOUR 裏切りのニュース』(2011-2012)でエミー賞脚本賞を受賞。クリエイターを務めた作品には、ステラン・スカルスガルド主演のドラマ『刑事リバー 死者と共に生きる』(2015)などがある。監督のルーシー・フォーブスは、ベン・ウィショー主演のドラマ『産婦人科医アダムの赤裸々日記』(2022)やドラマ『このサイテーな世界の終わり』(2019)などドラマ界で活躍中。ドラマ慣れしたスタッフによる本作は、行方不明事件の真相が気になり、全5話という長さも手頃で、ついつい一気見したくなる。
*カンバーバッチ主演のドラマシリーズ「エリック」は5/30(木)からNetflixで独占配信中