SCREENONLINEの人気連載企画『シネマという生き方』でおなじみの高野てるみの新たな著書『職業としてのシネマ』(集英社新書)が発売された。

80年代からのミニシアター隆盛期、『テレーズ』『ギャルソン!』『サム・サフィ』といったヒット映画の数々を配給した巴里映画の代表も務め、その当時の現場を知る著者だからこそ書けるリアリティにあふれた、映画業界で働きたいと考える方々のための「業界入門書」である。

近年のミニシアター界にはコロナ禍もあって、逆風が吹き荒れているが、それでも映画配給の仕事をしたい、という情熱を持った方は少なくないだろう。この本には実際の映画配給プロデューサー業のノウハウ的な面を知ることもできる一方、この仕事だからこその喜び、苦労などの体験記としての面も覗き見ることができ、そして80年代のミニシアター文化がどのように花開いていったかというカルチャー史的な側面もあり、様々な面から読み甲斐のある一冊になっている。

配給という仕事をしてみたいという方には、著者がどのように映画を買い付け、上映してくれる劇場を見つけ、作品に付加価値をつけていくかという仕事ぶりを細かく再現してくれているので、大きな参考になり、気づきを与えてくれるだろう。さらには配給した作品の出演俳優や監督との交流もうらやましい限りの親密感に満ちていて業界人ならではの夢を見せてくれる。楽しいこともたくさんあるが、もちろん金銭面のシビアな話なども出てくるので、仕事の多面的な厳しい現実も知らされることになり、実際に仕事に就いた場合の感触も伝わってくるというもの。

それにも増してこの本では、80年代のミニシアター・カルチャーが開花していく現場と裏事情の描写が大変面白い。巴里映画が初めて手掛けた作品『テレーズ』は新宿にあったシネマスクエアとうきゅうという劇場で公開されたということだが、この劇場が当時の映画好きにとってどれだけのステイタスを持っていたかなども思い起こされる。このほかにも、著者が世に送り出した『ガーターベルトの夜』『バンカー・パレス・ホテル』といった通好みの映画タイトル、シネヴィヴァン六本木、シネマライズなど今はなくなってしまった有名劇場の名前を目にするだけで、当時この劇場であの映画を見たという記憶が思い起こされる年代の読者も確実にいるはずだ。

もちろんそうした時代を知らない世代にも、ひとつの映画がカルチャーヒットを生みだす背景に、配給会社と劇場と雑誌、新聞などのメディアが共犯者的な関係で絡んでいた時代(いまもそうなのかもしれないが)のワクワクするような感覚が味わえるだろう。当然、その時代をリアルに知っている読者には、あのヒット映画はこの著者が宣伝していたのか!という気づきと共に、そのヒットの裏でこんな秘話があったのか、と驚いてしまうエピソードも豊富で、映画好きならどんな世代でもあっという間に読み終えてしまうことだろう。

コロナ禍によって映画を以前のように自由に見られない時代だからこそ、一方でミニシアターや映画にとっての良き時代を懐かしみながら、その一方で一つの映画が観客に届くまでにどれだけのエネルギーが費やされるのかを想像して一読してみてほしい。

「職業としてのシネマ」高野てるみ著 集英社新書 860円+税 発売中

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