監督は韓国アニメ界を代表するクリエイターで、国内外で多くの受賞歴を誇るヨン・サンホ。実写初挑戦となった今作でダイナミックな映像感覚と繊細かつドラマチックな語り口を披露し、興行と批評の両面で画期的な成功を収めた。
『トガニ 幼き瞳の告発』のコン・ユ、『3人のアンヌ』のチョン・ユミ、『殺されたミンジュ』のマ・ドンソクらキャスト陣の迫真の演技も物語に深みをもたらしており、誰もが納得のエンターテインメント大作となっている。
世界中を席巻したノンストップ・サバイバル・アクションムービー!!
【ストーリー】
まだ夜明け前のソウル駅。プサン行きの特急列車KTX101号に、証券会社のファンドマネージャー・ソグ(コン・ユ)と幼い娘スアン(キム・スアン)が乗り込んだ。仕事にかまけて家族を顧みず、妻との関係が破綻したソグは、今はプサンで暮らす妻のもとへスアンを送り届けようとしていた。
KTX101号は定刻の5時30分にソウル駅を後にするが、その発車直前、挙動不審な女が12号車に駆け込んだことに気づいた者はひとりもいなかった。何者かに足を噛まれ、人間を凶暴化させる謎のウイルスに感染していた女は、発作を起こして激しくのたうち回った次の瞬間、異変に気づいた女性乗務員を襲撃。噛みつかれた乗務員もたちまちウイルスに冒されて豹変し、その場に居合わせた乗客たちは次々と犠牲になってしまう。
突然勃発した凄まじいパニックのさなかソグはスアンを抱きかかえ、屈強な中年男サンファ(マ・ドンソク)は妊娠中の妻ソンギョン(チョン・ユミ)を守りながら命からがら後方の車両に避難する。このときソグは感染者が自力ではドアを開けられず、目視で捉えた人間を反射的に攻撃する習性を察知したのだった。果たしてソグとスアンは生きてプサンに辿り着けるのか?ーー
大躍進を続けるヨン監督にインタビュー
ヤン・イクチュンとキム・コッピが声優として参加した『豚の王』で初の長編アニメを手掛け、韓国社会におけるヒエラルキーがもたらす悲劇的な人間模様を描いたヨン・サンホ監督。
この作品がカンヌ国際映画祭の監督習慣部門に出品され、社会派インディーズ作家としての名声を一躍高めた。その後も『我は神なり』や『ソウル・ステーション/パンデミック』などのアニメーション長編作品を発表するなど大躍進を続けるヨン監督が先月来日し、作品について答えてくれた。
ーー主人公のソグは最初はあまり良い父親として描かれていませんが、物語が進むにつれ変化していきますよね。ソグのキャラクター像でこだわった部分を教えて頂けますか?
主人公としての人物像だけでなく、ゾンビ映画におけるストーリーラインはどうすれば最適なのか色々と考えました。そこでふと思いついたのが是枝裕和監督の『そして父になる』でした。
ただ、『そして父になる』のように父親が徐々に変化していく過程を描きたくても、『新感染 ファイナル・エクスプレス』ではアクションシーンもしっかりと描かなければいけませんから、父親が変化していくエピソードを沢山盛り込むのは難しかったんです。父親の変化を少ないシーンでもしっかりと描くためにソグと対比するバス会社の常務・ヨンソク(キム・ウィソン)というキャラクターを登場させました。
ヨンソクはソグとは逆で物語が進むにつれどんどん悪人に変化していきます。
父親の変化だけではなく世代論も描きたかったので、ソグは“世の中の成長ばかりを考えている世代の代弁者”として職業もファンドマネージャーという設定にしました。家庭を顧みず忙しい父親だったせいで、妻と娘とは別居中か離婚中なんです。そんな複雑なキャラクターのソグをコン・ユさんは素晴らしい演技でしっかりと作り上げてくださいました。
ーーコン・ユさんをソグ役にオファーしたポイントを教えて頂けますか?
韓国には若い父親役ができる俳優があまり多くなく、イメージ的に父親役はやらないというスター俳優もいます。コン・ユさんは『トガニ 幼き瞳の告発』や『サスペクト悲しき容疑者』などで父親役を演じていますし、ソグのイメージにも近かったので彼にシナリオを彼に送ったところ、すぐに“会いましょう”と連絡をくださいました。
コン・ユさんと20分ほど今作について話したところで“やりましょう”とお返事をしてくださったので、割と早い段階でソグ役は決定しました。撮影前に僕が考えていたソグのイメージもありましたが、いざ撮影が始まってみたらコン・ユさんが演じたソグのほうが良かったので彼が演じてくれて良かったなと実感しました。彼は演技のトーンがとても良くて、今後ますます素敵な俳優さんになると思います。
ーー他のゾンビ映画のようにもっとグロテスクな描写を増やすこともできたと思いますが、今作ではそういった描写よりも人間ドラマのほうに重きを置いて描いているような印象を受けました。その点は何かこだわりがあったのでしょうか?
ゾンビ映画はスプラッタームービーの代名詞と言われることもありますが、私はゾンビ映画が持つ根源的な恐怖について考えました。その恐怖というのは二つあって、ひとつは愛する人が全く違う存在に変わってしまうことの恐怖、そしてもうひとつは自分自身が別の存在に変わってしまい愛する人を攻撃してしまうかもしれないという恐怖です。
というわけで、血が飛び散るようなシーンはできるだけ排除して、“恐怖を描くこと”に焦点を絞って描くことにしました。誰でも今作のような危機的状況に置かれたら悪にも善にも変わりうるということを伝えたかったんです。
序盤におばあさん姉妹がニュースを見ながら話すシーンがありますが、二人ともそのニュースへの反応が違うんです。このシーンは相反するイデオロギーの象徴にもなっているかと思います。そして10代の少年少女達も登場しますが、これは大人達に搾取されていたり大人達の犠牲になっている若い人達がいるという韓国社会の一面を描いています。
ーー列車の中でのアクションシーンを撮るのは困難だったと思いますが、何か参考にされた作品はありますか?
トム・ハンクス主演の『キャプテン・フィリップス』と、アメリカの911テロを描いた『ユナイテッド93』です。ゾンビ映画ではなく、限定された空間で起きた事件を描いた作品を参考にしました。
ーー実際に使われている列車や駅が登場する今作ですが、どのようにロケ撮影を行ったのでしょうか?
KTXと韓国の鉄道公社に協力を要請したのですが、残念ながらあまり協力的ではありませんでした。そこで美術チームが実際にKTXに何度も乗り、細部に至るまで寸法を計って列車を作ることになったんです。そして列車のセットを2両分作って撮影を行いました。
ロケーションに関しては、実際のソウル駅で夜中に列車が走っていない時間帯に撮影しました。他の駅に関しては、どの駅も昼間は利用客が多く、そもそも撮影が不可能なんですね。そこで閑散としている静かな田舎の駅を借りて大部分のシーンを撮影しました。
テジョン駅のシーンは6〜7箇所ほど色んな場所で撮影して、それを繋ぎ合わせて背景などもCGで入れ替えているんです。エンディングに出てくる東大門駅のシーンは、閉鎖された車両の基地を借りて撮影してあとからCGで処理しました。
そういえば、完成したあとにこの映画を韓国の鉄道公社が凄く気に入ってくれて、運転士役の俳優が名誉運転士に認定されたんですよ(笑)。もしまたKTXを使った撮影をする時は協力してくださるともおっしゃってくださいました(笑)
ーー他のゾンビ映画と比べて、感染してから発症するまでのスピードが早くて驚きました。
列車はもの凄い速さで走っているので、ゆっくり変化していたら映画が終わってしまいますからね(笑)。狭い空間で早くゾンビに変化して、背景もどんどん移り変わって行くのが今作の特徴でしょうか。
それと、登場人物達がスマホでネットの書き込みサイトを見ているシーンがあって、そのサイトには色んなコメントが書き込まれているのですが、中には「漢方薬がそれぞれの体質によって体が温まりやすいとかそうでないとか効き目の違いがあるように、それぞれの体質によってゾンビへの変化のスピードが変わってくるんじゃないか」というものもあったりします。
さすがにそこまでは日本語訳をつけられないので、日本の観客の方々は見逃してしまうかもしれませんね。気になった方は何度も観に行かれると良いと思いますよ(笑)。ついでに言うと、その書き込みが合っているかどうかはわかりませんが、その解釈は面白いと思います。
ーーでは最後に、今作は監督にとってどんな挑戦になりましたか?
わたしはとにかく変化が嫌いなので、新しい人と仕事をするのも好きではないですし、部屋の模様替えすら嫌いなんです(笑)。なので、実は今作は企画の段階でやめようかなと思ったこともありました…。
ですが、今回思い切って挑戦したことで、今まで臆病になりすぎていたことに気付かされたんです。今まで想像もしていなかったような企画のお話も頂いているので、今後は新しいことに挑戦していきたいと思います。
(文:奥村百恵)
監督:ヨン・サンホ
キャスト:コン・ユ(『トガニ 幼き瞳の告発』『サスペクト 哀しき容疑者』)、チョン・ユミ(『ソニはご機嫌ななめ』『三人のアンヌ』)、マ・ドンソク(『殺されたミンジュ』『群盗』)、他
配給:ツイン
現在公開中
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