スペイン語を完璧にマスター、本作にかけたオダギリジョーの思いとは
監督を務めたのは『北のカナリアたち』や『団地』の阪本順治、主演は阪本監督と『この世の外へ クラブ進駐軍』や『人類資金』に続いて3度目のタッグとなるオダギリジョー。オダギリは『マイウェイ12,000キロの真実』や『FOUJITA』など国際派俳優としても知られるが、今作では約半年間でスペイン語を完璧にマスターし、体重を12キロ絞って役づくりをしたと言う。そんな彼に『エルネスト』の撮影秘話やフレディへの思いなどを聞いた。
ストーリー
1962年4月、ひとりの日系人青年がキューバの地に立っていた。愛する祖国ボリビアのため医者になることを決意し、ハバナ大学の医学部を目指してやってきたフレディ前村(オダギリ)である。
20歳の彼はハバナ大への入学を前に、最高指導者フィデル・カストロ(ロベルト・エスピノサ)によって創立されたヒロン浜勝利医学校で、医学の予備過程を学ぶこととなる。
1963年に学校にやってきた憧れのチェ・ゲバラ(ホワン・ミゲル・バレロ・アコスタ)に向かってフレディは「あなたの絶対的自信はどこから?」と話しかけると、「自信とかではなく怒っているんだ、いつも。怒りは、憎しみとは違う。憎しみから始まる戦いは勝てない」とゲバラは答えた。そんな矢先、母国ボリビアで軍事クーデターが起こり、フレディは“革命支援隊”に加わることを決意する。
ある日フレディは司令官室に呼ばれ、ゲバラから戦地での戦士ネームである“エルネスト・メディコ”という名を授けられ、ボリビアでの戦いへと向かうのだった──
キューバ国内で約1ヶ月半に渡りロケを敢行
──阪本監督とは3度目のタッグとなる今作ですが、オファーを頂いた時はどのような心境でしたか?
正直、驚きましたし、ワクワクしました。最近の邦画の特徴としては原作ものであったり、キラキラ系と呼ばれる青春映画だったり(笑)、どこか保険をかけたような、ある程度の集客が見込める作品がほとんとですよね。今の日本の映画界でこういう作品を作るのは非常に難しい状況なので、監督やプロデューサーの意気込みと言うか、挑戦を嬉しく感じましたし、だからこそ、僕もその挑戦に乗りたくなりました。
内容に関しても、元々ゲバラやカストロ、キューバという国自体に興味を持っていたので、是非参加したいと思いお受けしました。でも同時に、とてつもない困難が待ち受けている事も容易に想像できました(笑)
──完成をご覧になっていかがでしたか?
当時のキューバの人達の気持ちを共有できた気がして感動しました。少し乱暴に言うと、資本主義の国に生まれ育った僕があの当時のキューバの人達の気持ちを理解できるかどうかというのは、今作に参加するひとつの課題のような気がしていたんです。
それは監督にとっても同じようにプレッシャーだったと思います。しかし完成した作品は、国や時代をも超えた感情を抱ける作品になっていて、改めて阪本監督の凄さを感じました。
──今作に出演される前まではオダギリさんにとってゲバラはどのような存在でしたか?
ゲバラという存在をいつ知ったかは正直なところ覚えていません。若い時って、パンクや反体制みたいなものに浸かる時期があるじゃないですか? その頃だったのだろうと思います。
当時はゲバラの主張や思想などはあまり理解してなくて、アメリカという資本主義社会に歯向かい色んな国を解放させようとした英雄としての姿が美しく感じられたんでしょうね、きっと。明治維新の時の坂本龍馬にも近いものを感じていただろうし、男はそういう大きな敵に立ち向かって行く英雄に憧れてしまうところがありますから(笑)
──ではオダギリさん自身もフレディに共感するところが多々あったということでしょうか?
共感というか、台本に書かれたキャラクターをどう人間的な立体にしていくのかということが俳優の仕事だと思っていて、フレディが身を捧げてまでゲリラ戦に参加することへの理由や生理、気持ちの流れなど台本にはない色んなことを埋めていく作業が必要なんですね。
“こういう人だったからこう考えて、こう行動しようとしたんじゃないか”と自分の中で役を固めていくんです。だから完璧にフレディに共感したかと言われるとちょっと違うのかもしれませんが、100%の理解を目指しながら演じていました。
──キューバでの撮影はいかがでしたか?
海外での撮影では毎回何かしら驚くことがあって、その中でもキューバは今まで経験したどの国とも違うタイプの現場になるだろうとは思っていたので、何があっても乗り越えられるようにしなくてはと気を引き締めて挑みました。確かに様々な困難があったと思いますが、どんな時でもキューバスタッフはなるべく実現できるように力を尽くして頑張るという姿勢でいてくれたんです。
みなさんが苦労しながらもどうにかして僕らが求める画を撮れるように一生懸命努力してくださったのはありがたかったですね。必要な物を揃えるのも困難で、恵まれた環境ではない中での撮影だったので、ちょっとしたことでも現地スタッフのみんなと喜び合えましたし、共に戦場を戦い抜こうとする美しい仲間のように感じました。
──キューバでの日本人キャストはオダギリさんだけなので、少し不安な部分もあったのかなと思いましたが、今のお話を聞いていると現地の方々はオダギリさんが演じやすい環境も作ってくださったのでは?
台詞がスペイン語だった為、ワンシーン撮り終わっても次の台詞の確認をしたかったりで、なかなかリラックスできる時間がなかったんです。キャストのみんなで楽しく話すというよりは、一人で次の準備をすることが多かったんですけど、それをみんなが尊重してくれていたのが分かりました。
その上、スペイン語のアドバイスや、ラテンアメリカ人らしい仕草や表現など、芝居に関しての相談も乗ってくれましたし、本当にみんなの助けがあったからフレディを演じられたようなものでした。素晴らしい環境だったと思います。
──ちなみにフレディにとってのゲバラのような、オダギリさんに大きな影響を与えた人物はいますか?
キャプテン・ビーフハートというミュージシャンでありながら詩人や映画監督もやって最終的には芸術家になった方がいるのですが、彼は誰もが聴きやすいタイプではないんです。実験的で即興性を多用した耳障りの良いとは言えない曲を沢山発表しているんですね(笑)。
でも僕にとっては圧倒的に面白かったし、唯一無二のオリジナリティはやはり凄いものがありました。彼の曲を聴いて感じたのは、大衆に届かせる為に分かりやすく、伝わりやすいものを作るのではなく、自分が突き詰めたくて作るということが物作りの根本なのではないかということでした。
その精神は役者になった今でも重要視していて、いくらお金をかけた大作であろうと、いくら人気のある原作があろうと、自分が面白いと思えなければ参加しようとは思いませんし、監督や制作側が何を突き詰めようとしているのか、他に見当たらないオリジナリティや作家性はあるのか、ということに重きを置いて作品選びをしているのも、そういうところから来ているんだと思います。キャプテン・ビーフハートからは大きな影響を受けています。
──では最後にSCREEN ONLINEの読者に向けて、オダギリさんが最近ご覧になった作品で面白いなと思ったものがあれば教えて頂けますか。
数ヶ月前に飛行機の中で伊丹十三監督の『たんぽぽ』を久しぶりに観ました。30年前の作品ですが今観ても楽しめますし、伊丹さんの食へのこだわりというか、欲がもの凄く詰まった作品で面白かったですね。
それこそ監督のオリジナリティや作家性を強く感じましたし、こういった作品が少ない現状はやはり淋しいですよね。観た方も、観たことのない方も『たんぽぽ』はオススメなので良かったら是非ご覧になってみてください。
ヘアメイク:UMiTOS 砂原由弥
スタイリスト:holy.西村哲也
【衣装クレジット】
ロングトップス ¥32,900+税
中に着たトップス ¥12,000+税
パンツ ¥39,000+税
/すべて、byH.(BABYLON showroom)
シューズ/スタイリスト私物
(文:奥村百恵)
「エスネスト」
10月6日(金)TOHOシネマズ 新宿ほか、全国ロードショー
脚本・監督:阪本順治
キャスト:オダギリジョー
永山絢斗、ホワン・ミゲル・バレロ・アコスタ
配給:キノフィルムズ
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