建築した建物の多くが、世界遺産に認定されている近代建築の巨匠、ル・コルビュジエ。彼に建築学的な影響をもたらし、生涯忘れ得ない存在となった20年代モダニズムを自在に活かした建築家アイリーン・グレイという女性。
二人の関係を映画化したのが、『ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ』。映画制作に協力・貢献したグレイ研究家の第一人者、ジェニファー・ゴフから、グレイの女性像と映画づくりについてうかがうことが出来ました。

髙野てるみ(たかのてるみ)
髙野てるみ 映画プロデューサー、エデイトリアル・プロデューサー、シネマ・エッセイスト、株式会社ティー・ピー・オー、株式会社巴里映画代表取締役。著書に『ココ・シャネル女を磨く言葉』ほか多数。
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世界遺産にもなった、日本の国立西洋美術館を設計したことで知られる世界的建築家ル・コルビュジエ。その彼が敬愛し、彼を虜にしたという、アイリーン・グレイのことを知っていましたか?

先進的なアイルランドの女性建築家が、パリで活躍

敬愛どころか、言うなら晩年まで、その存在を拭い去ることなく彼を翻弄した、まるでファム・ファタルのような存在がいたこと、その女性がグレイであったこと、それら真実を明かした映画が、『ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ』なのです。

アイルランド国立博物館のキュレーターで、『アイリーン・グレイ その仕事と彼女の世界(原題)』の著者であるジェニファー・ゴフさんは語ります。

「20年代から30年代、40年代にもアイルランドでは、女性の建築家は出てきませんでした。60年代後半になって何人か、70年代には一人もいなかったし、80年代にやっと少しづつ増えて来て、今になって女性建築家が注目を浴びているというのがアイルランドの状況なんです。20年代のモダニズムに到達するのも遅れていましたし」

そんな環境の中、20年代にアイルランドからパリへ渡り、日本でも今もそのレプリカのテーブルや椅子が愛好されている、モダニズム溢れるデザインの家具を生み出し、その後、建築家として活躍した女性、アイリーン・グレイは稀代の存在でありながら、自らは名前を売ることには興味がなく、ひたすら物づくりに励んだという凛とした女性だった。そう語るゴア。

画像1: ©2014 EG Film Productions / Saga Film © Julian Lennon 2014. All rights reserved.

©2014 EG Film Productions / Saga Film © Julian Lennon 2014. All rights reserved.

ル・コルビュジエが、憧れと嫉妬で焦がれたグレイの「E.1028」

グレイはフランスに骨を埋め、彼女の恋人で建築家でもあったジャン・ヴァドヴィッチとの愛の住処として設計し贈った、南仏コートダジュールにある元邸宅「E.1028」も、現在フランス政府が所有していることもあり、アイルランドでは知る人ぞ知る存在であったといいます。しかし、このところ彼女の祖国での再評価が高まり、何よりル・コルビュジエの存在が高まるほどに、彼女の存在に光が当たるのは、ずいぶん時間がかかったとはいえ必然的なことでした。

「パリのポンピドゥーセンターで、アイリーンの回顧展が行われたりして、彼女に興味を持ちリサーチを始める人たちが増え、私もその一人として研究を進めていました。著書が出来上がる頃、マクガキアン監督から連絡があり、グレイに光をあてることで協力できるならと、関係者に紹介したり、私が発見した事実や自分の見解などを伝えました。それまでは動きがなかったグレイ再評価に繋がればこれほど嬉しいことはない、グレイの世界を広めることは私にとって使命にも思え、その環境が整ってきたと思えたのが、この映画制作でもあったのです」

ル・コルビジュエが編み出した建築哲学の理想的建築物を誕生させ、彼を唸らせたと言われるグレイ。「E.1028」に憧れと嫉妬が入り混じる思いを、彼が抱き続けたことを映画は語ります。

画像2: ©2014 EG Film Productions / Saga Film © Julian Lennon 2014. All rights reserved.

©2014 EG Film Productions / Saga Film © Julian Lennon 2014. All rights reserved.

映画は史実を、どこまで創造世界へと広げられるかの挑戦

「私が提供した資料をどう解釈するかは監督自身の自由です。それが映画なのですから。事実と違う点はいくつもあります。話をドラマチックにするために。例えば、会ってはいなかった登場人物との出会いも自在に出来る。これがまさに監督の創作のイマジネーション。監督は監督なりの視点でアイリーンという人物を自身の映画で輝かせたいという思いを感じさせる出来栄えでした」

監督は、あくまでコルビュジエという存在を意識して、彼の手が届かないグレイの建築に対する考え方・哲学にフォーカスを当て、ブレることなく作品を完成させたのだと。

世界遺産の一つでもある、あの「カップ・マルタンの休息小屋」を「E.1028」の真裏に建てたのも、実は「E.1028」をいつも見続けていたかったという少年の様な執着心からだったという事実。実に衝撃的なミステリー的謎解きです。

たびたび訪れてはリゾートを楽しんだと言われるカップ・マルタンの海で、遊泳中に心臓麻痺でこの世を去ったル・コルビジュエでしたが、この地を愛して執着した理由の一つが、アイリーンの存在と、彼女が創った「E.1028」だったとは!

それらに引き寄せられ、翻弄されたル・コルビュジエの人間像が浮き彫りにされるところも、実に興味深いものがあります。

それ以上に、巨匠建築家のファム・ファタルたる稀代の女性像を輝かせる映画が誕生したというだけ
でも大きな意味を持つのが、本作『ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ』なのです。

ドラマチックな映像とモダニズム溢れる美意識で完成させた、メアリー・マクガキアン監督作品、秀逸です。

「太陽と月」の様な二人の関係を描いて、秀逸

「住宅は住むための機械である」というコルビュジエに対し、「(建築される)物の価値は、創造に込められた愛の深さで決まる」というグレイの相容れない建築へのこだわり、価値観と美意識。

交流はあったものの、友人にはなれなかった二人。必要以上の接近や融合はしなかった距離感、それは、とてもストイックな男と女の関係でもあり、何よりお互いに男と女という人間的な関係より、創造した建築物にこそ興味と憧れ、そして嫉妬を抱きながら、それでも決して無視はしなかったという、「太陽と月」のような存在同士であったということをゴフは位置づけます。

その二人を描く映画は、あくまでフィクションの幅をどう広げるかの挑戦であって欲しい、自分はとことんアイリーンという女性をル・コルビジュエと対比させながらも、真摯に彼女の子供時代から亡くなるまでを淡々と記し、彼女の仕事、創作物をキュレーターとしてのまなざしで掘り起こしていく。

それがあってこそ、本作の映画づくりにも役立てたに違いないと、喜びを隠さないジェニファー・ゴフ。

ゴフの助けを借りて出来上がったマクガキアン監督の本作を、多くの方々が劇場で観ていただけること、そして、少しでも早くに、ゴフの著書が日本でも翻訳されることを祈ってやみません。

10月14日(土)よりBunkamura ル・シネマほか全国順次公開中。
監督/メアリー・マクガキアン
出演/オーラ・ブラディ、ヴァンサン・ぺレーズ、フランチェスコ・シャンナ、ドミニク・ピノン、アラニス・モリセットほか
2015年/ベルギー・アイルランド/108分/カラー
提供/トランスフォーマー、シネマライズ
配給/トランスフォーマー
© 2014 EG Film Productions / Saga Film © Julian Lennon 2014. All rights reserved.

画像: 10月14日公開『ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ』 youtu.be

10月14日公開『ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ』

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