人気漫画家が描いた美少女のバレエ物語が原作
ドキュメンタリー作品でキャリアをかさね、プロデューサーでもあり、脚本家でもある多才なフランス女性のヴァレリー・ミュラー。彼女の初の長編映画が、『ポリーナ、私を踊る』です。バレリーナをめざすポリーナという少女の、「踊る」ことへの憧れと戸惑い、挑戦と挫折、そして新たな世界へと羽ばたく物語。
それが煌めきだけではない、無尽蔵で理不尽な「涙」や「汗」も伴うものであることを、リアリティを持って描く珠玉の作品。ポリーナの強いまなざしと凛とした肢体で魅せます。多感な成長期の少女の感性を、きめ細かに描き秀逸です。
彼女が共同監督としてタッグを組んだのが、著名なダンス振付家として活躍を続け、数々の賞や勲章も授与されているアンジュラン・プレルジョカージュ。彼にとっても本作は、初監督作品となります。
この最強の二人に加え、本作の原作となるグラフィック・ノベル『ポリーナ』を描いた、人気漫画家バスティアン・ヴィヴェスも陰ながら加わり、ドリームチームが誕生。そして、生み出されたのが『ポリーナ、私を踊る』なのです。
ミュラー監督は言います。
「まず私が、アンジュランをテーマにしたドキュメンタリー映像をフランスのテレビ局で作りました。次に、ダンスを主題にした長編のフィクションを撮ってみたいと二人の意見が一致。その時にヴィヴェスの「バレエ少女」を描いたグラフィック・ノベルの存在を知って、強く惹かれました」
続けてプレルジョカージュ監督も言います。
「奇しくも彼がそのノベルを描く時には、私の振り付けた舞台を観て、作品の一コマにも描いていたんです。私の作品をバスティアンが漫画に描き、それを私たちが映像にする、というご縁が繋がっていたというわけです」
名門バレエ団に入団した運命を変える恋と憧れ
というわけで才能ある面子が揃うも、しかし主演女優がこの作品のすべて。ロシアにまで出かけて通算600人から選び抜いたのが、映画初出演のアナスタシア・シェフツォワという美少女。女優経験はないものの、その美貌に加え、幼い頃から歌やバイオリン、ピアノ、絵画などを身につけた才女。そして、二人の監督が探し当てたポリーナは、名門マリインスキー劇場に入団中のプリマドンナだったのです。
ここまでを知るだけで、ドキドキ、ワクワクの美少女、バレエ物語。フランスの名だたるメディアの多くが、「まるでおとぎ話のような映画」と評するだけのことがある要素に満ちているのです。物語は、こうです。
ポリーナは裕福ではない家庭に育ちながらも、父親の夢を叶えるために、バレエの世界の最高峰とされるボリショイ・バレエ団をめざします。修練に修練を重ね、見事入団が叶ったものの、恩師や父親の失望に後ろ髪を惹かれながらも、何とコンテンポラリー・ダンスの世界に魅せられフランスに渡ります。そこには恋心も絡んでいて、美貌も才能も兼ね備えたアドリアンというフランス青年の存在があったからです。その後、多くの試練が彼女の前に立ちはだかり、恋にもダンスにも夢は破れ、価値あるボリショイ入団を捨てた代償の大きさを思い知る日々が続くのでした……。と、連ドラみたいなストーリーなのですが、そこはさすがの芸術的美意識に彩られた世界が展開し魅了します。
ポリーナに大きく影響を与えるフランス人青年のアドリアン役には、グザヴィエ・ドラン監督『マイ・マザー』(09)、アンヌ・フォンテーヌ監督『ボヴァリー夫人とパン屋』(14)で人並み外れた美貌を見せつけた、ニールス・シュナイダーを起用。保守的な世界しか知らないポリーナの、それまでの生き方をリセットさせてしまうほどの恋の魔力の持ち主として、面目躍如を叶える逸材です。
美貌のシュナイダーと、ダンスも得意のビノシュが競演
「彼は全くダンス経験がなかったにもかかわらず、今回自ら役を買って出てくれたので、まず、アンジェランの舞台で4か月出演して踊ることを身につけてもらいました。アナスタシアとも息が合い、撮影の時期にはとても楽に踊るようになっていました。呑み込みの早い頭の良さが感じられました」
彼がパリでダンサーとしてめざす世界は、コンテンポラリー・ダンスのカンパニー入団。そこの主宰で著名な振付師役に、あのジュリエット・ビノシュが扮しています。ビノシュ自身も、コンテンポラリー・ダンスのパフォーマンス公演を行うほどの踊れる女優。踊るシーンでは惚れ惚れさせられます。
「女優がダンスをするということで、どこまで踊れるのか少し心配していましたが、ビノシュはとても熱心で、撮影に入るまで役作りのために10ヶ月間トレーニングを続けたんです。アナスタシアもこの作品のためにフランス語の特訓に取り組み、二人のシーンでは、ビノシュが話しかけてくれて、アナスタシアを励ましたり、いい撮影環境でした」
このように、本作での「踊り」に賭ける想いは本物なのです。稀代の振付家が取り組んだ、新しいバレエ映画といった方がわかりやすいかもしれません。
ダンス、バレエという表現、芸術の道をめざす少女たちの想いは尽きることなく、ポリーナもまた、その一人として、人生の目標を見出していきます。
彼女が大勢に流されない、自分らしさを見出した時こそ、「私を踊る」ことが叶うのです。「踊る」ということの意味、それは「生きる」と同義語であること、主人公ポリーナがそこに至るまでの道程は、ワンカットごとに美しくもけなげで、涙させられます。
主演のアナスタシア自身の歩み方にも影響を与えた、映画の力
ここに描かれるポリーナの歩み方は、主演したアナスタシアに多大な影響を与え、彼女自身もまたポリーナが憑依したかのように、本作完成後はマリインスキーには戻らず、コンテンポラリー・ダンスの世界で振付家をめざすのだとか。
映画出演のオファーも相次ぎ、若いアナスタシアの心は、今も揺れ動いているようです。映画の力は大きなものだということを教えてもくれたインタビューでした。
それにしても、描かれる恋の力も大きなものです。ブレずに、まっすぐにボリショイをめざしていた精神を、いとも簡単に別世界へと誘ってしまう力。
思い出すのは、フランス映画の伝説のアイコンとなった女優ブリジット・バルドーのこと。彼女こそ、コンセルヴァトワールの首席クラスで、プリマドンナをめざしていた女性。後に夫となる映画監督のロジェ・バディムと恋に落ち、プリマの道をあっさり捨てて、映画の世界へと引き寄せられていったのでした。
女の進む道は単純かつ複雑で危ういから、面白い。『ポリーナ、私を踊る』にも、そういう面白さが潜んでいて、スリリングでもあります。おすすめです。
『ポリーナ、私を踊る』
10月28日よりヒューマントラストシネマ有楽町。ヒューマントラストシネマ渋谷
公開中、ほか全国順次公開予定
監督 ヴァレリー・ミュラー、アンジュラン・プレルジョカージュ
出演 アナスタシア・シェフツォワ、ジュリエット・ビノシュ、ニールス・シュナイダー
ほか
原作 バスチィアン・ヴィヴェス『ポリーナ』(小学館集英社プロダクション)
配給 ポニー・キャニオン
2016年/フランス/108分/カラー
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