美しい地方都市を舞台に、炭焼き職人の紘役を稲垣吾郎、故郷に帰還する紘のかつての同級生の瑛介役を長谷川博己、紘と瑛介の同級生の光彦役を渋川清彦が演じ、紘の妻の初乃を池脇千鶴が演じている。
炭焼き職人の紘を演じた稲垣吾郎に、役への思いや環境が変わったことで新しく見えてきたこと、最近のオススメ映画などを聞いた。
【ストーリー】
とある地方都市のさらに郊外に暮らす高村紘(稲垣吾郎)とその妻・初乃(池脇千鶴)、息子・明(杉田雷麟)の家族は、父から受け継いだ山中の炭焼き窯で備長炭を製炭して暮らしている。ある日、中学からの旧友で、海外派遣されていた自衛隊員の沖山瑛介(長谷川博己)が突然町に帰ってくる。瑛介は妻子と別れて、一人で故郷に戻ってきた様子だった。紘は、同じく同級生で中古車販売業を営む岩井光彦(渋川清彦)も呼び出し、十数年振りに3人で酒を酌み交わす。翌日、3人は廃墟同然だった瑛介の実家を掃除し、瑛介はそこに住み始めるが、故郷に戻ってきた原因を紘も光彦も直接聞けずにいた。しばらくして過去を引きずったまま仕事もしていない瑛介を、紘は自分の仕事に誘い、瑛介も手伝い始めるが……。
自分を削ぎ落とすことで自然と紘になっていったように思います
ーーオリジナル脚本である今作のお話を頂いたときはどんな心境でしたか?
「炭焼き職人という役を頂いて、最初は凄く驚きました(笑)。でも、その驚きはのちのち絶対に良い形に変わると思いました。例えば僕が30代の時に三池崇監督の『十三人の刺客』で非道の殿様の役を頂いた時も最初は驚いたんですけど、イメージ通りの役ではつまらないと感じて演じてみたら面白かったんです。今回も“俳優・稲垣吾郎”の新しい深みが出るかなと思いました。阪本監督が自信を持ってシナリオを僕にくださったので、監督についていけば間違いないという安心感もありました。おかげで臆すること無く挑めたような気がします」
ーー新たな役に挑戦したいという前向きなお気持ちから出演を快諾されたということでしょうか?
「環境が変わって、僕個人としては初めての映画になるので、『半世界』で新しい自分をファンの皆様に届けられればと思いました。そういうチャンスを阪本監督から与えて頂けたことに感謝しています」
ーー違う環境に身を置いたことで新しく見えてきた世界というのはありますか?
「赤ん坊が見る世界のように、僕もいま色んなものが凄く新鮮に見えています。今までと同じ物や景色が違って見えるというか。忙しく、慌ただしくしていたからこそ得たことも沢山ありますけど、見落としてしまったことも多いと思うんです。グループは大企業のようなもので、会社を守らないといけないと必死だったというか(笑)。それに僕の代わりはもしかしたらいるのかなと思うこともありましたし。ただ、長期間活動をしていたおかげでファンの方が今もずっと応援してくださっているので、それは僕にとってかけがえのないものなんだと改めて実感しています」
ーー慌ただしかった昔と比べて今はどのようにお仕事と向き合われているのでしょうか?
「今は色んなことをしっかり噛み砕いて、吟味しながら自分の中に取り入れることができている気がします。ゆっくりひとつのことに向き合えるというか、人の気持ちもちゃんと読み取ることができたり、凄く楽しいです。映画も舞台も集中できるのがいいですね。当時は仕事の掛け持ちは当たり前で、それがあって今の自分があるのも事実で。今は色んなことが凄く新鮮に感じられて、映画の現場でも“スタッフの方はああやって動いてるんだな”と改めて気付くことが多いです。環境が変わったからというだけではなく年齢的なこともあるかもしれません。あと、SNSを始めたことでファンの方の生活や環境、思いなんかをリアルに感じられるようになったのは大きいです。ファンという存在が漠然としたものだったのが、いち個人として見られるようになったことは嬉しい気づきでした」
ーー高村紘という人物をどう捉えて演じられましたか?
「不器用で自意識があまりにもなくて、自分に興味がない人という風に捉えて演じていました。今まで自分自身に興味がない役というのは演じたことがなく、どちらかというと自意識の塊みたいな役が多かったので(笑)、演じていて凄く新鮮でした。役作りに関しては、肉付けするというよりも自分を消していく作業のほうが多かったです。カラッカラの状態になるまで自分を削ぎ取ってみて、最後に残ったものが答えなのかなと思ったというか。自分の中にも紘のような泥臭い、土臭い部分があるんじゃないかと思えたので、紘のような環境で生まれ育っていたらああいう人になっていたのかもしれないですね」
ーー今まで削ぎ落とすという役作りはされたことがなかったのでしょうか?
「役を演じるという意味では今まであまりしてこなかったですね。今回は削ぎ落とすことで自然と紘になっていったように思います。あとは土地や空気、場所にひっぱられたことも大きいです。本物の炭焼き釜を使わせて頂きましたし。僕だけじゃなく阪本組のスタッフ、キャスト全員があの土地の人になっていました。撮影期間中はずっと現場で過ごしているので自然と三重県伊勢志摩南伊勢町の人になっていくんです。不思議ですよね。場所に引っ張られたことで凄く助けられました」
ーー紘を演じてみて何か気付いたことはありましたか?
「僕は子供の頃からずっと東京で暮らして芸能界という世界にいて、もちろん仕事で日本全国色々な土地でファンの方に会う機会はありましたけど、その土地で暮らす人々の生活に触れることはなかったんです。でも、紘を演じたことでこれが“普通”なんだということに気付きました。わかってはいても自分がいる世界が改めて特殊なんだと実感したというか。僕は15歳の頃から何も変わってないんです。独身ですし一人暮らし歴30年になってしまって(笑)。ただ、環境が変わったこと、そして紘を演じてみて色んな人生があるんだなと考えるようになりました」
ーー稲垣さんは紘と世代が近いからこそ、彼の生き方や生活などを通して考えさせられたということもありますよね?
「そうですね。これまでは先のことを考えたりするタイプではなく、刹那的に生きてきたところがあったんですけど、これからはもっと健康に気をつけて、人生を豊かに生きていくことが大切なんじゃないかなと思うようになりました。若い時は色んな刺激があって楽しいし、体力も元気もあったけど、これからの50代60代で人生が充実してないと悲しいじゃないですか(笑)。残りの人生とちゃんと向き合って、しっかりと、そして楽しく生きていきたいと思っています」
ーー最後の質問になりますが、SCREEN ONLINE読者のために稲垣さんの最近オススメの映画を教えて頂きたいのですが。
「最近『ボヘミアン・ラプソディ』を映画館で観たんですけど、大ヒットする理由がよくわかったというか、今の時代に合ってますよね。劇場の音響設備もどんどん良くなっていて、音楽映画だと音の良さに驚かされるんです。その音の良さに惹かれて音楽映画を作りたくなる気持ちがなんとなくわかります。『ラ・ラ・ランド』も音楽が良かったし『アリー/スター誕生』もそうですよね。コンサートを観てるような気分になれるのもいいなと思います。それから、日本ではまだ公開前ですけど『グリーンブック』も良かったです。今年のアカデミー賞の作品賞にノミネートされた作品で、人種差別が残る1960年代のアメリカ南部を舞台に、黒人ジャズピアニストとイタリア系白人運転手の2人が旅をするというストーリーで実話の物語。ジャズピアニストのドン・シャーリーはもともとクラシックを弾いていたそうですが、僕が好きになるジャズピアニストはもともとクラシックを弾いていたり影響を受けた人が多いんです。ビル・エヴァンスもそうですね。ドン・シャーリーに関しては時代のせいでクラシックを諦めてジャズピアニストになったとも言えますけど。とにかくストーリーはもちろん、劇中で流れる音楽も凄く好きでした。きっと映画を観終わったらサントラも聴きたくなると思いますよ。男同士の友情を描いているので是非観て頂きたいです」
◆ヘアメイク:金田順子
◆スタイリスト:細見佳代(ZEN creative)
◆衣装クレジット:LAD MUSICIAN
(インタビュアー・文/奥村百恵)
『半世界』
2019年2月15日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国公開
脚本・監督:阪本順治
出演:稲垣吾郎、長谷川博己、池脇千鶴、渋川清彦、ほか
配給:キノフィルムズ
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