今作のプロモーションで来日したアン・リー監督のSCREEN ONLINE単独インタビューをお届けする。
アン・リー監督は4Kの高解像度かつ3Dで撮影するのみならず、通常の1秒24フレームではなく1秒120フレームで撮影を行った新技術「3D+ in HFR」を導入することで究極の没入感を可能にした。
また、最新技術を用いてウィル本人の演技をもとにフルCGで制作された、当時の本人としか思えない23歳のウィルVS現在のウィル・スミスのバトルも見どころとなっている。
プロモーションで来日したアン・リー監督に、今作の撮影秘話を語ってもらった。
今作の技術は役者の表情をかなり鮮明に、そして微細な変化も捉えています。
ーー3D映画を製作する際に一番気をつけてらっしゃるのはどんなところでしょうか?
「説明が長くなりますが大丈夫ですか?(笑)。まず、人間は左右の目に映る映像を脳内で合致させて、そして処理して理解していますが、カメラのレンズも人間の目と同じだとすると、映ったものをどう処理して理解するかということがひとつポイントになります。3Dの映像を観た観客の中でうまく処理できなかったり矛盾が生じてしまう人もいますが、それをなるべく避けるためには“これはリアルに起こりうることである”とか、“これはしかるべき現象である”と自然に思って頂かないといけません。そのためにはある程度の慣れが必要だと言えます。
例えば『グリーン・デスティニー』の場合は人間が宙を舞ったりしますが、僕やカンフーアクション映画を何本も観てきた人間にとっては慣れ親しんだ映像なのですぐに何が起きているのか理解できます。ところが、ああいったワイヤーアクションを見慣れてない人からしたら違和感を覚えたりするものなんです。『マトリックス』なんかもそうですね。なので、我々が色んな作品を作って提供することで、現実的ではない映像にも自然と没入して頂けるようにしていかないといけないと思っています」
ーーなるほど、2Dであっても3Dであっても、まずは劇中で起こった出来事を観客が違和感なく処理できるように色んな作品を作ることが大事ということですよね。
「そうですね。それから今作の技術に関するお話になりますが、人間の顔のクローズアップをどう捉えてどう表現していくかというところがポイントとなりました。というのも、10年ぐらい前に初めて3Dの映像を観た時に、人間の顔のクローズアップで“ウワっ! なんだこれは!”と思ったことがあって(笑)。実際の人間の表情を見ていますと、血色が変わったり目のちょっとした動きなんかでその人が心の中で思っていることがなんとなく伝わってきたりしますよね。隠していても自然と滲み出てしまうものです。そういうこともあって今作では3D+in HFRというデジタルフォーマットを使用したわけですが、役者の表情をかなり鮮明に、そして微細な変化も捉えているので、今後の3D技術の新たな領域を探求する通達点になったのではないか、そんな風に思います」
ーー3D作品というと派手なアクションやSFものなんかをつい想像してしまいますが、役者の表情を3Dの技術で微細な変化まで捉えるようにしたという話はとても興味深いです。
「確かに3D映画と聞くと“アクションのためのもの”と思ってらっしゃる方もいますよね。ですが僕の場合は3D技術というのはただのツールにすぎないんです。ですので、今後はミュージカルやロマンティックなドラマのようなものを3D映画として作るのもアリかもしれません(笑)。ただ、3D映画の映像というのは俯瞰ではなく主観で撮ることが多いので、そこを考えながら新しいことに挑戦しなければいけないなと思っています」
ーージェリー・ブラッカイマーさんが「監督が役者のところに言ってほんの二言三言ささやくと、演技がガラッと変わる」とおしゃっていたのですが、どんな言葉をささやいてらっしゃったのでしょうか?
「通常は“いまのテイクはこうだったよね”と見たことをそのまま伝えることが多いです。当然ながら役者はリハーサルの段階までにそのシーンに至るまでのキャラクターの背景や感情、行動を考えているので“どう演じるのがベストなのか”がわかっています。ですので、僕が現場で役者に対してフィードバックする時は禅僧と弟子がやり取りをしているような、まるで禅問答のような感じといいますか(笑)。もちろんその時々でかける言葉は変わりますし演出もしますが、自分の考えをむやみに言語化してしまうのは危険なんです。何故なら言語化したものをそのまま芝居に落とし込むのは難しいからです。そういうこともあって、なるべく完結で短い言葉をかけるようにしています。
僕のちょっとした言葉が役者の中で腑に落ちれば、次のテイクではこちらの狙い通りの芝居をみせてくれるので。ただ、先ほどお話しした今作の技術で撮ると、いくら上手い役者であっても“いかにも芝居をしている”ように見えてしまうデメリットもありました。ですので、ウィルをはじめ役者陣にはこれまでとは違うレベルの芝居をしてもらわないといけませんでした。僕はもともと役者志望だったので演技経験があるのですが、現場で役者が感じていることや考えていることが手にとるようにわかるんです。ですから、相手の心と自分の心をしっかりと通わせながら演出するようにしていました。心と心でコミュニケーションを取ること、それが一番大事だと思っています」
ーー最後の質問になりますが、監督が大きな影響を受けた映画を教えて頂けますか?
「イングマール・ベルイマン監督の『処女の泉』は19歳の時に観たのですが、映画が終わったあとしばらく椅子から立ち上がれなかったことを覚えています。それぐらい衝撃を受けましたね。その時に“映画監督というのはこういうことができるんだ”と思ったというか。神の存在の是非を問う作品ですが、“映画ってそんなことも表現できるんだ!”と、それまで以上に映画監督への憧れを強めた作品だと言えます。それから14歳の時に観たスタンリー・キューブリック監督の『2001年宇宙の旅』からも大きな影響を受けています。正直この映画が語ろうとしている哲学はよくわからなかったのですが(笑)、映像においては目眩がするような感覚を覚えましたし、今もテレビなどで放送されていると最後まで観てしまう作品です。“映画とはこういうものなんだ”ということを教えてくれた作品のうちのひとつです」
(インタビュアー・文/奥村百恵)
『ジェミニマン』
10月25日(金)より全国ロードショー
監督:アン・リー
製作:ジェリー・ブラッカイマー
出演:ウィル・スミス
メアリー・エリザベス・ウィンステッド
クライヴ・オーウェン
ベネディクト・ウォン
配給:東和ピクチャーズ
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