マリー・アントワネット(2006)
わずか14歳でオーストリアからフランス王朝に嫁いだマリー・アントワネット(キルステン・ダンスト)は、宮殿生活のストレスを高級シルクの衣装や甘いお菓子よって発散。青い帽子とパニエ(スカートの両端を針金で出っぱらせたドレス)は勿論シルクだし、手に持つ扇子までがデカダンそのもの。仮面舞踏会には黒のドレスに薄い黒のマスクが必須だ。マリーの部屋の片隅に無造作に置かれているコンバースはお遊びだけれど。
戦争と平和(1956)
過去に3度映画化されているトルストイの代表作だが、帝政ロシア末期の混乱を凛として生き続けるヒロイン、ナターシャの可憐さを、衣装が助けたという意味で、史上ベストはやはりオードリー・ヘプバーンの主演作。舞踏会でナターシャが着るバストの下で切り替わったドレス、当時流行したボンネットの帽子等々、映画の仕立てはほぼファッション・ムービー。バレリーナのように結い上げたヘアスタイルにナターシャの個性が表れている。
ビガイルド 欲望のめざめ(2017)
南北戦争時代。蝋燭の灯りだけを頼りに女子寄宿舎学校で暮らす女性たちの衣装は、薄暗くて見辛いがどれも細部に凝った逸品ばかり。例えばハイネックのブラウスにはこれでもかとばかりにたくさんボタンが付いていて、女優たちは脱着に苦労したとか。それは、アーリーアメリカン時代の衣装を研究し尽くした衣装デザイナー、ステイシー・バタットによるもの。そんな中、北軍兵士役のコリン・ファレルが着る軍服がアクセントになっている。
コレット(2018)
フランス文学界を代表する作家、ガブリエル・コレット(キーラ・ナイトレイ)が、まだ女性の地位が低かった時代をどう生き抜いたか?彼女の意思を表現するのがその衣装だ。ベルエポック花盛りのパリ社交界にデビューを飾る場面で、コルセットを拒否して着慣れたティアード・ドレスを選択したり、ジェンダーフリーの先覚者でもあった彼女はメンズスーツを着て堂々と街に繰り出す。まるで、今の時代を予見していたかのように。
女王陛下のお気に入り(2018)
18世紀イングランドの王室に、果たしてレザーやデニムが存在したか?勿論、答えはノーである。しかし、衣装デザイナーのサンディー・パウエルは、あえて時代錯誤な素材で斬新な衣装を制作。そうすることで、まるで男女が逆転したような密室の陰謀劇を現代に蘇らせている。黒か白、たまにモノトーンで統一された女性たちの衣装とは対照的に、ニコラス・ホールト扮する政治家(写真下)は18センチヒールに白塗り、カツラ、レースの服なのが痛烈だ。
メアリーの総て(2017)
19世紀イギリスのモードカルチャーを克明に再現するのではなく、そこに現代に通じるアレンジを施すのはクラシカル映画の極意でもある。本作でも、メアリー(エル・ファニング)が被るボンネットに付いたリボンとブラウスのフリルのベストマッチ、妊娠中のメアリーが着るハイウエストのドレスの胸元を飾る、やはりフリルのアクセサリー等々、今の女の子たちが真似したくなるアイテムがふんだんに登場する。そこが見せ場。
アンナ・カレーニナ(2012)
1870年代のロシア貴族の衣装を原作に忠実に再現しても決して映画的ではないと考えた監督のジョー・ライトは、より洗練された衣装をジャクリーン・デュランにオーダー。その最たる物は、舞踏会に出向くアンナ(キーラ・ナイトレイ)が纏う、どんな色よりも豪華な黒のイブニング。そのために、デュランは周囲のゲストが着る服を25色のパステルカラーで統一して、アンナの黒を際立たせる作戦に出た。ジュエリーは全部シャネルが提供。
ピアノ・レッスン(1993)
エイダ(ホリー・ハンター)は娘のフローラを伴い、ピアノと共にニュージーランドの海辺に降り立った時、黒いボンネットを被り黒いドレスを着ている。周囲には塩を孕んだ海風が吹き荒れているというのに。しかし、マオリに同化して生きるヘインズとの交換条件で、森の一軒家で秘密のピアノ・レッスンをする過程で、エイダはドレスを脱ぎ、クリノリンが露わになる。2人の関係が深まるのに比例して詳にされる19世紀モードの内側に注目。
レ・ミゼラブル(2012)
19世紀初頭のフランスを生き抜く男女の心情を、衣装デザイナーのパコ・デルガドは各々色で区別している。囚人のジャン・バルジャン(ヒュー・ジャックマン)が着るボロボロのシャツは怒りと忍耐の赤、ファンテーヌ(アン・ハサウェイ)の作業服は聖母マリアを思わせる青、裕福な家に生まれながら革命に身を投じるマリウス(エディ・レッドメイン)は、内面の葛藤を写したようなくすんだ色のオーバーコートを着ている、という風に。