7時間を超える大長編『サタンタンゴ』(94)などの作品で日本にも多くのファンを持つハンガリー映画界の名匠タル・ベーラ。『ニーチェの馬』(11)を最後に56歳の若さで映画監督から引退した彼の2000年の傑作『ヴェルクマイスター・ハーモニー』が4Kレストア版で2024年2月24日より再公開される。これを機に来日中だった監督がインタビューに応えてくれた。
(インタビュアー/米崎明宏)

『サタンタンゴ』の時に酷い目に遭ったので今回の4K化は自分ですべて指揮を下したんだ

 今回は福島で行われたワークショップのために5年ぶりに来日したタル・ベーラ監督。ちょうど『ヴェルクマイスター・ハーモニー 4Kレストア版』が公開される直前ということで、本作のためにインタビューの時間を作ってくれた

──約四半世紀前に製作された『ヴェルクマイスター・ハーモニー』ですが、今回の4K化にあたってはどのように作業に関わりましたか。
「今回はラボに缶詰め状態で入り浸り、すべて自分で指示を出したんだよ。というのも、前に「サタンタンゴ」の4Kレストア版をアメリカのスタジオで行った時、酷い目にあってね。この映画では雨が重要な意味を持っていたんだが、あちらのスタッフが何を間違ったのか、雨をフィルムに入った傷と勘違いして、全部消してしまったんだ! だから今度はそのようなことがないように全部自分でコントロールしたんだ。私の見たところ4K版はオリジナルの95%くらいの品質を保っていると思う。というのもやはりデジタルは35ミリに比べるとどうしても何か物足りないと個人的に感じてしまうんだ」

画像: 『サタンタンゴ』の時に酷い目に遭ったので今回の4K化は自分ですべて指揮を下したんだ

──改めて本作は現世界のアレゴリーにも見えますが、ソビエト崩壊の10年後のハンガリー(製作時)の姿を描いたということなのでしょうか。
「これはハンガリーだけに限ったことではなく、ある種のフェアリーテイルのつもりで作ったんだ。まさかそれが現実になって来るとはね。最初はここに出てくる宇宙とのつながりを持ったイノセントな主人公のこと、または終わりの見えない状況というものを見せたいというつもりだった。世界がまさにこのような厳しい事態になるなんて思っていなかったよ」

──映画ではいつの時代の話と設定されていませんが、いつ頃をイメージしているのでしょうか。
「設定はタイムレスなんだ。映画全体を見ると分かるように、時代を特定できるような車だの小道具のようなものは一切登場しない。我々が興味があるのは“永遠なる状況”といったもので、それには時代は関係ないからね」

──主人公の青年ヤーノシュと彼が世話をしている音楽家エステルは、対照的な存在ですがどこか親密で温かみを感じさせますね。この関係にどんな思いを込めているのでしょう。
「彼らの関係に親密さを感じるのは、人間だからといえる。人は一人では生きていけないし、常に誰かと寄り添っていたい、寄り添ってほしいと思うもの。誰かの元に一緒にいたい、助けたいと思い、そうすることで我々の人生は完璧なものになるのではないかと思う」

ブダペストに置てきてしまったんだけど、今読んでいる本は……

──あなたの他の作品でもそうであるように、長回しのシーンの絵作りは完璧で、おそらくワンシーンを撮影するのは大変な作業ではないかと思います。リハーサルとかはどうしていますか。テイクはどのくらいになるのでしょうか。
「この作品はたしか39カット(実際は37カット)で構成したんだったかな。そんなに多い方ではないと思う。映画を製作するときはまずは自分の頭の中で構成を考える。その後、撮影現場やロケ地に行って一人で座りながらプランを練る。それからカメラのリハーサルを行うが、その時点で俳優たちは入れないんだ。当然自分としては自然発生的なものや俳優たちの存在感を必要としているんだけれど、リハーサルさせてしまうと本番の時に機械的になったり、何かが失われてしまうので、それを避けるためなんだ。カメラの準備ができてから俳優に入ってもらい撮影を開始する。テイクは2,3回の時もあるけれど、それ以上の方が多いね。撮影中に俳優が感じているべきことを感じていなかったり、カメラの動きを少し簡易化するべきと気づいたりするのでね」

画像1: ブダペストに置てきてしまったんだけど、今読んでいる本は……

──あなたの作品では、後ろ姿の人物を中心に置くというスタイルが多いと思いますが、これはあなたが確立したといえるスタイルかもしれません。最初はどういう意図でこの構図、描写方法を思い付いたのでしょう。
「スタイルという言葉はあまり好きではないんだが、いわばフィーリングというのかな。当時、こういう撮り方をするものがないと感じたのでやってみたんだ。今の映画は時間と空間を無視しがちと思う。我々の人生はその時空の中で起きていることなのに。自分としては時間というものを観客に見せ、感じてもらうことが重要。時間との距離を感じてもらうための‟フィーリング”から来ているものだろう。何かを見たり誰かと会った時に得たフィーリングを分かち合いたいと思ったところから自分の作業が始まる。もちろん映画によって違うと思うけれど、前に前にと進んでいく中で新たな問いが生まれ、前にあった答えが合わなくなっていく。するとまた考えなくてはいけなくなり、少しずつ映画が見えてくる。人々の生活様式も刻々と変化してそれを止めることはできない。良し悪しの判断でなくただその変化を分かち合うだけで、描き方はその手段なんだ」

──あっという間にタイムアップですが最後に。『ヴェルクマイスター・ハーモニー』には音楽や天文学、哲学など様々な要素が込められた内容になっていますが、あなたは日頃どんな本を読んでいるのですか?
「今読んでいるのは、ブダペストに置いてきてしまったんだけど、ボブ・ディランが彼自身の曲や他の人の曲についてコメントしたものを集めた本だ。彼がどんなものを見て何かを感じたり、どんなものを好むのかが書いてあって、とても面白いよ」

画像2: ブダペストに置てきてしまったんだけど、今読んでいる本は……

『ヴェルクマイスター・ハーモニー 4Kレストア版』
2024年2月24日(土)シアター・イメージフォーラムにてロードショー、全国順次公開
監督・脚本:タル・ベーラ
出演:ラルス・ルドルフ、ペータ―・フィッツ、ハンナ・シグラ
 ハンガリーの田舎町。天文学に興味を持つ郵便配達のヤーノシュは、仕事と家の往復の毎日を送っていた。日課の中には老音楽家エステルの世話をすることも入っている。そんなある日、ヤーノシュは町の広場にやってきた見世物「世界一巨大なクジラ」に魅了される。しかしそんなヤーノシュをよそに街中の何かが歪み始めていた……。
2000年製作/ハンガリー、ドイツ、フランス/配給ビターズ・エンド

© Göess Film, Von Vietinghoff Filmproduktion, 13 Production

This article is a sponsored article by
''.