最新インタビューを通して編集部が特に注目するキーパーソンに光をあてる“今月の顔”。今回は、1月15日に78歳で死去した鬼才デヴィッド・リンチ監督の業績を、特別追悼版としてお送りします。(文・米崎明宏/デジタル編集・スクリーン編集部)
カバー画像:Photo by Mark Mainz/Getty Images for AFI

『エレファント・マン』が大ヒットしていきなり注目の監督に

日本でデヴィッド・リンチ監督が初めて注目されたのは『エレファント・マン』(80)が大ヒットした時だろう。遺伝的疾患により身体が極度に変形してしまった青年が19世紀ロンドンの見世物小屋に立たされ、その後数奇な運命をたどる物語で、日本では感動作として公開され、公開された81年の洋画で年間興行成績第1位を獲得。アカデミー賞作品賞、監督賞にもノミネートされ、一躍リンチは期待の新人監督になったが、やはり本作にも従来のリンチらしい映像感覚は散見された。「感動作だが、どこか異質」と思われていたのも確かだ。それが明らかになったのが、『エレファント・マン』のヒットによって、引き続き処女作『イレイザーヘッド』(76)が遅れて日本公開された時だった。いわばグロテスクな世界観にリンチの本質のようなものが見いだされ、ここに魅了されたファンも少なくなかった。

画像: 最初の大ヒット作『エレファント・マン』 Photo by Stanley Bielecki Movie Collection/Getty Images

最初の大ヒット作『エレファント・マン』
Photo by Stanley Bielecki Movie Collection/Getty Images

そんなリンチの少年時代は、どちらかというと健康的な環境だったように見えるのは、ドキュメンタリー『デヴィッド・リンチ:アートライフ』(16)に挿入された過去のホームムービーで感じ取れる。米モンタナ州に生まれ、ノースカロライナ、アイダホ、ヴァージニアなどを転々として育ったリンチはやがて画家を目指し、友人ジャック・フィスク(後にプロダクションデザイナーとしてリンチ作品などを担当。『ストレイト・ストーリー』出演のシシー・スペイセクの夫でもある)と一緒に絵画勉強の留学をするつもりだったが、すぐに帰国してペンシルベニア芸術科学アカデミーで、2人して絵の他に自主映画製作も行うように。ここから映画への興味が深まり、数年をかけて『イレイザーヘッド』が誕生した。これがアンダーグラウンド上映で人気を集め、『エレファント・マン』に繋がった。

画像: リンチ・ワールドが炸裂した『ブルーベルベット』 Photo by De Laurentiis Entertainment Group/Sunset Boulevard/Corbis via Getty Images

リンチ・ワールドが炸裂した『ブルーベルベット』
Photo by De Laurentiis Entertainment Group/Sunset Boulevard/Corbis via Getty Images

まず成功を収めたリンチだが、次のSF超大作『砂の惑星』(84)では最終編集権を持っていなかったため、大幅にカットされたバージョンが公開され、興行面でも批評面でも満足のいく結果を得られなかった。これに学んで次の『ブルーベルベット』(86)では思い通りの映画が作れるよう最終編集の権利を獲得し、再びオスカー候補になる。いよいよここからリンチ独自の世界観が発揮されるようになる。

一大ブームを呼んだ「ツイン・ピークス」で不動の地位を確立

『砂の惑星』に続きカイル・マクラクランを主人公に迎え、田舎町を舞台にどこか「ツイン・ピークス」の世界の始まりにも想えるようなこの作品で、リンチは再度アカデミー賞監督賞候補にも挙がった。ここが原点となったかのように、リンチはテレビの世界にも足を踏み入れ、89年からあの大ヒット・シリーズ「ツイン・ピークス」を開始した(放送は90〜91年)。架空の街ツイン・ピークスで起きた殺人事件の謎がさらに謎を呼ぶ展開は、当時レンタルビデオが流行っていたこともあってか、若いファンを中心に大ヒット。マニアが撮影現地までツアーを組んで出かける人気ぶりで、テレビ版終了後、映画版『ツイン・ピークス/ローラ・パーマー最期の7日間』(92)も製作された。

画像: マニア的な内容で多くのファンを獲得した「ツイン・ピークス」 Photo by ABC Photo Archives/Disney General Entertainment Content via Getty Images

マニア的な内容で多くのファンを獲得した「ツイン・ピークス」
Photo by ABC Photo Archives/Disney General Entertainment Content via Getty Images

「ツイン・ピークス」と時を同じくしてニコラス・ケイジとローラ・ダーンを主演にした新作映画『ワイルド・アット・ハート』(90)がカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞と、名実ともに成功を得たリンチ。97年にはさらに自身の摩訶不思議な世界に埋没していくような『ロスト・ハイウェイ』を発表。99年には実話を基にこれまでと異なるタイプの『ストレイト・ストーリー』を贈りだし絶賛された。そして01年には自身が傾倒する往年のハリウッド・ノワール物にオマージュを捧げたような『マルホランド・ドライブ』でカンヌ国際映画祭監督賞他を受賞。唯一無二のリンチ・ワールドを確立した。長編映画はこれに続く『インランド・エンパイア』(06)が最終作となっている。17年にオリジナルから25年後の物語を描く「ツイン・ピークス」(リミテッド・イベント・シリーズと呼ばれる)を発表し、これが最後のビッグ・プロジェクトとなった。

画像: カンヌ国際映画祭最高賞受賞の『ワイルド・アット・ハート』 Photo by Sunset Boulevard/Corbis via Getty Images

カンヌ国際映画祭最高賞受賞の『ワイルド・アット・ハート』
Photo by Sunset Boulevard/Corbis via Getty Images

俳優として活躍することもあったリンチは、「ツイン・ピークス」などにも出演して人気を呼び、近年ではスティーヴン・スピルバーグ監督の『フェイブルマンズ』(22)で主人公の少年がスタジオで出会う名匠ジョン・フォードを演じていたことが思い起こされる。他にもミュージック・ビデオ、アニメーションなどを監督するなど、アーティストとして様々な才能を発揮したリンチは2020年にアカデミー賞名誉賞を受けた。そんな彼は子供のころから喫煙していたというヘビースモーカーで、肺気腫を患い健康をかなり害していた面もあった。2025年1月15日にロサンゼルスで78年の生涯を終えた。

INFORMATION

リンチ監督の追悼上映として『ロスト・ハイウェイ』『イレイザーヘッド』『ツイン・ピークス ローラ・パーマー最期の7日間』(いずれも4K版)が3月21日より角川シネマ有楽町にて上映決定。配給はKADOKAWA。

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