時代を超えて確かな「声」が浮かび上がってくる珠玉の三つの物語
創成期以来、白人中心の映画業界、ハリウッドのなかで、せまい固定観念や侮辱的なステレオタイプへ反発、人権の向上のためにたたかい続けてきたアフリカ系アメリカ人の映画監督たち。スパイク・リーや昨今ではジョーダン・ピール、バリー・ジェンキンスなどの活躍もみられるものの、残念ながら映画史のなかで正当に評価、紹介されることのなかった「黒人映画」は多い。
この度、題して「アメリカ黒人映画傑作選」で特集するのは画一的な<黒人映画>のイメージを打ち破るような、市井の人々の営み、女性たちの眼差しや活き活きとした姿をとらえた、注目されるべき驚嘆の才能をもつ監督たちの知られざる三作品だ。

一つ目は女性監督、キャスリーン・コリンズによる『ここではないどこかで』。あるひと夏を過ごすひとりの女性の心の揺れ動きをビビッドな映像美でとらえた本作は、まるでエリック・ロメール監督作品のようなみずみずしさと軽やかさに溢れた映画ながら製作当時はいくつかの特別上映のみで公開されることはなかった。しかし、46歳で亡くなったコリンズ監督の死から約30年の時を経た2014年、リンカーン・センター映画協会でおこなわれた「ブラック・インディペンデント・ムービー」特集のオープニングに選ばれ、「当時に広く上映されていたら、映画史に名を残しただろう」(映画評論家リチャード・ブロディ)と絶賛、世界中で上映されることになった、今まさに評価の機運が高まっているまぎれもない傑作だ。
二つ目は、チャールズ・バーネットらとともに新しい黒人映画を模索したインディペンデント映画監督たち、通称「L.A.リヴェリオン」の重要人物のひとりであるビリー・ウッドベリーによる『小さな心に祝福を』。失業した男とその家族の経済的な困難といった厳しい問題をあつかいながらも、ユーモアのあるあたたかな眼差しと全編にわたって奏でられる哀切なサックスが魅力的だ。またワンカットによる約10分間の夫婦喧嘩のシーンは映画史に残ると言っても過言ではないほど衝撃的。
三つ目はアフリカ系アメリカ人の女性監督の作品として初めて劇場公開され、2019年にイギリスBBCによる「女性監督による史上最高の映画」10位、2022年にSight & Sound誌の「史上最高の映画ベスト100」60位に選出された名作、ジュリー・ダッシュ監督の『海から来た娘たち』。奴隷解放後、20世紀初頭の大西洋沖の島を舞台に、異なる世代の女性たちが物語る歴史と抵抗の声とを詩情豊かに描きあげた作品で、その映像美と精神性はビヨンセのアルバム「レモネード」に影響を与えたことでも話題となった。
【斉藤綾子さん(明治学院大学教授)のコメント】
「沈黙が破られるとき」
これは大事件だ!待ちに待った珠玉の黒人監督のフィルムが公開される。
1980年代から90年代初頭に台頭した黒人インディ映画はスパイク・リーだけではない。
キャスリーン・コリンズ、ビリー・ウッドベリー、ジュリー・ダッシュ。
彼らは、わたしたちが今まで目にしたことのなかった黒人女性たちの現実、愛や戸惑い、怒りや傷、歴史やファンタジーを三者三様の作風による独自の魅力に溢れた映像世界で展開する。
LAリベリオンとして知られるチャールズ・バーネットが脚本とカメラを担当したウッドベリーの映像は、例えばジョン・カサヴェテスに近い。
フランスに留学していたコリンズは自己言及的な語りや演出、またカメラの使い方にヌーヴェル・ヴァーグの影響が見られる。
そして、ダッシュはアフリカ系のルーツを模索し、黒人文化や歴史の美学と詩的な語り映像化を試みる。
1980年代初頭のニューヨーク州、1970年代のLA南部ワッツ地区、1902年のアメリカ南部シー諸島を舞台に、堅物の哲学教授がカメラの前で踊るとき、苦しい暮らしの中で妻が失業中の夫に本音で怒りをぶつけるとき、一族の娘が奴隷制の負の歴史ではなく未来を見てと叫ぶとき、沈黙を破る女たちの力強い姿を捉えるカメラのエンパワーメントと映像の真正さにわたしたちは圧倒され、新たな映画に出会えた喜びを味わうのだ。
作品概要
『ここではないどこかで』 Losing Ground
監督・脚本:キャスリーン・コリンズ 出演:セレット・スコット、ビル・ガン
1982年 / カラー /アメリカ /86分
©1982 Kathleen Collins, Courtesyof Milestone Films and the Kathleen Collins Estate

大学で哲学を教えるサラは、画家の夫ヴィクターとニューヨークに住んでいる。夏の間、リゾート地で創作活動に専念したいと言い出すヴィクターに対し、論文執筆のため街に残りたいサラだったが渋々付き合うことに。しかしヴィクターは現地の女性にちょっかいを出し、サラは腹いせに教え子から頼まれていた自主映画への出演を決めてしまう。アフリカ系女性監督による最初期の長編映画。正式公開には至らず、製作から6年後に監督のキャスリーン・コリンズは逝去。2015年に修復され上映を果たし、映画評論家のリチャード・ブロディが「ニューヨーカー」誌で「この映画が当時広く公開されていたら、映画史に名を刻んでいただろう」と評するなど絶賛された。エリック・ロメールを思わせるような軽妙かつ洗練された語り口で、男女の機微を活き活きと描く。
『小さな心に祝福を』 Bless Their Little Hearts
監督:ビリー・ウッドベリー 出演:ネイト・ハードマン、ケイシー・ムーア
1984年 /モノクロ / アメリカ / 80分
©1983 Billy Woodberry, Courtesy of Milestone Films and Billy Woodberry

ロサンゼルスのワッツ地区で暮らす失業者チャーリーは3人の幼い子を養うため、職探しの毎日。日雇いの仕事にありつければまだマシな方、なかなか金を稼ぐ手立てが見つからない。妻のアンダイスは夫の不甲斐なさに半ば諦め顔、家計のやりくりに苦心しながら家事に忙殺されストレスがたまる一方。そんな中、チャーリーの浮気が発覚、ついにアンダイスの怒りが爆発する。貧困地帯を舞台に、黒人家族の過酷な日常を抑制の効いたモノクロ映像で丹念に追う。監督は〈L.A.リベリオン〉※の中心人物の一人、ビリー・ウッドベリー。脚本と撮影を“最も偉大な黒人監督”と評されるチャールズ・バーネットが手掛けている。Rotten Tomatoesで100%の支持率を獲得。10分近く長回しで捉えたキッチンでの夫婦喧嘩は壮絶の一言。
『海から来た娘たち』 Daughters of the Dust
監督・脚本:ジュリー・ダッシュ 出演:コーラ・リー・デイ、バーバラ・O・ジョーンズ
1991年/カラー/アメリカ/112分
Images Courtesy of Park Circus/The Cohen Film Collection

1902年、アメリカ大西洋沖シー諸島のある島。長年住んだ故郷を離れ、北への移住を決めたぺザント一族だったが、長老のナナは亡き夫が眠るこの地に残ると言い張る。それぞれの思惑が交錯する中、いよいよ島を出る時が来た。これから生まれてくる子供のモノローグで綴られる、ガラ族の女系家族の物語。虐げられても失わなかった高貴な魂と誇りを、詩的な映像美で高らかに謳いあげる。黒人女性監督による初めて公開された長編映画で、2016年にリリースされたビヨンセのアルバム『レモネード』が本作に多大な影響を受けていることから注目が集まり、2022年にはサイト&サウンド誌「史上最高の映画ベスト100」の60位に選出されるなど、今も語り継がれる名作。1991年のサンダンス映画祭で撮影賞を受賞。
提供:マーメイドフィルム 配給:コピアポア・フィルム