審査員となって、ショート・フィルムと向き合った岩井俊二監督
今年で27年目を迎えた、ショートショートフィルムフェスティバル&アジア2025。1999年の第1回映画祭で、ジョージ・ルーカス監督の学生時代の短編映画6本を上映したことからルーカス監督の支持を得て、2018年の20周年を記念して、「ジョージ・ルーカス アワード」が設けられ、グランプリの冠名となった。2004年には、米国アカデミー賞公認の映画祭になる。
今年は4月24日~6月30日からオンライン会場で、5月29日~6月10日には東京でリアル上映が行われ、オープニングセレモニーは5月28日にTAKANAWA GATEWAY CITYで開催された。世界から集まった、4573本のショートフィルムの中から選ばれた、252作品が上映されたという。
短編映画の制作は、長編映画の監督をめざすための足がかりになることも多く、この映画祭がそのきっかけづくりになる可能性もあり、注目され続けている。この映画祭の「ライブアクション」部門の「アジアインターナショナル&ジャパン」部門審査員の一人なった岩井俊二監督。オープニング・セレモニーの際にインタビューすることが出来た。映画と映画祭の力についてうかがってみた。
多才ぶりを発揮し続ける、岩井監督の回顧上映がパリで開催
岩井俊二監督は、ドラマやミュージックビデオ等、多方面の映像世界で活動の後、1995年『Love Letter』で長編映画監督デビュー。その後『スワロウテイル』(1996)『四月物語』(1998『リリイ・シュシュのすべて』(2001『花とアリス』(2004)『ヴァンパイア』(2012)『ラストレター』(2020)など、独自の世界観や美意識溢れる作品で、常に注目を集め続けている。

岩井俊二監督
東日本大震災の復興支援ソング「花は咲く」の作詞を手がけ、『花とアリス殺人事件』では長編アニメ作品に挑戦、2023年には自身の小説を原作とした音楽を活かした『キリエのうた』を公開するなど、その多才ぶりは国内外で高く評価されている。今年の4月には、公開30周年を記念して、『Love Letter』 の4Kリマスター版を公開した。
——私事から始まって恐れ入りますが、私が共同製作者となって『サム・サフィ』(1992 )というフランス映画を作った時、その映画のヴィルジニ・テブネ監督に、岩井俊二監督の『リリイ・シュシュのすべて』をお見せしたところ、当時は35ミリで撮る時代で、デジタルで撮影することを懸念していた彼女が、「デジタルで撮ってもこれほど美しい映画が作れるのか」と感激して納得。そのことを、今も記憶しております。
そうなんですか。7月には、フランスのパリで私のレトロスぺクティブが行われますよ。
カメラの小型化によって、映画づくりはどこまで広がるか
——それは素晴らしいですね。そのフランスでは、ちょうど、今年のカンヌ国際映画祭でイランのジャファール・パナヒ監督の最新作『シンプル・アクシデント(原題・Un Simple Accident)』(2025)が、最高賞のパルム・ドールを獲得したとニュースで報じられました。これでパナヒ監督はベネチア、ベルリンとカンヌで最高賞を獲得したことなります。これまでパナヒ監督は何回も投獄されたりして、それでも自分の国のことや自分の主張やメッセージを映画にして、映画祭から自分の想いを世界中に伝えて来ました。映画祭はそういうメッセージを伝えることが出来る場だとしての役割があると思います。自分のメッセージを映画で世の中に伝える時にも、短編だったら長編よりも容易く出来るのではないか、などと私などは思ってしまいますが……。そういう意味からも、短編映画の映画祭は重要で意味があると思います。今回、岩井監督は審査員をなさいましたが、短編映画についてはいかが思われますか?
以前なら、長編の劇場映画に比べたら、短編はどのように広めて行ったらいいのかと思われていた時代もありましたね。でも、今ではスマホ1台で映画も観れるし、作ることもできる。
映画界がステージアップするためには、アマチュアでは使えないようなカメラで、大人数で作ることが映画を作るということだったのですが、それではなかなか映画を作るところにたどり着けるまでが長くかかるし、作る人もなかなか増えませんね。小さいカメラで作れることによって、映画がどう発展していくかは、予測できないほどですよね。
——そういう時にも、今のお話のように技術的なことで言っても、短い映画だったら、自分の思うことを発信するのに短編はいいですよね。そういう時に映画祭という場があることはとても良いですね。
そうですね。
短編と長編は似て非なるもの。短編で長編の準備を進める
——映画を世に出すということを目指す時には、名高い監督たち、例えばフランスだったら、ジャン゠リュック・ゴダール、フランソワ・トリュフォー、リュック・ベッソン監督などがまずは短編から、という道を歩み成功しています。カンヌ国際映画祭の監督週間でも短編の発表の場がありますし。岩井監督は、短編作品はお作りになったんですか?
ええ、自分は大学には6年もいまして(笑)、教育学部の美術科を専攻していて映画研究会にいたんです。活発な会ではなくて、実際に映画作っているのは僕ぐらいしかいなくて。
最初は5分くらいから始まって、10分、20分、30分、40分、50分と作っていき、最後は1時間半くらいの作品を作りましたね。
それからプロになってミュージック・ビデオの世界に入り、3分とか4分の映像作っているうちに、TVの仕事の依頼が来るようになりました。当時は深夜ドラマが盛んな時代で、30分くらいのサイズのドラマを10本くらい作りました。そんな下地がありつつ、『Love Letter』という劇場映画の一作目を作ったわけですね。
まあ、長編の劇場映画を作ることは、そういった準備は重要かなと思います。
——なるほど。
短編と長編は似て非なるものだと思います。短距離走とマラソンのような違いがあるものだと。長編は思っていた以上に大変だということは、学生の頃に作った1時間半の映画で体験していましたから、それが『Love Letter』ではとても役に立ちました。
短編からすぐ、長編にというのはイメージしにくいと思います。ただ、短い作品を作ることは映画づくりを研究するうえでは、技術面では役に立ちますね。
——では、岩井監督は短編を映画祭に出品するということはなかったんですね。
ドラマがエントリーされたことは結構あったんですが、今回の映画祭のような場はなかったですからね。
一番のお気に入り作品は、スペシャル・メンションに
——そういう意味でも、このショートフィルムの映画祭があるということは、映画づくりをめざす方々には幸せなことだと言えますね。そして監督は、今回、公募された多くの短編映画から最終的に絞り込まれた21作品をご覧になって、優秀作品を決定されました。応募作品の全体を観て、今の時代性を感じられたとか、技術面も含め、感じとれたこととはどんなことだったのでしょう。監督が地道に積み上げて行かれたようなプロセスとは違った作られ方で生まれた作品もあるでしょうから、それらに対しても、どの様な印象を持たれたのでしょうか。
いやもう、ここまで選ばれてきている作品だと、観たところはアマチュアのものではないですね。編集も映像もライティングも。不安定な作品には出会わなかったというくらいに、クオリティは高いです。
——そうですか、素晴らしいですね。今回は、岩井監督と俳優の神保悟志さん、カリフォルニア大学映画祭、配給&タレント開発部門のシニア・ディレクターで、インディーズ映画プロデューサーでもあるサンドリーヌ・フォーシェ・キャシディさんの3人の審査員で選んで、優秀賞をお決めになりましたね。
その中でどれが最終的に一番になるかというと、3人の選んだ作品が、「嘘だろう!?」というくらいに違っていて(笑)。

——それは大変でしたね。
僕が一番好きだった作品は全員としては、2番でしたね。ですから3人のうち2人がいいというものを集計していき、(アジアインターナショナル 優秀賞に『燃夜』を、最終的には、3人一致となったのが、ジャパン 優秀賞・東京都知事賞の『逆さまの天才』に)決定したんです。

『燃夜』

『逆さまの天才』
さらに、二つの賞にはそれぞれの審査員のスペシャル・メンションの枠を設けてもらって、2作品づつ選び、僕が一番気に入った作品『ABYSS』(今年新設された「ホラー&サスペンス」部門の最震賞獲得)は、ジャパン 優秀賞・東京都知事賞のスペシャル・メンションに入れました。今まで審査員としての経験からいったら初めてのやり方でしたね。

『ABYSS』
ただ、これまで審査員をした時も、自分のイチオシは一番になることがなくってね……。だから、今回もまたそうなったなと。
——ショートフィルムの映画祭の審査員は、今回が初めてなんですか?
いや、札幌で2回ほどやっています。今回の映画祭は、前々からずっと頼まれていましたがタイミングが合わなくて。やっと今回顔出せたって感じですね。
短編の映画祭との向き合い方、映画づくりの進め方
——この映画祭では、岩井監督には審査員を毎年やっていただきたいものです。ぜひ監督にうかがいたかったのは、今回の応募の作品はプロ並みのものが多かったとのことですが、とは言え、長編作品の映画祭ですとすでに映画監督として実績をお持ちになっている方々が競うということは多いと思うんです、で、そういう方々が落選しても、次があるって受けとめることができるんじゃないかなと思うんです。でも、短編の場合、そこまでに行く前のプロセスを踏んでの応募という方々が多いでしょうから、そこで落選となって落胆して、長編の映画づくりを断念するなんてこともあるのではないかとも思えてしまうのです。選ばれなかった方々に、岩井監督だったら、どんなアドバイスをなさいますか?
そうですね。まず、僕自身、賞なんかもらったことないんですよ。例えば学生の時だって、「ぴあフィルムフェスティバル」でも入選したこともないです。落ちて挫けたこともないし。
自分を信じて、自分の良いと思えるものを作り続けていけばいいですね。賞というのは、言わば「宝くじ」のようなもの。「何が自分は間違っていたのか」なんて考えるのではなくて、自分のやったことを信じることですね。

——受賞は、宝くじですね。
どうしても、賞っていうと、審査しやすいものが通りやすい。
——えー、そうなんですか。賞を獲りやすいものを作るって、なんだか嫌ですねー(笑)。
ていうか、それはどういうことかというと、選ぶ時には映像が良かったとか、アイデアがユニークだったとか、あんまり見たことがないとか……、そういう点を拾おうとしますよね、審査する側は。
だけど、この映画祭に応募する側の出生って多岐にわたっていて、応募の理由も違っているんです。広告的な理由で作られていることもあれば、仲間同士で懸命にお金を集めて作られていることもあるし、親が金持ちだったりして作れたりとか(笑)、まあ、バラバラの出生なんですよ。
それをいっしょくたにして論じるのも難しい話なんです。だから、この映画祭については、まず作ることを楽しむってことです。
自分で自分の作品を採点して、ブレないこと
——良いお話しですね。
僕の周りの人たちも、賞獲った人でそのことに振り回されて映画を作れなくなっていったってこともありますし。それほどのことでもなかったのに、あなたは素晴らしかったと評価されて、そのことで別人になるような人もいるんですよ。僕は、昨日の僕じゃないから、なんていう風になって……。
——まさしく、宝くじで人生が変わってしまうという話はよく聞きますね。それと、受賞で同じことが起きやすいんですか。
自分を見失っているんですよ。自分の作品は、自分で採点して下さい。周囲から馬鹿にされても、自分は70点だと思ったら、それでいいんです。そこで、賞もらってもそれを80点に上げちゃダメです。で、そうやって次に進めて行けば、(自分にも)振り回されずに自分のキャリアを順調に積んでいけるでしょうし。
——良いお言葉です。
作品作りって、言わば同時に「研究」でもある。映画の取り組みのための研究でもあるって言いますか、出来上った作品の出来ばえを、とやかく言っている場合じゃないんですよね。映画を作っていたら、自分の中で上手く行ったことと、失敗したことを明確にわかっていて、次の課題もわかっていて、新しい素材にとり組んだりということで精いっぱいのはずなんです。
そういう時の副産物として賞というものがあるわけですが、まずは自分の研究課題にしっかり取り組んでもらいたいなと思いますね。それさえやって行けば、気づいた時には、(自分の思うようなものが)何とか作れているんじゃないかなと。
もちろん、その間にコマーシャル的な仕事をしたとしても、自分の中の研究は、もちろん続くので。
——映画づくりは、自分の研究。そしてそれを続けることですね。
「探究」かな。「冒険」というか。それをするために余計なことを考えている時間はない。あっという間に時は過ぎて行きますから。未知なるものとしての映画はあり続ける。だから、作ることを続ける、そこが楽しいんです。楽しくなくなっちゃったら、もったいない。ぜひ、映画は楽しんで作ってもらいたいものです。
——最後に、監督が一番気に入った作品、『ABYSS』には、どんな想いを寄せられたのでしょう。
圧倒されて、勉強になりましたね。でも、他の審査員の方にはピンと来なかったみたいです(笑)。だから、映画は面白いんですけどね。
——ありがとうございました。
(インタビューを終えて)『四月物語』、4Kリマスター版『スワロウテイル』が東京国際映画祭2025で上映され、今また輝きを増す
限られた時間の中で、明晰なアドバイスとメッセージを残してくださった岩井俊二監督。ご自身の一番のお気に入りの作品が、最高賞にならなかったことを「面白い」と受けとめる姿勢もまた、少年のような探究心に満ち溢れた映画への取り組みの所作であったように感じられ痛快だった。
折しも、東京国際映画祭2025の「日本映画クラシックス」部門では、岩井監督の『四月物語』と『スワロウテイル』4kデジタルリマスター版が、11月2日(日)に日比谷のTOHOシネマズ・シャンテで上映される。監督も登壇される予定だ。見逃せない。
時が経つほど輝き続ける岩井監督のこれらの作品にも、このインタビューでうかがえた、監督が真摯に取り組むその時、その時の探究心や冒険の精神が息づいているのだから。
『燃夜』

監督/ディーモン・ウォン
出演/Xuan Chao
2024年/20:08分/香港/ドラマ/カラー
©The Burning Night
https://www.shortshorts.org/2025/program/comp7/the-burning-night/
『逆さまの天才』

監督/西 遼太郎
出演/鳥谷宏之、クロエほか
2024年/5:52分/日本/エクスペリメンタル/カラー
©UPSIDE-DOWN GENIUS
https://www.shortshorts.org/2025/program/comp23/upside-down-genius/
『ABYSS』

監督/野上 鉄晃
出演/吉本実憂、塩田みう、工藤孝生
2024年/14:16分/日本/ドラマ/カラー
©ABYSS
https://www.shortshorts.org/2025/program/horror/abyss/
『四月物語』

監督/岩井俊二
出演/松たか子、田辺誠一、加藤和彦、藤井かほり ほか
1998年/67分/日本/カラー/日本語/ロックウェルアイズ
©1998 ROCKWELL EYES INC.
https://2025.tiff-jp.net/ja/lineup/film/38008CLA12
『スワロウテイル』4Kデジタルリマスター版

監督/岩井俊二
出演/三上博史、Chara、伊藤歩、江口洋介、桃井かおり ほか
1996年/149分/日本/カラー/ 日本語、英語、中国語、 英語、日本語字幕/ポニーキャニオン
©1996 SWALLOWTAIL PRODUCTION COMMITTEE
https://2025.tiff-jp.net/ja/lineup/film/38008CLA11
ショートショートフェスティバル&アジア
https://www.shortshorts.org/2025/about/
ショートショートフェスティバル&アジア 秋の短編映画祭開催。各部門で優秀賞を獲得した作品上映も含めた短編映画祭。
10月22日(水)から26日(日)からまで。オンライン上映は11月10日 (日)まで。
https://www.shortshorts.org/2025autumn
© 2025 Short Shorts Film Festival & Asia.