映画『トラ・トラ・トラ!』とは
映画『トラ・トラ・トラ!』は、『羅生門』(1950年)、『七人の侍』(1954年)ほか数々の名作で国際的な名声を獲得し、世界にさらなる活躍の場を求めていた黒澤明監督が取り組んだ初の外国映画の企画だった。
ハリウッド・メジャー会社の一つである20世紀フォックス社の製作により、1941年12月の日本軍の真珠湾攻撃をめぐる日米両国の動きを題材にしたこの大作は、日本のシーンを黒澤が、アメリカ側をリチャード・フライシャー監督が演出するという方針が固まり、まず1968年12月2日に東映京都撮影所で日本側のシーンがクランクインした。しかし、製作側との折り合いがつかず、12月24日に黒澤は解任された。その後、代わって舛田利雄・深作欣二の両監督が日本側の撮影を引き受け、当初の予定より大幅に遅れながらも映画は完成し、1970年9月に公開された。
音声テープ発見の経緯
これら『トラ・トラ・トラ!』の音声テープを録音したのは、東宝撮影所の録音技師渡会伸(わたらい・しん、1918-2001)。2022年、関係者より当館が資料を受領した際に6mmのオープンリールテープが含まれており、当館が内容を調査した結果、黒澤組における『トラ・トラ・トラ!』撮影時の録音物であることが判明した。一方、黒澤監督撮影時のフィルムは現存が確認されていないため、この音声は極めて貴重な記録となる。
その後国立映画アーカイブにて法的な検討を重ね、現在20世紀フォックス作品の権利を有するウォルト・ディズニー・ピクチャーズ(WDP)との話し合いを通じて、当館の主催事業に限って音声データを使用することが同社より認められた。
音声テープの概要
黒澤が12月2日から12月21日にかけて監督した部分の音声テープは、映画録音用の6mmテープ11本で、主にワシントンDCの日本大使館のシーンと戦艦長門の艦内シーンからなり、スタッフによるシーン番号・テイク番号の読み上げ、俳優たちの台詞、黒澤監督による演技指導の声が収められている。なおこの映画の主要な役には、黒澤監督の意向でプロの俳優ではない旧軍人の方々が主に起用された。
今後の音声テープ・音声データの取り扱い
WDPとの協議の結果、元の音声テープはWDPにて保存されることになり、当館はそれをデジタル化した音声データを受領する。当館は、展覧会などの主催事業にこの音声データを使用することができるが、報道を除き、外部の団体・個人への提供は認められていない。
この発見の意義
幻と終わった黒澤監督の『トラ・トラ・トラ!』の約3週間にわたる撮影現場、そして黒澤監督解任のいきさつは、これまで映画史の謎とされてきた。それを解き明かすべく、ジャーナリストの田草川弘(たそがわ・ひろし、1934-2024)氏は、20世紀フォックス社の所蔵資料を丹念に分析して『黒澤明vs.ハリウッド 『トラ・トラ・トラ!』その謎のすべて』(2010年)を著した(同書記載の撮影記録がテープの内容の裏付けになりました)。当時の多くのマスコミは監督が「強度のノイローゼ」で辞任したと報じ、黒澤プロダクションも病気によるものと強調したものの、後に監督本人がそれを否認するなど、事態の解明は錯綜した。しかしこれらのテープは、各シーンの撮影前後の状況は明らかでないものの、冷静に撮影が進んでいた様を示している。
今回の音声テープの発見は、黒澤監督の映画人生の謎を解明する足がかりとなるばかりでなく、世界映画史の謎に迫るものであり、日本映画の国際性を改めて確認する機会となるであろう。
またこれは、国立映画アーカイブの映画フィルム・映画資料の保存活動の意義を示す機会としても位置付けられ、こうした映画史上の貴重な資料・記録をたゆまず収集し、公開事業を行う当館のアーカイブ活動の重要性を表した発見ともなる。国立映画アーカイブは現在、活動の安定的な継続と将来への発展に向け、収入の多角化と拡大に取り組む一環として、クラウドファンディングを実施中。
「使命は人類の記憶を繋ぐこと。国立映画アーカイブの活動にご支援を」
2026年9月23日(水)23時まで、目標金額1億円のクラウドファンディングに挑戦中であることにも触れておきたい。

