髙野てるみ(たかのてるみ)
髙野てるみ 映画プロデューサー、エデイトリアル・プロデューサー、シネマ・エッセイスト、株式会社ティー・ピー・オー、株式会社巴里映画代表取締役。著書に『ココ・シャネル女を磨く言葉』ほか多数。
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デジタル時代に、「写真」の素晴らしさを思い出させたい
ジャーナリストでキュレーターでもある、ドルディル監督の第一作目となる本作は、どこかジャック・タチ監督の『僕の伯父さん』を思い起こさせるような、ドアノーが生きた82年間の良きフランスやパリの風物詩が楽しめる、ファミリー・ヒストリーです。
「35万点にも及ぶ祖父の残した写真から、よく知られている『キスの写真』以外の写真を登場させ、ファンのためのみならず写真の歴史としても、多くの人に知ってもらえたらと映画にしようと思い立ちました」と話すドルディル監督。
「祖父が亡くなって20年余りが経ちますが、機が熟したと言いますか、彼と彼の写真が忘れ去られないように、映像にしたかった。それには今がベストなタイミングだと。昔はモノクロで一枚ごと焼いていたものですし、祖父が生きていた間にデジタル写真はなかったし、パソコンもなかった(笑)。で、そんなことを知らない時代を迎えていますからね」
自身も40代を迎えた今の時代に、祖父のやってきた仕事ぶりに素直に敬服する日々なのだとも言います。
ドアノーは、自動車メーカーのルノーの専属カメラマンとして勤務するも、欠勤・遅刻をものともせず解雇され、以降は180度の転向と言えるファッション誌『ヴォーグ』との契約カメラマンになるという異色の経歴があります。その間、ライフワークとして、市井の人々をとり続け評価を高めていくのですが、実に多くの著名人である、作家や映画人に愛され尊敬される人物であったことも本作に描かれます。
監督は、写真家としてのドアノーが生涯を通して守り続けた、「自分は芸術家ではない、一人の職人でありたい」という姿勢に、孫として大きく影響を受けていることも映画の中で明かしています。
芸術家ぶらないドアノーを愛する著名人たちも登場
「祖父は死を迎えるまで、毎日食事を共にしていた私には、何でも話をしてくれていました。例えば、作家のボーボワールを撮った時も、『有名な人物を撮影する時は、むしろ距離をあけることが必要なんだ。知り合いになったつもりなんかにならず、撮影をすることだけが、自分の仕事なんだから』と、言うんです。黒子に徹することが仕事をするうえで、実に楽しいことなんだと。キスの写真で注目されるようになると、『芸術家扱いされ、仕事がしにくくなって来たよ』と、ちっとも嬉しそうじゃなかったですね(笑)」
しかし、ドアノーが望むと望まざるにかかわらず、名前が知られるようになると、多くの著名人がドアノー家を訪れるようになったと監督は嬉しそう。
「映画人だと、私が幼い頃は監督のベルトラン・タベルニエも来たし、女優のサビーヌ・アゼマも。彼女がアラン・レネと結婚したので、彼も来るようになってにぎやかでした。彼らの影響もあり、私も一度は演じることをめざしてはみたけれど、なぜか納得が出来なかったんで辞めました」
俳優のミッキー・ロークはドアノーの信奉者の一人で、自分を養子にしてくれないかとか、アラン・パーカー監督を連れて来ては、パリ市庁舎前に立ち、『ここで俺がキスする映画を撮ろうぜ!どう思う?』とか、いつもドアノーに真顔で相談して来たのだとか(笑)。監督と仲良しの俳優マチュー・アマルリックはといえば、本作品を観て感激のあまり、「ドアノー家の養子になりたい!」と母親に抱きついたり(笑)と、華やかなエピソードも飛び出します。
亡き祖父と、その孫娘から幸せの贈り物
「とにかく仕事をしろ。仕事をきちんとしたらうまくいく」と言い放ち、80歳になってもカメラ片手に撮影をしていたという、ドアノーの背中を眩しく見ていた孫娘の姿もまた、誰よりも生き生きとして美しく輝いていました。
「5人家族の6番目の家族がカメラなんだと言っていた祖父は、私が幼い頃からよく写真を撮ってくれ、被写体となった私の写真は広告写真として仕事に使われていました。私はそんな関係がすごく自慢で、そういう祖父を持ったことで勇気をもらって成長できたんです。この人、特別なおじいちゃんなんだって」
「写真は撮った瞬間に、過去のものになってしまう。しかし、それは永遠となる」という言葉に代表される、ドアノーの名言も散りばめられた本作、一冊の写真集や雑誌を読んでいる楽しさにも通じます。
「祖父は名文家でもあり詩人でした。そして、人々の人生を一瞬一瞬で切り撮る写真家でした。しかも暗い状況の中からでも、幸せを感じさせる瞬間を捕えることが出来た人でした」
大事件を追ってドキュメントする写真家が多い中、ドアノーは何気ない日常から幸せを生み出せた写真家であることがよくわかる。そして、有名なキスの写真は本物のドキュメントであったかどうかは、本作を観てのお楽しみ!
「自分のために撮っているんじゃないんだ、人へのプレゼントだよ、プレゼントしたい写真を撮るんだ」と、ドアノー。それなら、「ドアノーの孫で良かった」という孫娘の感謝と愛で満たされたこの映画もまた、忙し過ぎて忘れかけていた、人への優しさを思い出させてくれるプレゼントのような映画と言えます。それにしても、ドアノーさんこそ、こんなお孫さんを持って良かったはずです。なんと幸せな写真家なんでしょう。
まずは、ドアノーおじいちゃんと、そのお孫ちゃんのドルディル監督に乾杯!
『パリが愛した写真家 ロベール・ドアノー<永遠の3秒>』
2017年4月22日(土)東京都写真美術館ホール、ユーロスペースにて公開中。その後、全国順次公開予定
出演:フランシーヌ・ドルディル&アネット・ドアノー、サビーヌ・ヴァイス、ダニエル・ペナック、フランソワ・モレル、フィリップ・ドレルム、サビーヌ・アゼマ、ジャン・クロード・カリエール
監督:クレモンティーヌ・ドルディル
製作: ジャン・ヴァサク
2016年/フランス/フランス語/80分
配給:ブロードメディア・スタジオ
©2016 / Day for Productions / ARTE France / INA ©Atelier Robert Doisneau