愛なき行為の果てに誕生する新しい生命たち。これらを守った女性たちの戦いを静かに美しく描きます。隠された歴史の断片を拾い上げ、その暴力性や残酷さを愛の形に昇華させた監督のインタビューは、興奮に満ちていました。
聖なる修道女の、愛なき懐妊に衝撃をうける
前作『ボヴァリー夫人とパン屋』公開時に来日したフォンテーヌ監督のインタビューでは、才色兼備ぶりにタジタジとさせられた記憶が残っています。あの堂々としたフランスの美貌のマダムに、再びお目にかかれるとなれば、そのいでたちにも期待は膨らみましたが、それよりも何よりも、なぜ?で頭がいっぱいに。
ポーランドの修道女たちの隠された受難をテーマにするなんて、予想もつかないこと。まさか、ご自身が恋愛を捨て、尼寺に!の境地に至ったのか?勝手な妄想が広がるばかりで、その新境地を一刻も早くうかがいたい思いでした。とにかく、この新作に「恋愛」は見当たらないのですからね!
「恋愛路線にこだわるもなにも、考える余地もなく映画化を考えました。女性として許せない、隠されたこの事件。知った時の衝撃は大きく、突き動かされました」
戦争の傷跡が、いかに悲惨で残酷かは今まで嫌というほど知らされてきた。それでも、第二次世界大戦時にロシア軍の兵士たちが行った、聖なる場での蛮行は酷すぎる。神をも恐れないその行為と、それに屈しない行動を起こした女性たちの姿が、映画作りへの意欲を揺り動かし、決まっていた予定をすべて後回しにしてとりかかったと、熱く語る監督。
修道女の尊厳を踏みにじり、彼女たちを凌辱した敵国の男たち。愛なき行為にもかかわらず、7人の修道女たちは身ごもってしまう。院長はこの事実を恥ずべきことと隠ぺい。しかし、修道女の一人マリアは、駐留していた赤十字のフランス人女医、マチルドに助けを求めます。どのような場合でも、宿った命は祝福されるべきであると。
修道女になってわかった、彼女たちの個性
病院側の禁止命令に背いてでも、医師としての使命を貫き、身ごもった命を無事出産させようと決断するマチルド。二人の勇気に導かれ、厳しいカソリックの教義にとらわれず、宿った命に息吹を与えようと出産を決意する修道女たち。閉ざされた修道院の中に、大きな勇気と決断が次々に生まれていきます。
修道女を描いた作品として参考にしたのが、巨匠アラン・カバリエ監督の『テレーズ』(86)だったそうで、そう聞くと、フィルム・ノワールで知られたカバリエ監督がなぜ?聖女を描いてカンヌ映画祭で受賞するなんて何たる心境の大変化!などとフランス映画界でも騒がれたことが想い起こされます。
その状況にも似たフォンテーヌ監督に思えてもきますが、なにしろ彼女の情熱は留まることを知らず、自ら修道女になってみたそうで。
「最初は修道院で瞑想をするだけでしたが、ひと月したら修道女と共に生活していました。マチルド役のルー・ドゥ・ラージュも一緒です。そこでの発見は、白と黒のコスチュームに覆われた個性は、顔にあるということ。そして、コスチュームに隠されているかのような人柄も、実に多様性に富んだものでした」
修道女たち一人一人が単調に見えたら、今回の映画はただ事実を追うだけの映画になってしまう。彼女たちの台詞は極力抑え、沈黙していても表情で多くを語らせよう。こだわりは、登場する修道女たちの「顔」と「沈黙した演技」だと監督。奇しくも『ココ・アヴァン・シャネル』に描かれたココ・シャネルが過ごしたのも修道院。そこで感じた白と黒の美しさで、デザイナーとして成功したのです。
映画はキャスティングこそ命
その点にも通ずるものが、本作にはあると監督は言います。本作の世界はまさに、修道女たちの黒と白の装いと、凍てつく冬の雪景色の白と木立の黒が活かされいて、まるで聖画のような美しいできばえの、新しい映像世界が完成。残酷な事実、許しがたい敵国の男たちの足跡さえも浄化し、寛容にも新しい生命への慈しみを抱く、強い勇気と愛を醸し出している世界。
この境地に達したフォンテーヌ監督の腕前はみごとです。そこに大きく貢献したのが、聖なる雰囲気を作りだしたマチルド役の若手女優ルー・ドゥ・ラージュの存在だと、手放しに賞賛します。
「映画の成功は、キャスティングが70パーセントなのです。音楽家が自分の望む音を探すように、監督も俳優を探します。今回、探し当てたルーは、饒舌に語るより、静かに悲しみや苦しみの感情を、表情で豊かに演技できる女優でした」
そう言われてみたら、脇役にも監督のキャスティングの才が行き渡っていました。マチルドを慕い力を貸す若き医師に、あの天下のフラレ役が当たり役のバンサン・マケーニュが起用されています。熱い想いを懸命に傾けるも、相も変わらず想いは叶わずというモテない役柄(笑)。暗くなりがちな本編に、一筋の光を差し込む役割で登場しています。
どこまでも味付けに気が利いているという芸術品のような映画が、『夜明けの祈り』です。
『夜明けの祈り』/原題 Les Innocentes
監督・翻案/アンヌ・フォンテーヌ
出演/ ルー・ドゥ・ラージュ、アガタ・ブゼク、アガタ・クレシャほか
2016年/フランス=ポーランド/115分/カラー
配給/ ロングライド
公開/8月5日 ヒューマントラスト有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
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