実在の存在感ある女性を描いた作品が評価された才能
マルタン・プロヴォ監督と言えば、今年の東京国際映画祭の審査委員として来日。コンペティションのノミネート作品の中から、『ナポリの輝きの陰に』に栄誉と輝きを与えた、審査員特別賞のプレゼンターとして記憶に新しい存在です。
そんなプロヴォ監督は、今やフランス映画界きっての女性映画の名匠と言っても過言ではありません。
『ヴィオレット ある作家の肖像』(13)ではシモーヌ・ド・ボーヴォワールに見出され、彼女に深い憧れを抱く作家ヴィオレット・ルデュックという実在の女性を描きました。著名で生まれ育ちの良い美貌の才媛ボーヴォワール、その真逆とも言えそうなルディックを題材にするところが、プロヴォ監督の目のつけどころなのです。
さかのぼれば、フランス映画界で大成功を獲得した『セラフィーヌの庭』(08)もそうでした。実在の画家のセラフィーヌ・ルイという女性を描いた作品ですが、彼女は家政婦をしながら、年老いて精神を病み、それでも絵を描きつづけたという不屈の魂の持ち主。
演じたベルギーの女優、ヨランド・モローが主演しセザール賞の女優賞を獲得、その他作品賞、脚本賞など7部門の賞を欲しいままにして、一躍実力を見せつけました。
これら代表作を観る限り、見た目が美しいだけの女性には飽き足らない、しかし、だからこそ、映画で女性を描きたい、描かないわけにはいかないというこだわりが、彼をつき動かしているということがわかります。
父親の元妻と再会、その奔放な生き方に揺れ動く義理娘の心
さあ、次はどんな女性が登場するのか、期待が高まるのは当然です。
そして、今回プロヴォ監督が取り組んだのは、助産師の女性!
新作『ルージュの手紙』でも、地道で、しかも時代の流れの中で少数になっていく職業に光をあてつつ、監督が生み出したオリジナルな二人の女性像。そして、フランス映画界を代表する二大人気女優を登場させての競演。それが奇しくも、二人ともにカトリーヌとは……。そうです、ドヌーヴとフロという円熟の女優二人に、それぞれ真逆の生き方の女性を演じさせました。
助産師クレールは女手一つで息子を育て上げ、仕事に誇りをもって生きて来た、飾らないまっすぐな女性。ある日、亡くなった父の元妻で、突然姿を消したベアトリスから連絡があり再会することに。派手で破天荒な生き方が好きな、この義理の母の失踪を嘆いて、父は自ら命を絶ったという。ベアトリスを許すことが出来ないままでいたクレール。再会したベアトリスは相変わらず自分勝手でギャンブルをしては日銭を稼ぐような女性。元夫の死を知り悲しむも、自ら背負った運命に身を任せ、未だ自由奔放で無邪気なベアトリス。そんな彼女と接しているうちに、クレールに予期しない変化が訪れることになる。それは女性だからこそ感じられる、人生においての小さな奇跡とも言うべき、彼女にとっての忘れ難い想い出となるものだったのです。
名手たるシナリオと、ベテラン女優のリアリティ溢れる演技を演出する力が結実しての、小粋な女性の人生ドラマが完成。フランス映画ならではの細かなデイテールの描き方が積み重なって、観終わる最後の最後の驚きに感動を抑えきれません。
実直な助産師VS快楽的なギャンブラーを演じるカトリーヌたち
この映画作りについて答えてくれるプロヴォ監督は、終始、柔和な物腰の感じの良い紳士。
映画最大の見どころである、絡み合う大女優二人の演技。二人をどうやって思いのままにしたものか、とても興味深いものがあり、うかがうことに。
──フランス映画に期待する様々な要素がこの作品に散りばめられていて、満足感が大きいです。そいう作品が少なくなってきたようにも思えるので。
「とてもうれしいですね、フランス映画らしいと言っていただけたことが」
──もちろん極めつけは、やはり二人の女優の競演、それこそがフランス映画界の宝物と言って良いものですから。カトリーヌ・ドヌーヴとカトリーヌ・フロ、この組み合わせ無くしては成立しなかった作品だと思うのですが、これについてのご苦労などありませんでしたか?
「最初からフロをイメージしてシナリオを書き、送りました。3日後にフロからオーケーが出ました。でも、二人のどちらかが欠けてもこの作品は出来ない。ドヌーヴは、さすがにシナリオだけではだめで、『面接』を求められまして。ああ、断られるんだなーと覚悟していたんですが、会うとすぐオーケーが出て、とてもラッキーでした」
──ドヌーヴのようなスター女優が市井の女性を演じると、(ラース・フォン・トリアー監督の『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(00)は例外として)ドヌーヴは絶対的にドヌーヴ様ですから、メイクもいつもガッツリとしていて(笑)、浮いているように思えたりすることも正直あり、でも今回は100パーセント、ドヌーヴ様を活かした役回りに思え、非常に生き生きと見えました。彼女のために作ったのかと思うばかりに。
「ハハハ、なるほど。彼女に代わってお礼申し上げます(笑)。ドヌーヴにはちょうど合ってたのかなと、今さらながら思います。まあ、最初から彼女に助産婦をやっていただくつもりもないしね。カトリーヌ・ドヌーヴが助産師で、病院で働いててっていうのはリアリティがないですよ(笑)。あと、まあ、年齢的なものもあって、今助産師で働いてるっていう年齢ではないしね。むしろフロさんが、(博打打ちとしてスゴ腕の、自由奔放な歳を重ねても男を魅了する女)ベアトリスをやりたがったのには驚かされました(笑)。彼女の考えが変わらなかったら、もう、これでも今回の作品は出来上がらなかったでしょう。実にラッキーでしたよ。しかし、女優さんにとっては誰もが、奔放なベアトリスみたいな役って演技しがいがあるのかもしれないですね」
──それでは、監督ご自身は、男性としてどちらのタイプがお好きなんですか?
「どちらとは言えないですね。実は女性の多くが、両方の資質を持っていると思うんですよ、だから」
男性だからこそ、女性を描くのが面白い
女性の心理や所作、言動、行動などが実に細やかに描かれていることから、女性監督作品と思われることも多いと言うプロヴォ監督。
「男の自分が男を描いても、当たり前だとしか思われないようで、女を描くのが上手いと言われるのも、私が男だからですよね。そこにやりがいがありますね」
と、嬉しそう。
女性観察や研究は、父親はもちろんいたけれど、女系家族に育ったからか、祖母を初め母親や姉がいてくれて事欠かなかったと、監督。
女性なら誰もが持っているという相反する女らしさを、二人の女優にそれぞれ表現させてみることが、今回の監督の狙いであり、一度やってみたかったことなのでしょう。
次回は早くも二つの作品が予定されているとのことで、そのうちの一つは、また実在した女性が題材なのだそう。
監督の女性についての取り組みは、脈々と続いていきます。
『ルージュの手紙』
12月9日より、シネスイッチ銀座ほか全国ロードショー
監督・脚本/マルタン・プロヴォ
出演/カトリーヌ・ドヌーヴ、カトリーヌ・フロ、オリヴィエ・グルメ
配給/キノフィルムズ、木下グループ
2017/フランス/117分/カラー
©CURIOSA FILMS - VERSUS PRODOUCTION- France3CINEMA
©Photo Michael Crotto