「ボストン ストロングダメな僕だから英雄になれた」
Stronger 2017年
監督/デヴィッド・ゴードン・グリーン
出演/ジェイク・ギレンホール、タチアナ・マスラニー、ミランダ・リチャードソン
2013年に起きたボストンマラソン爆弾テロ事件の被害にあい、両脚を失いながらもボストンの希望の象徴として脚光を浴びたジェフ・ボーマンの実話を、「ナイトクローラー」などの演技派俳優ジェイク・ギレンホール主演で映画化。ヒーロー像とはかけ離れた弱い自分とのギャップにもがきながら、恋人や家族に支えられ、困難を乗り越えていく男の葛藤と勇気を描く。監督は『グランド・ジョー』のデヴィッド・ゴードン・グリーン。
編集部レビュー
「ヒーローを求めざるを得ないアメリカって」@近藤編集長
ボストンマラソン爆破事件については、マーク・ワールバーグ主演の「パトリオット・デイ」に詳しい。犯人逮捕までの状況や人々の不安などがよくわかる。一方、今回の映画は、爆破事件に巻き込まれたことでヒーローになってしまった男の葛藤を描いている。栄光ではなく葛藤。だって、両脚を失い体も心もボロボロなのに、ヒーロー!ヒーロー!って讃えられてもね。そういう矛盾を抱えたキャラクターを演じるジェイク・ギレンホールは相変わらず上手い。
でも、僕がいちばん引っかかったのは、強烈にヒーローを求める、あるいは求めなければやっていけないアメリカ社会のあり方。だって基本、ヒーローって戦いありきが前提だから。平和な世界にヒーローはいないわけで。スポーツやコミックの世界ではなく、現実の中で次々とヒーローが生まれる事実をどう受け止めるべきなのか。
「“英雄じゃない男”が教えてくれる本当の強さ」@疋田副編集長
2013年のボストンテロ事件は、5年前のことと思えないほど生々しいニュース映像とともに記憶に残る。その後の“ボストン ストロング”を合言葉とした市民の団結の陰には、一人の英雄の姿があった。それが本作の主人公だ。
英雄といって想像するのは勇敢で不屈の男の姿かもしれない。でも“彼”はそうじゃなかった。彼はもともと仕事も恋愛もままならない“ちょっとダメ”な男。テロで両脚を失い、街の再起の象徴とされても、自らの絶望や不甲斐なさとのギャップに戸惑いしかない。そんな男の背中を押すのは、命の恩人からの意外な言葉だ。そのとき彼は、誰もが支えあっていることを悟る。そして真の強さとは何かを。
この映画が描くのは輝かしい英雄ではなく、苦しみもがき、それでも這い上がろうとするごく平凡な人間の姿だ。だからこそ味わえる共感と深い感動がここにはある。
「主人公を支えた恋人の存在にも注目です」@阿部編集者
今も各地で起こるテロの報道を見るたび、被害者やその家族が抱くであろう、あの日、あの場所に行かなければという後悔の念に胸が痛みます。この映画もその思いに主人公が苦しむシーンが印象的。
なぜなら、主人公のジェフは元恋人エリンの愛を取り戻そうと、彼女のマラソンの応援に駆けつけて被害にあってしまうから。エリンも自責の念を抱き苦しみます。この二人、別れたりくっついたりを繰り返す関係で、エリンとしてはもう愛情も冷めかけていた状態だったのかも。そんな二人の関係性が映画をただの美談ではなく、よりリアルなものにしています。
女性目線で見てしまったのもあり、エリンの気丈に振る舞う姿が感動的でした。物語のラスト、二人にある決断が迫られるのですが、弱気になるジェフを、時には厳しく時には優しく包み込むエリンの愛情に胸が熱くなりました。
「派手さが無いところが逆にリアリティを感じます」@中久喜編集者
主演のジェイク・ギレンホールは、出演作は欠かさずチェックしたいと思う役者さんの一人です。“盛り”の演技ではなく、ふとした目線や表情、しぐさで「ああ、こういう人っているよな」とリアルを感じさせてくれる姿に、毎回とても惹き付けられます。
製作から関わっている本作でも、両足を失った主人公を、とても丁寧に描写しており、至る所に“リアリティ”を感じさせてくれます。印象深いのは、トイレで思うように用を足せず、口を抑えて叫ぶシーン。とても地味なシーンですが、今まで何て事なかった全ての事が困難になったジェフのもどかしさ、やるせなさ、様々な感情が濃縮されていたように思いました。
絵に描いたような派手なサクセスストーリーではありませんが、客観的に、淡々と描いている点に、却ってリアリティが溢れている、そう感じさせてくれる作品です。
「“弱さ”を持つ男の再生の物語として見たい」@松坂編集者
ボストンマラソンでのテロ事件は5年前。まだ記憶に残っているし、それを扱った映画も作られている。この作品もテロ被害者の話だというのでありがちな映画かと思っていた。しかし、そんな作品にジェイク・ギレンホールが出るはずはなかった。彼が演じた被害者ジェフ・ボーマンは、普通の男、ボストン復興の掛け声“ボストンストロング”の象徴とされた人物なのに、人間的弱さも見せる。
そんな人物をジェークは演じ、説得力のある人物にしている。それは彼の演技ばかりでなく、脚本の力もあるのだろう。ジェフを救ったカルロスという男との会話。それが“気づき”をもたらした。そういった描写が、テロの映画ではなく、一人の男についての映画にこの作品をしているのだ。実話の映画化というのは、何に焦点を当てるかで作品の持つ意味がまるで変わってしまうといういい例だ。
「終盤にすべてを越える感動が待っている」@米崎編集者
まず昨年見たばかりの「パトリオット・デイ」が頭に浮かんだ。本作と別の視点(捜査側)でボストンマラソン爆弾テロを描いた作品だが、それを見た時、引っかかっていた“被害者の立場”がここに描かれていた。そしてそれは例え犯人が捕まった事件としても、やはり気持ちが晴れるものではなかった。こうしたテロの被害者を英雄として讃えるのが正しいのか、そっとしておくのが正しいのか、主人公が抱えることになった心の闇の前で、その答えは出しづらい。
正直かなり重いテーマで、ボストン流の親戚付き合いも日本人には濃すぎ、ギレンホールの演技も超重量級だが、それでも終盤はすべてを越えるような感動シーンが待っている。このラストに意味があるからこそ、スタッフもキャストも一丸となったのだろう。一方でアメリカ人の英雄待望論的な性質も考えてしまう問題作だ。