2018年6月1日から公開中「レディ・バード」
「20センチュリー・ウーマン」などで女優として活躍するグレタ・ガーウィグが単独監督デビューを飾り、自伝的要素を織り込んでオリジナル脚本も手掛けた青春映画。高校生活最後の1年、友達や彼氏や家族について、そして自分の将来について、悩める17歳の少女の揺れ動く心情を瑞々しくユーモアたっぷりに描く。主演は「ブルックリン」のシアーシャ・ローナン。本年度アカデミー賞において作品賞など主要5部門でノミネートされた。
2018年6月1日から公開中
© 2017 InterActiveCorp Films, LLC.
Merie Wallace, courtesy of A24
編集部のレビュー
止まったらお終いだからそれでも彼女は前に進む
ああなんてステキな熱量だろう。とにかく何かしなくちゃいられない、何か言わなくちゃ気が済まない、そういう衝動ばかりが先に立つから、やること大体失敗する。焦れば焦るほど深みにはまる。カッコいいと思うことは大概ダサい。
そんな、私の名前はクリスティンじゃありませんレディ・バードです、なんて言ってるわからんちんの主人公を、シアーシャ・ローナンに演じさせたのがすごい。これまでのイメージを嬉々として破壊している彼女はとても楽しそうだ。さらに注目はティモシー・シャラメ。言うこといちいちめんどくさいロッカー役だけど、俺が女だったらホレてるね、ってくらいクールなダメっぷりがいい。そういうどこか変なのに憎めない登場人物たちの、それでもひたすら前に進もうとする熱量を感じながら、いまだドタバタしているわが身を、ちょっとだけありかなと思うのだ。
近藤邦彦
編集長。「こども映画教室」を主宰している土肥悦子に久々に再会。実は中学からの同級生。昔から面白い奴でG・ガーウィグみたいだ。
すべての親子に捧げられた究極の愛の物語
本作のヒロイン、自称“レディ・バード”の17歳はかなり破天荒な女の子だ。映画冒頭では、親子喧嘩の果てに車から飛び降りるという暴挙に出たりする。でもそんな彼女に、次第に共感を抱いている自分がいた。それは高校三年という、悩み多き時期にいる彼女の心情が、とてもリアルなものだからだ。都会や恋愛への憧れ、自分への不安や期待。
その中でも特にリアルなのが彼女と母親の関係性。娘にいちいち口を出す母と、母の愛を渇望する娘。その真実味ある描写こそ本作の最大の魅力だと感じた。監督によれば当初のタイトルは『母たちと娘たち』だったという。
この母娘が迎えるラストに、不思議なほど心を揺さぶられた。ケンカばかりの二人が見せる、不器用な愛。これは全ての親子に捧げられた物語なのだ。そしてたぶん究極の愛の物語なのだ。
疋田周平
副編集長。本作で描かれる青春にどこか懐かしさを感じるのは“スマホ”が出てこないからかも。監督はそれを狙って時代設定したそう。
監督グレタ・ガーウィグの才能に尊敬と嫉妬
主にニューヨークで女優として活躍していたグレタ・ガーウィグはNY生まれでなく実はサクラメント出身だということは最近では有名な話。グレタは本作を故郷サクラメントへのラブレターだと言っています。主役の“レディ・バード”はグレタとは違う部分もあれど、彼女の分身であるのは明らか。
そんな“レディ・バード”を通して彼女は母親との関係や、若い頃は疎ましく思っていた故郷への思いを一つ一つ整理するように愛の溢れる映画に仕上げています。その作業は、包み隠さず自分をさらけ出し、受け入れることでもあるはず。実はグレタと同世代である私は、そんな彼女の成熟した才能に(おこがましい話ですが…)嫉妬心すら感じてしまいました。
おまけに、いま最旬のティモシー・シャラメとルーカス・ヘッジズを贅沢に起用。そんなところもグレタ、うらやましすぎるぞ!
阿部知佐子
レディ・バード”が愛おしかったのはやっぱりシアーシャの存在あってこそ。「ブルックリン」同様、みごとに映画を引っ張っていました。
自意識過剰で不器用だったあの頃のお話です
クリスティンは大都会に憧れる多感な女の子。友情も恋愛もあってそこそこ楽しいけど、どこか物足りなさそうで、きっと地元で一生を終えることが想像つかないんだろうな。そんな彼女は何としても遠い大学に通おうと画策します。それはまるで籠の中の鳥が自由を求めてジタバタするよう。それが次第に母親との軋轢にも発展し…。
本作はそんな誰しもが通る親からの巣立ちが、温かく鮮やかに描かれています。平凡でも良いから幸せな人生をと願って口うるさくしてしまう母親。キライじゃないけど、束縛やあれこれが鬱陶しいと感じる娘。そんな不器用な二人の姿に共感し、涙が出ました。
これから巣立つ人、すでに巣立った人、イマイチうまく巣立ててなくてモヤモヤしている人など、たくさんの人にクリスティンが全力で高校時代を駆け抜けた姿を見て欲しいな、と思いました。
中久喜涼子
実話ではないと言いつつも、G・ガーウィグの高校時代が感じられる絶妙な距離感が最高。今後の創作活動からますます目が離せません。
グレタ・ガーウィグの才能に改めて脱帽!
見栄っ張りでウソつき、反抗的なうえに男へのガードが甘い、そんなキャラクター、フツーだったら絶対キライになる。ところが、この映画の主人公クリスティンはキライになれない。どころか分かってしまう。『私を“レディ・バード”と呼んで』なんて言われても、『ふ~ん、そう』と思えてしまう。
これは監督・脚本のグレタ・ガーウィグの手柄だろう。彼女の出身地は映画の舞台になっているサクラメント。この土地への想いが、ありありと伝わってくる。出てくるエピソード自体には実話的要素はないというが、それでもいかにもクリスティンならこうだったんだろう、と思わせてくれる。
グレタの女優としての優秀さは認めてきたつもりだが、監督としての能力にも恵まれているようだ。ぜひクリスティンの“その後”も見せて欲しいと、グレタにお願いしたい気分になってしまった。
松坂克己
クリスティンの親友役ビーニー・フェルドスタインはジョナー・ヒルの妹とか。丸ぽちゃ体形といい顔の雰囲気といい何となくナットク。
グレタ・ガーウィグを形作ったものへのオマージュ
10代の青少年にとって、自分の住んでいる街に対する愛着のあるなしは、どんなところで決まってくるのだろう? この映画は監督のグレタ・ガーウィグの略歴を知っていると、まんま彼女の伝記映画! といいたくなる作品。きっと彼女(の才能)にとってサクラメントは小さすぎる器だったのだろう。そんな故郷に対する愛憎が、己に向かうジレンマと重なるようで、優れた青春映画に必須の“面映ゆい感じ”が漂うのは、シアーシャ・ローナンの流石な名演の功績大。
それにしてもグレタが『もう二度と一緒に仕事しない』と宣言しつつも、『映画とは、芸術家とは何かを彼から学んだという過去の事実は変えることはできない』とことわりを入れるウッディー・アレンの作風の影は、やはりありますよね?そこも含めてこれは今の彼女を形作ったものたちに対するオマージュのような映画なのかと。
米崎明宏
グレタはこの物語を含めてサクラメント4部作を作る構想があると言っている。ヒロインは変わるのかな?