捜査官キキ役マイケル・ペーニャ
「視点や信念によって見えてくる世界観が変わってくるところが面白いと思った
──まずはマイケルとディエゴ(・ルナ)をキャスティングした決め手は何だったんでしょう?
エリック:
「とにかく二人と一緒に仕事が出来た事は本当に幸運だったと思っているよ。このキャスティングに関して、二人はファースト・チョイスだったし、僕にとっては唯一の選択だった。マイケルもディエゴも、何年もかけて、今の時代の最高の役者の一人だという評価を得てきた二人だからね。
ドラマを製作する以上、キャラクターは視聴者に惚れてもらわなければならないけど、それは決して簡単な事ではないんだ。なにしろ彼らは全ての面で好ましいという人物ではないからね。
その点、マイケルもディエゴもシリアスなドラマを演じられる俳優だし、二人の手にかかればその難題もクリアできると分かっていたからね。僕はいつも最高の役者をチョイスすれば、その作品が失敗することなんてないと考えているんだ。
僕が脚本家として出来る事には限界があって、キャラクターをさらなる次元へ高めるには俳優のアーティストとしての力が必要なんだよ。それにこの作品は俳優だけじゃなく、監督も脚本家も役者も音楽も、とにかく全てのコラボレーションを密にして製作されているシリーズで、そこに一つでも弱いポイントがあれば、成立しない作品なんだ。
実はマイケルには言ってなかったんだけど、彼がオファーを引き受けてくれなければ、このドラマは実現しなかったと思ってるんだ。だから彼のような俳優に演じてもらえて本当に幸運だったと思うよ」
──そんな熱烈オファーを受けた理由は何だったんでしょう?
マイケル:
「確か最初のミーティングは3、4年前で、その時からエリックはこの作品をメキシコでも展開させようというビジョンを持っていたんだ。
『ナルコス』については僕の周囲もみんな見ていてハマっていたんだけど、その頃僕の息子がまだ6歳とかだったから、僕自身はピクサーの映画なんかを見ていてね。あとはゲームの『ストリート・ファイターV』の中継なんかを見ていたんだよ。eスポーツは最高だよね(笑)!
まぁそんな時期だったから『ナルコス』については、自分自身では見たことがなかったんだ。でも周囲の評価が高くても自分自身で確かめない事には判断がつかないからね。最初は典型的な警官と犯罪者の話かと思っていたんだけど、2話目くらいで、あ、これは違う!と強く感じたよ。
南米の描かれ方も、そのエネルギーやバイブスをしっかりと捉えてあるがままを描こうとしている姿勢が感じられたし、コロンビアで撮影しているのもきちんと伝わってくる。風景の感じなんかもきちっと捉えたいという意識が分かったし、ストーリーテリングも演技も素晴らしくて、完全に魅了されたよ。
そこから、最初は軽い話だと思っていたオファーの話も本気だったのかな、と気にするようになって、逆に自分の方からこの役を追いかけ始めたって感じなんだ」
──ディエゴとの共演はいかがでした?
マイケル:
「全く夢見た通りの出会いだったよ。本当に彼はすごく真摯で、心からセンセーショナルな仕事だったね。なんて、実は彼とは『チャベス』で既に一緒に仕事をしているんだけど、その時も8ヶ月くらい一緒に過ごしているし、何度も食事もしてお互い気心を知る関係だからね。ディエゴは本当に最高の奴だし、素晴らしいストーリーテラーでもあって、話していると本当に楽しいんだ。
ただ今回は、以前とはキャラクター同士の力学が違うから、お互いに前回とはフィーリングが少し違っていて、ベッタリ仲良くするというより、すこし距離を置いた感じになっていたんだ。撮影中は二人とも少しだけ役に入ったままになっていたんだね。
正直に言うと、キキを演じていると、やはり彼のビジネスに対してある視点でしか見ていないわけだから、その視点が自分の視点にも少しかぶってきてしまうんだ。ディエゴはディエゴでガラルド側の視点でものを見ていて、その2つがぶつかると、普段仲が良くてもキャラクターの歴史がちょっと出てきちゃうんだよね」
──実在の人物を演じる上で、いろいろリサーチをしたと思いますが、キキについて、どんな印象を受けましたか?
マイケル:
「キキというキャラクターはすごく複雑な人物だと思ったし、同時に熱いモチベーションを持っている人間だと感じたけど、実は最初はそれをどう演じたらいいのか悩んだ部分があるんだ。
キキにとって、例えば政治家が民衆の信頼を裏切る行為に走ったりするような不公平を許せない事は大きなモチベーションになっていたとは思う。彼は誰もがこれが倫理的な掟だと合意したはずの事に背く犯罪行為を何度も何度も目にしてきて、ひとつの帝国が作られていく様を早くから気付いていた。
でも周囲に警鐘を鳴らしていても、オオカミ少年のようにしか思われないんだ。そんな中でエピソードが進む度、彼のモチベーションの炎に燃料が投下されるような展開だと感じたし、何か彼が怒りを感じるような出来事が毎回あって、それが彼の想いをより強くしていったんだと感じたよ」
エリック:
「キキは正義の側に立つ人間だけど、ものすごく頑固なところもあって決して理想的な人間というわけじゃない。でもその頑迷さがあるからこそ彼はヒーローだし、人のために命を投げ出す事が出来るある種の聖人的なところがあるんだ。
──そんなキキとの共通点はありましたか?
マイケル:
「役者は自分が演じているキャラクターとの共通点を探すものだし、その作業は僕にとってはディベートに近いものなんだ。自分の見方とキャラクターの見方をすり合わせて演じていくんだ。
キキの場合、とにかく不公平な事を嫌っているのは明らかだったし、特に政治家や警官が民衆の信頼を裏切るような行動をしているのが許せないんだ。
このドラマの魅力はキキの視点から見るとある世界が見えるんだけど、同じ世界でもカルテル側から見るとまた別の世界が見えてくるわけで、自分たちの視点や信念によって見えてくる世界観が変わってくるところなんだ。言ってみればひとつの電車が一方に進んでいるようで、見方を変えれば逆に進んでいるわけで、それがこのシリーズの素晴らしいところなんだ。
──このドラマは描写も生々しくて、とてもリアルに感じますが、どういった事を意識して製作しているのでしょう?
エリック:
「アメリカ人というのは世界のどこに行っても自分はアメリカ人だから傷つけられる事はないだろうという、ナイーブな思い込みがあるんだよね。
でも現実には大きな力に対峙する事もあるし、このドラマではそれが麻薬組織になるわけだけど、麻薬によって巨額のお金が動き、人を殺してでもそれを守りたいと考える人間がいる場合、そんな思い込みは当てはまらない。
アメリカ人の麻薬捜査官を殺すというリスクを負ってでも、その利権を守ろうとするわけだから。そうしたシビアな世界を忠実に描くことこそ僕らの義務だと考えているし、今のドラマの視聴者はよりグローバルになり、より洗練されていて、要求度も高くなっている。
彼らはよりリアルに感じられる作品を見たいという気持ちがすごく強くなっているから。この麻薬を取り巻く世界というのはとてもバイオレントな世界で、それを描く時に言語やロケーションはもちろん、ストーリーテリングのトーンについても、実際に起きている事になるべく忠実に描きたいと思っているし、麻薬組織の世界を描く時に、間違っても彼らに対して優しい視点から描かないようにいつも意識しているんだ。
麻薬カルテルの事を何か素晴らしい事のように描いてはいないか、という声が常に聞こえている感じだね。そうならないための最初の一歩は、彼らの本当の姿を出来る限りそのまま描く事であって、どこの世界でも麻薬カルテルに共通して見られるのが暴力なわけだけど、それも含めて描く事なんだ。
誠実に真実を描こうと思ったら、バイオレンスも含めざるを得ないんだ。だからこのドラマは生々しいんだ」
──キャラクターをリアルに演じる上で、どのように役作りをしたのですか?
マイケル:
「この作品はスペイン語が主となるドラマで、ある種のカルチャーショックがある事が、実は役を演じやすくさせてくれたんだ。キキはメキシコ系のアメリカ人だけど、実際にメキシコに行けば外国人なわけで、それは僕も同様だったから。
異国の地にいること、どこか不安や落ち着かなさがあること、キキの場合なら自分がやろうとしている事をやり遂げる事ができるのかという不安のシャワーを浴びながら日々捜査しているわけで、その彼の状況が少しだけ僕自身の状況とかぶっていた事が、かえって役を演じやすくしてくれたんだ」
──この『ナルコス:メキシコ編』はどのくらい続けたいと考えているのでしょう?
エリック:
「このドラマの舞台は80年代のメキシコだけど、残念ながらこの麻薬戦争は30年以上が経った現在もまだ続いているんだよね。まさに現在進行形の物語だし、僕のビジョンとしては作らせてもらえるだけ作ろうと考えていて、メキシコ編にしてもできるだけ数多く作っていきたいと思っているよ」