優劣つけがたい作品が揃い踏み。怒涛のように観た映画
映画祭では、まず自分が注目すべき作品をチョイス、日々必見の映画を観ることに集中します。良い作品だと見極めたら記者会見へ、というハードな毎日。今回は本当に優劣をつけがたい出来栄えの作品が揃い、狙いがつけがたく悩ましいばかりでした。
デンマークの厳しい季節を重厚な文学性で魅せた『氷の季節』(最優秀主演男優賞、審査委員特別賞)。ミステリーとしてもエンターテインメント作品としても鬼気迫る作品でした。
『アンダーグラウンド』(95)で一躍注目されたセルビアのミキ・マノイロビッチと、フランスのドニ・ラバン、名優たちの登場が嬉しいエロチックでユーモア溢れる大人のおとぎ話『ブラ物語』。個人的には、受賞できなかったのは残念すぎます。
ブラジルの女性監督が手がけたニュー・ホラー。亡くなってしまった者への愛しさ余る想いが引き寄せる奇跡は、悪夢と言えるのでしょうか?『翳りゆく父』は独特の美意識が恐怖を高めました。
あのフランスの人気俳優ロマン・デュラスやレダ・カテブが、驚愕すべきダークな役柄を演じる。兵役を逃れてカナダへ逃亡する主人公の男を待ち受ける受難には、戦争がもたらす二次的惨禍を改めて知ることが出来、学びが大きかったカナダの作品、『大いなる闇の日々』。マキシム・ジル―監督に「デュラスさんの本質を剥き出しにさせたのでは?」と伺うと、「演じていない彼は、終始、善人でしたよ」との答え。ホッとするやら、ちょいがっかり(笑)するやら。それくらい恐ろしい場面の連続でした。
見逃した『アマンダ』『堕ちた希望』ともダブル受賞に輝く
カザフスタンの女性監督の世界観は徹頭徹尾、映画の表現の枠を越えたストイックな色調で描かれ、アートを標榜した『ザ・リバー』。
若い世代から圧倒的賛同を得ていた、パレスチナの監督が描くイスラエルのソープ・オペラに込められた日常。アイロニックな笑いが溢れる『テレアビブ・オン・ファイアー』。
中でも筆者が脱帽した中国映画は、本当に面白かった。中国に返還後の香港を、「売春」する若い女を切り口に描き、奇想天外で、痛烈な皮肉で溢れた「売春3部作」を完成させた、その第3弾!が『三人の夫』。全編を素っ裸で演じたヒロインには主演女優賞は確実と、入れ込んでいた筆者の落胆は大きいものです。このエロスは今村正平監督を髣髴とさせ、崇高な「弁天信仰」のような芸術性を感じさせました。そう言えば映画の中に「うなぎ」が仰天の必要性で登場するのも、同監督へのオマージュか? フルーツ・チャン監督には、今後、機会があったら絶対インタビューさせていただきたいもの。
そして、そして、見逃した作品が受賞作品となったことは、筆者、例年にない失態でした。フランスの『アマンダ』が東京グランプリ、東京都知事賞を獲得。この作品は公開も決まっているので、その機に観ることが出来るからまだ良いとしても、最優秀主演女優賞、最優秀監督賞をダブル受賞したイタリアの作品、『堕ちた希望』は、一目観たくて、未だ口惜しや!
その他の部門で注目した作品は、カザフスタン・フランス合作というところに惹かれ、一種、夢遊病的ワールドにハマった『世界の優しき無関心』(ワールド・フォーカス部門)、監督、女優、男優、製作者面々と開会式で知り合いになったフィリピンの『リスペクト』(クロス・カット・アジア部門)は、政治的なディベートに命を懸けるラッパーたちが、人気を競い合う「詩人」と崇められている世界があることを教えてくれて、目から鱗。国際映画祭の大きな意味を再確認出来ました。
未来を感じさせた、若手女性監督たちのガーリー世界
製作者のお薦めで鑑賞した、15人の女性監督が生み出す『21世紀の女の子』(日本映画スプラッシュ部門・特別上映)、同じく女性監督でカナダの売れっ子スター初監督作品『どちらかというと小悪魔』(ユース部門)は、これからも応援し続けていきたい才能でした。
何としても観たかったのに、とうとう叶わなかったのが、ルイ・ガレルが出演・監督を務める『誠実な男』(ワールド・フォーカス部門)と、4時間のアカペラ・ミュージカルで、マルコス政権下のフィリピンを印象づけた『悪魔の季節』(クロス・カット・アジア部門)でした。こうしている間にも配給が決まり、観るチャンスが作られることを願うものです。
というわけで、怒涛のように本気で対峙した作品たちの中、ここからは、監督自身から直接お話しいただいた、映画へのこだわりをご紹介。
一つは、コンペ部門の最優秀芸術貢献賞に輝いた、英国の名優レイフ・ファインズ監督作品最新作となる『ホワイト・クロウ』。ロシアから亡命し、パリ・オペラ座など西側世界で自身の生き方を開花させ活躍した、伝説的バレエ・ダンサーのルドルフ・ヌレエフの半生を描き秀逸です。すでに配給も決まっていて来年に公開される予定。
もう一作品は無冠となりましたが、トルコ作品『シレンズ・コール』に注目。映画祭前後の時期に、中東の拠点として、サウジアラビアのジャーナリスト暗殺事件の現場となるも、拉致された日本人解放の場にもなるなど、何かとニュースのど真ん中に置かれているトルコ。一方で、映画製作にも例年に増して力が入り、昨年、TIFF2017の東京グランプリを獲得した『グレイン』を輩出したのもトルコ映画でした。『シレンズ・コール』のラミン・マタン監督からは、まさに今のトルコのバブリーな都市化について、興味深いお話が聞けました。
ヌレエフの自己実現力を見せつけたい、とファインズ監督
まずは、シェイクスピア劇をはじめとする英国の舞台俳優、一方で「ハリー・ポッター」シリーズでの恐ろしい魔法使い役も演じてしまうレイフ・ファインズから。第3作となる監督作品『ホワイト・クロウ』がTIFF2018に出品されるとなれば、大注目は必至です。
過去シェイクスピアの名作『コリオレイナス』を舞台で演じた後、それを現代に活かした『英雄の証明』(2011)で、製作・主演もしての監督デビュー。
今回、またまた監督を手がけるきっかけは、ロシアへの造詣を深める中、ヌレエフの自伝を読んで20年以上も映画化を考えていたとのこと。彼が母国を捨ててでもなお、自己実現への勇気を持ち続けた生き方を、今の時代にこそ投げかけたかったと言います。
──20年の間にファインズ監督は俳優として、天才的カリスマのヌレエフを演じたいと思ったことはありませんでしたか?
「ありませんね。まったく不可能ですから。ヌレエフを演じるにはバレエが出来る身体能力がなくては」
──では逆に、バレエが出来ても、演じることが出来る人材を見つけるのに苦労されたのでは?
「そうです。ずいぶん探し回りました。タタール劇場まで行って、ソリストである(今回主演の)オレグ・イヴェンコに出会えたんです。やはり、まずはタタール人であったヌレエフの面影に似ているかどうかも重要でした。イヴェンコはセルビア人ですが、雰囲気もピッタリで、ラッキーなことに生まれつきの演技力があった。俳優としての才能にも恵まれていました」
亡命シーンは『ホワイト・クロウ』の最大の見せ場か
──この作品での見せ場は、やはりパリの空港での亡命シーンではないでしょうか? 母国に帰国命令が出た直後に意を決しての逃避行のシーンは圧巻。観る者は皆、歴史的に結果は知っているにも関わらず手に汗握り、亡命成功を応援してしまう。息もつかせぬリアリティで感動させてくれます。監督処女作のシェイクスピアを現代に置き換えた『英雄の証明』でも、政府や国家の愚かさを描いていらっしゃいますから、『ホワイト・クロウ』も社会派作品と考えて良いでしょうか?
「そうではありません。国家に焦点を当てるという気はまったくないんです。あくまで個人的な問題を描きたかった。芸術家の持つ動かぬ信念や、強い意志、芸術を続けていく自由を求めて、母親、恩師、ひいては国家を裏切ることになったとしても、その運命を切り開いてダンサーとしての活路を自分の手にしていく、信念を大切にする思い。自己実現への勇気。自分を信じる力。ただただ、ヌレエフという一人の人間像を映画にしたかった。映画化の時期をいつにするか考えていましたが、今の時代にこそ、彼のような人物がいたことを次世代に伝えておかなければと、強く背中を押されました」
ファインズ監督渾身の『ホワイト・クロウ』は、19年には日本でも公開予定。最優秀芸術貢献賞という賞にあまりにふさわしい作品であり、納得です。
ちなみに本作には出演もしていて、ヌレエフの指導にあたるプリンシパル役ですが、お年を召した役柄で、もったいないほど地味です。でも必見!
過剰な開発が進むイスタンブールを描いた『シレンズ・コール』
次なるトルコの作品、『シレンズ・コール』に描かれるものは、まさに今のイスタンブール。世界中から観光客が訪れる古都、イスタンブールも今や、ビルが次々建設される巨大な都市へと変貌。その片棒を担ぎながらも、窒息状態で喘ぐ建築家の主人公は、昔なじみの女友達シリンが有機農場の生活に移住。魔法にかかったかのように、家庭も仕事も放り投げ彼女の後を追うけれど、次々と悪夢のように難題が降りかかってくる。まるでメビウスの輪のようなブラック・コメディ。今のイスタンブールとそこに生きる人々を自虐的に浮き彫りにしています。
──想像以上にイスタンブールの発展はめざましいようですが問題があるのでしょうか?
「都市化が進めば進むほど人々のストレスは増え、仕事も家庭も上手くいかなくなる。事実、イスタンブールの地上げとビル建設は、常軌を逸しているとしか私には思えてならないのです。まさにバブルですから、必ず破綻します。イスタンブールから逃げ出そうという人々が増えていることも事実。まさにこの作品の主人公のように」
──地震国ですが、映画に出てくるたくさんの高層ビルは大丈夫ですか?
「そこですよ、耐震のために建て替える必要があるというのは大義名分。その名目があるからどこでも地上げが可能なんです(笑)。1999年に大地震が起きた時の避難場所にもどんどん建てているので、次の大地震の時には避難する場所はないんです。5階建てビルを建て替えて20階にしちゃうのは、ただもう現在の経済効果しか考えていないわけで」
観る者に委ねたいと言う、ブラックな映画の結末
──日本も同じようなものです。それにしても、映画で観ると高速道路にはものすごい数の自動車が渋滞して全然動かない。怖いくらいの急成長ですね。私も何度か訪れたことのあるアヤソフィアなどモスクのある地域は世界遺産ですが、そういう寺院や古い建物は大切にされているのでしょう?
「改修や修復には極力お金をかけないようにしていますね。アナトリア地域の古い寺院の窓枠なんか、プラスチックで作ったりしているところもあるんですよ(笑)。とにかく経済第一です」
──ともあれ、寓話のような面白さで、アリ地獄のようなストーリー展開。でも、発展した場所では誰もがこうなる。逃げないで今を生きよう。ユートピアをめざしても、実は今いる場が本当のユートピアなんだという、自分を見つめ直せる映画ですね。現に、マタン監督もイスタンブールでお仕事を続けていらっしゃるし。
「ハハハ。それは、あなたがポジティブな方だからでしょう。絶望的で、希望のない映画だ、と言う人も少なくないですよ、トルコでは(笑)。でも、まあ、そうですね。悪あがきしても逃げ場なんてないんだ、と言うことを伝えたかった。それを絶望ととるか、次の運命を切り開くかは、この映画を観た人それぞれに委ねたいです」
初監督作品は低予算でブラック・コメディだったと語り、しかし、作るたびに大きいバジェットで作れるようになって来ていることを嬉しく感じていると言います。次回作についても、確実により大きい作品を作れそうだとも。もちろんまたブラック・コメディしか作らないそうですが。
東京国際映画祭に持って来ていただけるようお願いもしておきました。楽しみにしていますと。
国際色を最大限に活かした映画作品は、ドキュメンタリーでなくても、今の世界情勢やナショナリティが手に取るようにわかるメディアと言えます。
ちなみに、受賞選定について、審査委員長のブリランテ・メンドーサ監督の発言が印象的でした。
「審査委員によって、受賞結果は大きく変わるでしょう」
国際映画祭の意味と必要性が顕著に伝わる2018年の東京国際映画祭でした。
『ホワイト・クロウ』
監督/レーフ・ファインズ
製作/ガブリエル・ターナ
出演/オレグ・イヴェンコ、セルゲイ・ポルーニン、アデル・エグザルホプ、ロスルイス・ホフマン、レーフ・ファインズほか
2018年/イギリス/127分/カラー
配給/キノフィルムズ/2019年公開予定
公式サイト/white-crow.jp
(c)2019 BRITISH BROADCASTING CORPORATION AND MAGNOLIA MAE FILMS
『シレンズ・コール』
原題・英語題/「Son Çıkış」、「Siren's Call」
監督/ラミン・マタン
出演 /デニズ・ジェリオウル、エズギ・チェリキ、プナル・トレ
2018年/トルコ/93分/カラー
(c)Fortissimo Films
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