アラン・ドロンの名誉賞に感慨もひとしお
映画祭も半ばを過ぎて、前半の話題や注目作を紹介すると、やはり19日夜にドビュッシー劇場で授与式が行なわれたアラン・ドロンの名誉パルムドール受賞に沸騰中だ。
日本でも多くのメディアでその模様が伝えられたと思うが、現地フランスのテレビでは何度もオンエア。感涙に浸るドロン、スピーチに言葉を詰まらせるドロン、輝くばかりの若きハンサムぶりは消えたけど、白髪をかきわけて話す仕草は昔のまま。年を重ねて自信に満ちた男の貫禄が、その姿にあふれ出ていた。終始そばにいた若い女性は新しいパートナーと思ったら、娘のアヌーシュカだった。でも83歳であの若い娘とは。
その人生に関わった女性たちが授与式に映像で流された。ロミー・シュナイダー、ナタリー・ドロン、ミレーユ・ダルクら、そのほとんどがこの世を去っている。特に長年ドロンを支えて来たミレーユには感慨をひとしおのことだろう。そしてドロンは「ファンの皆さんが私をスターにしてくれた」としおらしく感謝の意を述べた。いろいろとあった一人の男の人生。その人間性にとやかく言う人はいるけれど、映画スターとしてはやはり栄誉賞を贈って当然のことだろう。特に日本のファンにとっては。
タロン・エガートンのパフォーマンスが素晴らしかった「ロケットマン」
さて前半の話題作は、まずは「ロケットマン」で、主演のタロン・エガートンのパフォーマンスが素晴らしい。幼いときから両親の愛を受けられず、ピアノから音楽的才能を開花させていったエルトン・ジョンの半生が、あのユニークな衣装とヒットナンバーの数々で綴られていくわけだが、エガートンのなりきり演技に全く違和感がない。「リトル・ダンサー」でも腕をふるったリー・ホールの脚本が功を奏して、苦難をはねのけて栄光をつかむ一人の男の人生が快く繰り広げられる。また「ボヘミアン・ラプソディ」で、途中降板したブライアン・シンガー監督に代わって作品を完成させたデクスター・フレッチャー監督の腕前もなかなかのもの。彼は音楽映画のツボを心得ている。
映画のプロデュースにも参加しているエルトン・ジョンは、リー・ホールにこれまでの半生を語り、何も制限をかけず自由に撮らせたという。ゲイのことも薬物依存だったことも、全てをさらけ出してくれた。そのエルトンが特別上映前のレッドカーペットに、スタッフ&キャストと共に現れて大歓声に見舞われたことはいうまでもない。さらに上映後のアフターパーティーでは、エルトンとエガートンが一緒にパフォーマンスを繰り広げたと伝えられる。とにかく素晴らしい出来上がりの「ロケットマン」は打ち上げ成功のようだ。
アルモドヴァルの新作は彼の半生を描いたもの?
前半のもう一本の話題作は、ペドロ・アルモドヴァル監督の「ペイン・アンド・グローリー」である。カンヌの常連監督である彼のこの最新作は、長年のハードワークで背中を痛めた映画監督の過去の回想と現在のドラマだ。その映画監督サルバドールにアントニオ・バンデラスを起用して、熟年期を迎えた男の心の内面を描き出していくわけだ。それは溢れる愛情を注いでくれた母との思い出、ゲイへの目覚め、映画との出会い、友人関係のもつれ、薬物乱用など。まるでエルトン・ジョンと同じ人生のようだが、母親の愛をたっぷり浴び、溢れるばかりの思慕があるのが違う。
その母親に扮したのがペネロペ・クルス。美貌を消して土臭い母親を好演するペネロペが実にうまい。実はアルモドヴァルの母親から役作りのためにいろいろ聞いたのだという。そのためだろうか、アルモドヴァルは彼女の演技に対して何も言わず、自由に演じさせたとか。ペネロペもバンデラスも、アルモドヴァル監督に見いだされて育ったようなもの。二人共すっかり成長して世界的スターになった。バンデラスもただのセクシースターから、ここでは渋い演技を見せて違えるほど。かつてのゲイ関係にあった友人と別れの熱いキスシーンまで演じて見せる。その相手役となるレオナルド・スバラグリアがこれまたセクシーなスペイン人男優。ちょっと注目だ。
これはまるでアルモドヴァル監督の自伝映画ではないかと思いがちだが、本人は否定する。たまたま作りたい映画がこうなったというが、過去の痛みをさらけ出しながら、溢れるばかりの母親への思慕に貫かれた「ペイン・アンド・グローリー」は評価の上々で、アルモドヴァル監督にそろそろパルムドールをもたらしてくれるかもしれない。