妻の浮気を知った夫が復讐計画に挑む愛憎劇の今作で、夫婦役での共演を果たした松尾スズキ監督×中山美穂のインタビューをお届けする。
松尾スズキの長編監督映画4作目となる今作で中山美穂が演じるのは、海馬五郎の妻で元女優の綾子。不思議な魅力を放つダンサーに心を奪われていく様を、大人の魅力たっぷりに演じている。
復讐コメディというジャンルに挑戦した2人が、撮影秘話やお互いについて、更に好きな映画などを語ってくれた。
松尾「中山さんのミステリアスなところが綾子にピッタリだなと思いました」
──綾子役を中山さんにオファーした理由からお聞かせ頂けますか。
松尾
「オファーする前の話になりますが、「平成細雪」(2018年)という中山さん主演のドラマに出演したことがあるんです。ただ、一緒のシーンが全くなかったので、ある日、監督が飲みの場を設けてくださって、そこで初めて中山さんとお会いしました。その時に“実はこういう映画を撮りたいと思っているんですけど、いまは宙に浮いている状態なんです”と今作の企画の話をしたら、中山さんがゲラゲラ笑ってくださって(笑)」
中山
「その時に“凄く面白そうですね。是非やりたいです”とお話したつもりなのですが…(苦笑)」
松尾
「その言葉は嬉しかったんですけど、普通は真に受けないですよね(笑)。でも、そのあとにパリ在住の友人から“いま中山美穂さんと食事中しているんだけど、松尾さんの映画が凄く面白そうだって言ってるよ”と連絡がきて、なんとその方は中山さんの友人でもあったんです。それでシナリオを事務所に送ったらすぐに“面白いですね”と中山さんから連絡を頂いて」
中山
「最初にお話を伺った時から興味がありましたし、台本を読んでも凄く面白い世界観だったので是非やりたいと思いました。ただ、過激なシーンを求められた場合に、果たして自分にできるだろうかと。そこに関しては結構悩みました。それだけじゃなく、“自分が参加することでこの作品を邪魔してしまわないか”といったことも含めて真剣に考えなければお受けしてはいけないとも思ったんです。でも松尾さんの“大丈夫です。絶対にいい作品にしますから”という言葉でチャレンジする勇気が湧いて、参加させて頂くことを決めました」
松尾
「とても悩んでらしたので、“思うほど過激じゃないですよ”とお伝えしたんです。だけど結果的に過激な作品にはなりましたね(笑)」
中山
「あははは!」
松尾
「なかなかハードルの高い役だと思いますが、中山さんが綾子を演じたいと言ってくださって本当に良かったです。僕の中で中山さんはずっとミステリアスな存在で、バラエティ番組にもあまりお出になられてないですし、日本にいなかった時期も長い。ご本人に向かってミポリンなんてとてもじゃないけど呼べませんよ(笑)。そのミステリアスなところが綾子にピッタリだと思いましたし、中山さんのお芝居がより作品に深みをもたらしてくれるという自信もありました」
──中山さんが演じる綾子はフランス映画に出てくる女優さんのような独特のオーラがあってとても素敵でした。
松尾
「静かに一人の女性を演じてくださったことで、僕が想像して書いたシナリオ上の綾子が見事にこの映画で再現されていました。特に最後のほうの綾子は完璧すぎて惚れ惚れしましたね」
──静かな綾子さんが、途中で夫の五郎にボコボコに殴られて、それなのにずっと笑い続けているという狂気的なシーンもあったのでとても驚きました。“こんな中山さんは今まで観たことない!”と(笑)。
中山
「フフフフ(笑)。あのシーンを思い出すと笑ってしまいますよね(笑)。後にも先にもああいうシーンに挑戦することはないと思ったので、とことんやってひたすら楽しもうという気持ちで挑ませて頂きました(笑)」
──コメディ要素もホラー要素もあり、復讐劇というシリアスなテーマも盛り込んでいるというひとつのジャンルに括れない不思議な映画ですよね。
中山
「クランクインする前に“この映画はどのジャンルに当てはまりますか?”と松尾さんに聞いたことがあるんですけど、“それがわかったら僕は映画を作らないし、この仕事はやってないと思います”といった答えが返ってきた、というエピソードをいま思い出しました(笑)」
松尾
「そんな偉そうなこと言いましたっけ?」
中山
「おっしゃってましたよ(笑)。その言葉に凄く感動したんです!」
松尾
「その場その場で生きているので、そんな事を言ったのかと自分に驚いています(笑)。僕は根本的に“笑えるものが作りたい”という考えではあっても、ただ笑えるだけの薄いコメディ映画を作ったことはないんです。今作を観てもわかると思いますが、おっしゃったようにコメディ要素もホラーの要素もありますよね。夫婦という樹海のような場所に迷い込んだ人間の姿を端から観ると、笑えるし悲惨にも思えるし、この人達って寂しそうだなと感じたりもします。結局のところ僕はそういうものを作りたいんだと思います。コメディと本質的なものの間にある何かを描きたいのであって、ひとつのジャンルに括られるような映画は作るつもりはないです」