戦地に実際に立ち会っているかのような究極の臨場感
本作は、第 72 回カンヌ国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞を受賞した映画『娘は戦場で生まれた』で世界の注目を集めた、未だ解決をみない戦地シリアの24時間を、舞台をアパートの一室に限定し、武器を一切持たない一般市民の女性の視点で捉えた緊迫のフィクション・ドラマ。
暴力を視覚化した衝撃描写であおる手法は避け、聴こえてくる音と住人の反応によって恐怖を伝える演出は、戦地に実際に立ち会っているかのような究極の臨場感を醸し出す。
戦争や兵器の映像を出さずとも、住人の心理的描写のみで、血も凍るような緊迫したサスペンス性を獲得した本作は、現在進行形のシリアの悲劇を世界に伝える役割を果たし、第 67 回ベルリン国際映画祭で見事、観客賞を受賞。その後も数々の映画祭を席巻し 18 冠を獲得している。まさに今こそ世界に伝えたい、終わらない悲劇の物語だ。
物語の舞台は、シリアの首都ダマスカス。未だ内戦の終息は見えず、アサド政権と反体制派、そしてISの対立が続いていたが、ロシアの軍事介入により、アサド政権が力を回復しつつあった。
そんな中、戦地に赴いた夫の留守を預かる女主人オームは、家族と共にアパートの一室にこもり、そこに身を寄せた隣人で、幼子を持つハリマ夫婦とともに、何とか生活を続けている。
ある日、ハリマの夫がレバノンの首都ベイルートに脱出するルートを見つけ、今夜こそ逃げようとハリマに計画を話していた。脱出する手続きをするために、夫はアパートを出て行くが、外に出た途端スナイパーに撃たれ、駐車場の端で倒れてしまう。
一部始終を目撃していたメイドのデルハンは慌ててオームに知らせるが、外に出るのはあまりにも危険である。助けに行くことはできない。デルハンはハリマに夫が撃たれたことを伝えようとするが、オームは彼女が狙撃されることを恐れて、デルハンを押しとどめる。ハリマにはまだ生まれたばかりの赤ん坊がいる。彼女を守るためにオームは苦渋の選択をするのだが…。
監督・脚本を務めるのは、ベルギーの社会派監督フィリップ・ヴァン・レウ。ルワンダ紛争での大量虐殺を描いたデビュー作「The Day God Walked Away」(09)に続く長編映画となる本作は、2012年に友人の父親が、シリア北部の都市アレッポの住居から 3 週間出られずにいたという話を聞いたことから、危機感を募らせ早急に映画化。
脚本の信憑性を増すため、シリア難民やシリア系の映画人による検証を重ね、現地の緊迫した家族の物語を、リアルに描き出している。
圧倒的な存在感、凛とした立ち居振る舞いで、死と隣り合わせの日常におびえる家族を強く導く女性主人を演じるのは、イスラエル生まれのパレスチナ人として知られる名女優ヒアム・アッバス。『シリアの花嫁』(04)、『ガザの美容室』(18) などの多数のイスラエル、パレスチナにまつわる映画に出演しつつ、『ミュンヘン』(05)、『ブレードランナー 2049』(17)などのハリウッド映画まで世界的に活躍している。
隣人ハリマ役は、『判決、ふたつの希望』(18)で、父親に敵対する弁護士役を熱演し賞賛を浴びたディアマンド・アブ・アブード。ヒアム・アッバスに勝るとも劣らない迫真の演技で、カイロ国際映画祭では主演女優賞を獲得した。
シリアにて
2020年8月22日 (土) より岩波ホールにてロードショー ほか全国順次公開
配給:ブロードウェイ
©Altitude100 – Liaison Cinématographique – Minds Meet – Né à Beyrouth Films