コロナ禍発生前と発生後で映画界はまったく違う風景に
2020年を振り返ると、2月までとそれ以降の景色が、まるで別の世界のように一変した。もちろんそれは新型コロナウイルスの感染拡大の影響。全世界で娯楽産業全体が予期せぬ、それも歴史的にみてもこれまでにないダメージを受けている。どんな感染予防対策を講じたとしても、目に見えないウイルス相手には無力で、産業そのものを止め人の動きを封じない限り、この禍は収束しないのは、疫病の歴史をみていても明らか。だが、国によっての対策は異なり、コロナ禍の全世界拡大から半年あまり経った2020年末、映画業界の経済は国によっての差が出始めている。
日本の映画業界では、政府や自治体からの要請による行動自粛と、劇場や劇場を有する施設の感染予防対策に頼っていることから、緊急事態宣言明けの5月末から徐々に劇場が復帰。いまだこの動きに対しては賛否があるものの、映画という娯楽が日本で一般化してから初めてとなる業界の危機を乗り越えるためには、映画館の復帰が先決だった、というのもうなずかざるをえない。
まずはコロナ禍前の状況から。今や遠い昔のような話に聞こえるが、2019年末公開の『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』と『アナと雪の女王2』が勢力を衰えることなく1月の興行を支えていた。その一方で、映画賞レースのスタートに伴い、『フォードvsフェラーリ』、『リチャード・ジュエル』、『1917 命をかけた伝令』などのオスカーを目指す作品群が続々公開。そんななかで健闘したのは、『ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密』や『ミッドサマー』などハリウッド中規模作品と、アカデミー賞を席巻することとなった『パラサイト 半地下の家族』だ。特に『パラサイト~』と『ミッドサマー』は上映週を重ねるごとに口コミが広がり、衰えるどころか成績をのばしまくる。
全国の映画館が営業中止という前代未聞の事態。再開後も上映する作品がない!
そして3月、コロナ禍のはじまり。『映画ドラえもん のび太の新恐竜』の公開延期発表から、続々と新作の公開延期が発表される。当然、劇場は営業続行しているため、上映作品が足りなくなり、それまでのヒット作『パラサイト~』と『ミッドサマー』などのスクリーン数を増やして、来場者数を保とうとした。
4月、政府より新型インフルエンザ特措法に基づく緊急事態宣言が出され、全国民が行動自粛、全国の映画館は営業中止という未曾有の事態となる。公開延期を発表した作品群の初日がいつになるのかわからぬまま過ごす興行関係者の不安は計り知れないものだったろう。その間に一気にシェアを伸ばしたのが、Netflixをはじめとする映像配信事業。特にNetflixは、3月から徐々に話題となっていたNetflixオリジナル『愛の不時着』、『梨泰院クラス』の韓流ドラマ2タイトルが、「#おうち時間」にフィット。2019年度の定額制動画配信サービスシェアですでにトップとなっていた同社だが、前述2作の牽引力やコンテンツの充実度が後押しとなり、自粛期間中に会員数を激増させたことはニュースにもなったほどだ。
5月25日に緊急事態宣言が解除されると、劇場も再開。がしかし、上映する新作がない。なにせ当時の日本は、外出もおそるおそるで、繁華街やモールに人が一気に戻ることはなかった。また、劇場側の感染予防対策も政府や自治体主導ではなく、劇場ごと独自のルールを手探りでしなければならなかったため、一般の人からすると「映画館って本当に行っていいの?」という不安もあっただろう。そんな状況では、ヒットさせなければならない新作をお披露目することはできなかった(ハリウッドの新作も、アメリカでのロックダウンの影響で供給がストップしていたため、新作は本国スタジオの決定待ちとなっている)。そのため、苦肉の策ともいえるのが、TOHOシネマズ主導の「午前10時の映画祭」のごとく、名作映画でスクリーンを埋めることや、スタジオジブリ作品の特別上映に興収を頼らざるをえなかった。
新作に飢えていた映画ファンが飛びついた「TENET テネット」など
そんな状況が約1カ月ほど続いたのち、ゲームチェンジとなったのは7月17日に封切られた新作『今日から俺は!!』。原作やドラマですでにファンが多かったタイトルとはいえ、想定外の大ヒットを記録する。封切り週末2日間の興収が6億円超、最終興収は50億円超という数字は、このタイトルには見合わない(公開前の配給側が目標としていたのは最終興収約10億円だったと聞く)。これを機に、一気に延期を発表していた新作が動き始めた。8月以降の新作公開のカギとなったのは『~ドラえもん~』。連載50周年、劇場版40作という節目の作品で、権利元・配給ともに大ヒットを目論んでいたため、スクリーン数を確保しなければならない。そのため、この作品の公開日が決まらない限り、他の作品の公開日も明示できない、という状況が続いていたのだ。
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また一方、『今日から~』のヒットからあぶりだされたのが、自粛明けで娯楽に飢えている人々。どんなにジブリや洋画名作が興収ランキングを彩ろうと、新しいものに飢えている映画ファンは新作に飛びつく、ということが透けて見える。そんなタイミングで、コロナ禍初となるハリウッド超大作『TENET テネット』が9月18日に公開。すると、想像通りぶっちぎりの1位スタート、初週興収7億円超を稼ぎ出す。しかも、IMAXや4DX・MX4Dのフォーマット推奨や、リピート必須の難解さから口コミが広がり、ロングランヒットを記録した。この禍がなくてもヒットした作品だったろうが、娯楽に飢えていた人には砂漠のオアシス。普段劇場に行かない層までを取り込むことに成功したといえるだろう。
邦画アニメ「鬼滅の刃」の記録的ヒットで映画館に灯りが戻ってきたものの……
そして、10月16日に公開された『劇場版 「鬼滅の刃」無限列車編』は、自粛期間中に映像配信でファンを殖やしていたことや、ハリウッド新作供給が止まったままでスクリーンが空いている劇場側の猛プッシュもあり、歴代興収ランキング2位まで成績を伸ばすこととなる(最終的に年末に「千と千尋の神隠し」を抜いて歴代1位に)。観客側も感染予防対策をしたうえで劇場鑑賞すること自体、抵抗がなくなってきたことで、映画館の灯が戻ってきたのだ。
とはいえ、『ムーラン』や『ソウルフル・ワールド』など、劇場公開を断念し、配信ストレートとなってしまった大作もあれば、2021年の公開予定がまだ定まらない『ブラックウィドウ』、『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』などの超大作群の先行きは不明のまま。日本以外の映画賞や映画祭についても、今後の感染拡大の状況次第では、さらなる延期や開催スタイルの変更を求められるだろう。いずれにしても従来の配給・興行のシステムは、見直すべきときにさしかかっていることはたしか。2021年は業界再編も含む、映画界の激変が起きる気がしてならない。