成田陽子
ロサンジェルス在住。ハリウッドのスターたちをインタビューし続けて40年。これまで数知れないセレブと直に会ってきたベテラン映画ジャーナリスト。本誌特別通信員としてハリウッド外国人映画記者協会に在籍。
名優ポール・ニューマンとの共演で大いに張り切っていた若手俳優時代
初めてダニエル・クレイグに会ったのは「ロード・トゥ・パーディション」(2002)で、ポール・ニューマン扮するアイルランド系のギャングの親分のひねた息子を演じた時。
「憧れのポールに会えるなんて、俳優として最高にラッキーな機会なのに、その上に彼と一緒に仕事が出来て、何というかハリウッドスターの心構えを目の当たりに学ぶことが出来た。周囲に気を使い、威張ったりせず、静かに自分の出番を待ち、時間を守るという基本的な姿勢を保って、その姿が崇高で、格調があって、僕にとってのゴール地点の存在だった」と健気に語っていた34歳。
「本物の俳優は常に向上し続けないと腐ってしまうと思う。以前と同じ様な役は極力避けて、ノーマルでない、キテレツで、異常なキャラクターの役とかを狙って行かないとね。僕はディメンションのある性格俳優としての道を歩んで行きたいと思っている」リーアム・ニーソンと同様に鼻が少し曲がっているのも性格俳優を目指す理由だったかもしれない。
リバプールで育ったのでプレミア・リーグのリバプールの熱狂的ファンで、同時に自分でプレーしていたせいもあって、ラグビーもフォローしていると熱っぽく話していたっけ。それから「シルヴィア」(2003)、「レイヤー・ケーキ」(2004)などなどで会見したが英国労働階級出身の気さくでいながら、ちょっと曲者的な陰影を持ち、しばしばサイズが小さすぎる様なシャツなど着て、肉体美をさりげなく自慢する俳優だった。
ボンドを演じる機会を逃した後悔よりハッピーな思い出し笑いをしたかった
そして「007/カジノ・ロワイヤル」(2006)でボンド役をゲット。
当初は、まだボンドを引退する気持ちはないとアピールしていたピアース・ブロスナンにおそらく敬意を表してクレイグは自分ではないと否定し続けていたが、結局制作側が発表。途端に激しい反抗の声が上がった。
「小さすぎる」(6フィートに満たない)「ブロンドのボンドなど考えられない。原作者のイアン・フレミングは常にダークな髪のボンドと書いていた」「ダニエルのボンド映画はボイコットしよう」おまけに撮影前のトレーニングで歯を2本折ってしまい「それ見たことか! こんな弱いボンドで良いのか」と否定的なファンの抵抗が続いた。クレイグはこう説明している。
「もちろん、考えに考え抜いた。この先20年経ってパブの片隅でボンドの役をするチャンスを逃してしまった、と後悔するより、やあ、ボンドをやってしまった、そして僕はハッピーだと思い出し笑いをする方が遥かにポジティブな決断になるだろうと考えたんだ」
ちなみにクレイグは2人目の純英国人ボンドなのである。コネリーはスコットランド、ジョージ・レーゼンビーは豪州、ティモシー・ダルトンはウェールズ人、ピアース・ブロスナンはアイリッシュ。さて最初の生粋の英国人は誰でしょう?そうですロジャー・ムーアでした。
最新のインタヴューは「ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密」(2019)で、ボンド映画ではないせいか、良く笑い、お気楽な面を見せてくれた。
「アンサンブルキャストは楽しいね。おまけにアメリカの探偵という役だから、南部訛りを練習して、TVシリーズで見た昔の探偵のイメージを重ねてみた。肩の力を抜いて演技するのは久しぶりだったから大いに楽しめた。ハリウッドのベテラン俳優たちとの昔話などを聴くのは僕にとっては大変なボーナスで、いろいろ学ばせて貰ったし」
そしてクレイグ最後のボンド映画「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ」(2021)がやっと公開された。監督は日系の異才、キャリー・ジョージ・フクナガ、あのラミ・マレックが悪党役、と才能たっぷりの曲者が勢揃い、クレイグ自身はちょっぴりセンチになっているそうだが、それも又、ドラマに陰影が重なり、大いに期待できそうだ。
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