こだわりは「60年代のソーホー」を「ソーホー」で撮ること
ーー本作のアイデアはいつごろからお考えでしたか?
脚本は2018年に書いたのですが、企画自体は10年くらい前からですね。プロットは9年前の時点でできていましたが、当時は『ワールズ・エンド/酔っ払いが世界を救う!』の製作に入っていたので、リサーチャーに60年代のことを調べてもらうことから始めました。60年代の感覚を情報として集めておきたかったんです。
ーーリサーチではどんなことを調べられましたか?
『ホット・ファズ ー俺たちスーパーポリスメン!―』『ベイビー・ドライバー』それに本作はしっかりリサーチしました。ほかはあんまり(笑)。『スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団』は原作がありますし、『ショーン・オブ・ザ・デッド』や『ワールズ・エンド』は自分たちの人生のことですから。
本作のリサーチでは、ソーホーという街のナイトライフ、性産業、犯罪業界などについて調べました。ソーホーには裏社会の「王」のような人たちがいて、腐敗した汚職警官と繋がっていたんです。そんな時代をもっと知りたくて情報を集めましたが、気持ちがザワザワするような内容が多かったですね。
ーーリサーチをもとに60年代のソーホーを再現されたと思いますが、どのような点に一番こだわられましたか?
本物のソーホーで撮影することですね。60年代のソーホーを舞台にした作品では、ほかの場所で撮影して当時の街を再現することも多かったと思うのですが、 “60年代のソーホー”を“ソーホー”で撮ると決めました。大変なこともありましたが、とても楽しかったですね。
ーー主演のトーマシン・マッケンジーさんとアニャ・テイラー=ジョイさんの演技が素晴らしかったです。どういった経緯でキャスティングされたのでしょうか。
2人ともこの映画をやる力があると思っていたんです。アニャには先に話をしていました。たしか2015年のことです。サンダンス映画祭で『ウィッチ』が上映されたときで、当時彼女は17歳か18歳くらいでした。最初は彼女にエロイーズ役をと思って話をしていましたが、数年経って「サンディ役の方が良い」と思って相談すると、幸運にも彼女が快諾してくれたんです。
トーマシンは『足跡はかき消して』(2018)で初めて観て、良い俳優だと思いました。『ジョジョ・ラビット』を観る前ですね。この2人なら絶対大丈夫だろうと思いましたね。
ーー特定のシーンの話になるのですが、エロイーズがロンドン初日にタクシーで怖い目に会います。あれはご自身の経験も反映されていますか?
私も共同脚本家のクリスティ(・ウィルソン=ケアンズ)も沢山そういう話を聞いたことがあったので、それを映画に入れたんです。もちろんロンドンの運転手さん全てがああした行動をとるわけではないですよ。ただ、新しい都市にナイーブであまり経験がない若い人が行ったときに、相手がふざけているのかそうじゃないのか判断しにくいことがあると思うんです。
特にエロイーズの場合は、おばあちゃんに気を付けるように言われていて、車を降りるしかなかったわけなんですが、やっぱりアグレッシブな行為には違いがないですよね。そういう意味で入れました。それとはまた別の話ですが、私自身20歳の頃にロンドンにやってきて、周りの人たちが自分より長けているんじゃないかなと感じたことはありますよ。
ーー話が変わるのですが、トーマシンさんのインタビューで「観た方がいい映画のリスト」を渡されていたと読みました。どんな映画が入っていたのか、少し教えていただけませんか?
映画のリストは役者陣だけでなくスタッフ全員に渡していました。「観なきゃいけない」というよりは「もしよかったら」という感じですよ(笑)。トーマシンは殆ど全部観てくれたみたいです!
タイトルでいうと、ジュリー・クリスティ主演の『ダーリング』(1965)とか、ミケランジェロ・アントニオーニ監督の『欲望』(1967)、テレンス・スタンプも出演しているケン・ローチ監督のデビュー作『夜空に星のあるように』(1967)などですね。
ーー本作にはそういった作品からの影響もありますか?
直接ストーリーに影響があったわけではありませんが、クリスティと脚本を書く中などで、当時の作品を観ることがすごく役立ちました。役者には言葉の使い方や演技のスタイルで参考になる部分があったと思います。当時のしゃべり方やテーマに慣れていくことにも役立ちますからね。ちなみに、映画を撮り終わった今も60年代の作品を観ています(笑)。
ーータイトルにされた楽曲「ラストナイト・イン・ソーホー」は、クエンティン・タランティーノ監督からおすすめされたそうですね。
そうなんです!『グラインドハウス』(2007)のころですが、彼の家に行ったときに流してくれた曲の一つなんです。『デス・プルーフ』で使われているDave Dee, Dozy, Beaky, Mick & Titchの「Hold Tight」を 「すごくいい曲だよね」と話したら、「この曲知ってる?」 と流してくれたんですよ。クエンティンはそのときに 「いまだ作られていない映画の最高のタイトルだ」 と言っていました。
映画のタイトルは何度も変わっていて、『レッド・ライト・エリア』とか、『ザ・ナイト・ハズ・ア・サウザンド・アイズ』とかも考えていました。既に他の作品で使われていたりして、いろいろと変遷する中で「ラストナイト・イン・ソーホー」があるじゃないか!と思い出してタイトルにしたんです。
タイトルを決めた時、クエンティンは『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019)の撮影で忙しそうでした。なので後で伝えることにしたのですが、「勝手に使っちゃったけど大丈夫かな」 と内心ドキドキでした(笑)。実際伝えてみると「ニュースで読んだ。全然気にしてないよ。」と言ってくれて。そして「実は、“未だ作られていない映画の最高のタイトル”と言い出したのは、僕じゃなくて友人のアリソン・アンダースなんだ」と教えてくれました。
映画のクレジットにクエンティンへの感謝は当初より入れるつもりでしたが、アリソンの名前も入れなきゃなと思いましたね。彼女に連絡をしたら、映画をすごく気に行ってくれたようで、「ラストナイト・イン・ソーホー」の7インチシングルを僕に送ってくれたんです!
それと、BFI(英国映画協会)でQ&Aをしたときに、この曲をつくったケネス・ハワードが来てくれて、いかにこの映画が気に入ったかを話してくれました。それ以降彼とはメールをするようになって、サイン入りの当時の楽譜もくれたということもお話ししておきます(笑)。
PROFILE
『ラストナイト・イン・ソーホー』監督・製作・脚本
エドガー・ライト Edgar Wright
1974年4月18日生まれ、イングランド・ドーセット出身。20歳のときに『A Fistful of Fingers』(95)を制作。限定公開ながら劇場公開もされた同作をきっかけにTVの世界に入り、「Spaced(原題)」(99~01)を演出。
その後、盟友サイモン・ペッグ&ニック・フロストと組んだ『ショーン・オブ・ザ・デッド』(04)、『ホット・ファズ ー俺たちスーパーポリスメン!ー』(07)、『ワールズ・エンド/酔っ払いが世界を救う!』(13)の“スリー・フレイヴァーズ・コルネット”3部作のほか、『スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団』(10)、アカデミー賞3部門にノミネートされた『ベイビー・ドライバー』(17)、キャリア初のドキュメンタリー『The Sparks Brothers(原題)』(21)といった話題作を次々と世に送り出している。
次回作は『バトルランナー』(87)をリメイクする『The Running Man(原題)』。
『ラストナイト・イン・ソーホー』は12月10日(金)全国公開
<STORY>
ファッションデザイナーを夢見るエロイーズ(トーマシン・マッケンジー)は、ロンドンのソーホーにあるデザイン専門学校に入学する。しかし同級生たちとの寮生活に馴染めず、街の片隅で一人暮らしを始めることに。新居のアパートで眠りにつくと、夢の中で 60 年代のソーホーにいた。そこで歌手を夢見る魅惑的なサンディ(アニャ・テイラー=ジョイ)に出会うと、身体も感覚も 彼女とシンクロしていく。夢の中の体験が現実にも影響を与え、充実した毎日を送れるようになったエロイーズは、タイムリープを繰り返すようになる。だがある日、夢の中でサンディが殺されるところを目撃してしまう。さらに現実では謎の亡霊が現れ、徐々に精神を蝕まれるエロイーズ。果たして、殺人鬼は一体誰なのか、そして亡霊の目的とは-
監督:エドガー・ライト
脚本:エドガー・ライト、クリスティ・ウィルソン=ケアンズ
製作:ティム・ヴィーヴァン、ニラ・パーク
出演:トーマシン・マッケンジー、アニャ・テイラー=ジョイ、マット・スミス、テレンス・スタンプ、マイケル・アジャオ ほか
配給:パルコ ユニバーサル映画
2021 年/イギリス/カラー/デジタル/英語/原題:LAST NIGHT IN SOHO/R15+
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