『フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元米国防長官の告白』(2003)より
人気バラエティ番組を多数手掛けた名プロデューサー吉川圭三さんが今まで影響を受けた映画の数々をを独自の視点で、溢れる映画への想いや、知られざる逸話とともにご紹介します。今回はドキュメンタリー映画界の神と呼ばれるエロール・モリス監督作品や、吉川さんが制作したドキュメンタリー映画についてもお話しいただきました。
カバー画像:『フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元米国防長官の告白』(2003)より

吉川圭三

1957年東京・下町生まれ。「恋のから騒ぎ」「踊る!さんま御殿」「笑ってコラえて」の企画・制作総指揮・日本テレビの制作次長を経て、現在、KADOKAWA・ドワンゴ・エグゼクティブ・プロデューサー。著書も多数あり、ジブリ作品『思い出のマーニー』では脚本第一稿も手掛ける。

Illustration /うえむら のぶこ

ドキュメンタリー映画の凄さと可能性

自慢めいた話になり恐縮だが、私はおそらく世界に稀なる膨大な数のドキュメンタリーを見て来た人間であろう。それは1990年に開始し今も放送中の「世界まる見え!テレビ特捜部」を立ち上げて演出をしていた約20年ほどの間に毎週約100本程のテレビや映画ドキュメンタリーを見て来たからだ。

いま、この業界を見るとやはり英米仏がほぼ独占的に世界的レベルの作品を作り続けている。動画配信サイトNetflixもこのジャンルに力を入れているが、彼らにさらに質と量の伴う作品を期待したい。ドキュメンタリーはジャーナリスティックなテーマ等を映像でじっくり描けるし、スタッフの密着でしか描かれない世界を我々に知らせてくれる。

Netflixで見た名作に「伝説の映画監督‒ ハリウッドと第二次世界大戦」(2017)がある。スティーヴン・スピルバーグ製作総指揮。第二次大戦中軍部の命令で5人のハリウッドの名監督が戦場に送られる。巨匠ジョン・フォードから喜劇の天才のフランク・キャプラほかのトップクラス。感性の鋭い彼らは惨い戦場を目の当たりにして“戦意高揚映画”に見せかけた戦争批判映画を撮る。今まで“面白い映画を作る事”だけに邁進して来た彼らはアウシュビッツ強制収容所などの地獄を見て、自分の内面や作風までも変わってしまうのだ。

一方『ロード・オブ・ザ・リング』(2001)のピーター・ジャクソン監督が第一次世界大戦を記録した膨大なモノクロフィルムを修復しカラー化した100分弱の作品『彼らは生きていた』(2018)もいい。戦場に向かう前の若者の明るい笑顔。しかし人類初の世界大戦には毒ガスや戦車や爆薬などの最新兵器が大量使用された。兵士たちの表情がどんどん変わって行く。

そしてもう一人。この世界で「ドキュメンタリー映画界のキューブリックやクロサワ」と呼ばれるエロール・モリス監督の『フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元米国防長官の告白』(2003)。米国の元・マクナマラ国防長官が主人公である。ハーバード大学MBAの超エリート。第二次大戦中の東京大空襲の綿密なプランを練った。自慢めいた口調で「我々は一晩で子供を含む東京市民を殺し、日本の67都市の5割~7割を殺した」とまるで原爆投下が2発で済んだのはこの空爆のおかげだ、とでも言うのか。戦後彼はフォード自動車に入社し業績を急上昇させ社長になる。ベトナム戦争ではジョンソン大統領の命を受けて空前絶後の空爆を実行する。あの戦争で340万のベトナム人が死んだ。劇場の大スクリーンで85才のマクナマラが「あれは大統領の命令だった」とサラリと言うところが心底怖い。

画像: 『フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元米国防長官の告白』(2003)より

『フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元米国防長官の告白』(2003)より

『フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元米国防長官の告白』

画像: 公開当時のチラシ

公開当時のチラシ

米国の中心から数々の戦争を見てきた、米国防長官R・S・マクナマラが人類のための“11の教訓”を語る。米国政権下で行われた、知られざる事実を明かし、2003年のアカデミー長編ドキュメンタリー映画賞を受賞。

監督:エロール・モリス
上映時間:1時間47分
制作年:2003
制作国:アメリカ

一方娯楽系では、米エンターテイメント界の帝王『シナトラ:オール・オア・ナッシング・アット・オール』が極上だった。闇の世界と関係があると囁かれていたフランク・シナトラがデビュー以来の秘密を明かす。プロデューサーはあのスピルバーグ作品を多く手がけて来た凄腕のフランク・マーシャルである。また、変わり種作品では弁護士の仕事で富を得たフレデリック・ワイズマン監督。彼は多作で“パリのオペラ座”やセクシーなレビュー“クレイジーホース”や“英国の至宝 ナショナルギャラリー”などを定点観測で見事に描く。大スクリーンで見る醍醐味もあり、弁護士が道楽でやってるとは言い難い。

後はリアルな犯罪事件を描いたクライムものというジャンルもある。Netflixの「ジェフリー・エプスタイン:権力と背徳の億万長者」(2020)は超ド級の代物だった。財を築いたエプスタインは未成年の女性に背徳の行為をしつつ、米英政財界の著名人をとある彼所有の島に招待し少女に性的なサービスをさせる。やがて彼は逮捕され不審な自殺を遂げる。被害女性のインタビューもふんだんにありドキュメンタリーというジャンルの強烈さを知らしめた作品であった。

最後に不詳・私が作った作品で好評だったのは「直撃せよ!2016年文春報の裏側」(2016)。文春サイドと打ち合わせした時に私は「編集部に3ヶ月密着させて欲しい」と頼んだ。当時の新谷編集長は「うーん。機密事項も沢山あるので」と唸った。「記者の方への音声インタビューだけでも。そしてそれを映像化する。どうでしょうか?」と粘ったら「それはいい。あのアカデミー賞を獲った『スポットライト 世紀のスクープ』(2015)みたいですね」こうしてほとんどの記者に取材して某映画監督に映像化して貰った。そして最後に識者の“文春砲批判”も入れた。日本ではドキュメンタリーは一部を除いて「オワコン」的な扱いを受けているが、欧米では映画館の大スクリーンで大々的に公開される立派な映画ジャンルである。という訳でドキュメンタリー映画にはまだまだ大いなる可能性があると確信するのである。

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