<歩く>姿が記憶に残る映画がある。スクリーンを見つめる私たちがその姿から受け取るのは、どうも目的地へ向かう彼らの姿だけではない。どこへ続くともわからない道、天気をも含めたその街並みやまだ知りえぬ風景は、ときにその姿が台詞よりも雄弁に語っていることを思い知る瞬間がある。

分かりやすいクライマックスやアクションシーンでは決してないものの、一定のリズムで”歩く”姿は、単なるシーンの“繋ぎ目”ではないのだろう。歩いて、歩いて、ひたすら歩く。そのリズムの先にカメラが捉えるものとは。春めいて、街歩きにちょうど良くなった季節にあわせ、そんな<歩く>姿が印象的な映画をピックアップしてご紹介しよう。

『ビフォア・サンライズ 恋人までの距離』(1995)

『6才のボクが大人になるまで。』のリチャード・リンクレイター監督によるラブストーリー。イーサン・ホーク、ジュリー・デルピーの2人のキャストはそのままに、のちに本作より9年後の彼らの姿を描いた続編「ビフォア・サンセット」、13年にはさらに9年後を描いた「ビフォア・ミッドナイト」も製作され「ビフォア」シリーズとして知られている。

Photo by Castle Rock Entertainment/Getty Images

偶然同じ列車で出会った見ず知らずの2人がウィーンの街に降り立ち、夜明けまでの限られた数時間を一緒に過ごす。歩きながら交わす、時に他愛なく、時に哲学的な会話の数々。数時間後の別れを知りつつも同じ感覚や異なるところなど徐々に互いが知り合い惹かれていく様子がありありと。

『エレファント』(2003)

99年、米コロラド州のコロンバイン高校で起きた銃乱射事件を題材に『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』『マイ・プライベート・アイダホ』のガス・ヴァン・サント監督がデヴィッド・フィンチャーやリドリー・スコットら錚々たる名匠と組んできた撮影監督ハリス・サヴィデスとともに実験的なアプローチで描き03年のカンヌ映画祭でパルムドールと監督賞を史上初のダブル受賞を果たした『エレファント』。

カンヌ国際映画祭時の監督とキャスト Photo by Stephane Cardinale/Corbis via Getty Images

生徒役の出演者は皆プロでない俳優未経験の実際の高校生によるもので、台詞はなく彼らの即興で行われた。他愛もない会話や校庭を横切り、廊下を通る教室への移動、彼らの何気ない日常が浮遊感あるカメラワークで切り取られ、痛ましい事件の起こる犯行当日の校内でかすかに交錯しすれ違っていくさまを淡々と捉えていく。

『わたしに会うまでの1600キロ』(2014)

画像: 主人公を演じたリース・ウィザースプーン Photo by Frank Trapper/Corbis via Getty Images

主人公を演じたリース・ウィザースプーン 
Photo by Frank Trapper/Corbis via Getty Images

人生には、バカなことをしなきゃ、乗り越えられないときがある。 たった一人で3ヵ月間、米パシフィック・クレスト・トレイルの1600キロの山道と砂漠を踏破するという旅で、人生をリセットしようとした女性の実話を描く『わたしに会うまでの1600キロ』(原題『Wild』)。

リース・ウィザースプーンが製作・主演を務め『ダラス・バイヤーズクラブ』「ビッグ・リトル・ライズ」のジャン=マルク・ヴァレ監督が映画化。第87回アカデミー賞<主演女優賞/R.ウィザースプーン><助演女優賞/ローラ・ダーン>がノミネート。

母の死に耐え切れず、夫を裏切り、ドラッグと男に溺れて結婚生活を破綻させ自暴自棄に陥ったシェリルは、かつての自分を取り戻すため、無謀ともいえる旅に出ることを決意。厳しくも雄大な大自然に命の危険にさらされながらもその過酷な道程の中で自分自身と向き合っていく。

『アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ 監督自主検閲版』(2021)

第71回ベルリン国際映画祭<金熊賞>を受賞したルーマニアの鬼才・ラドゥ・ジューテ監督の日本劇場初公開の注目の最新作。ルーマニア・ブカレストの有名校の教師であるエミは、夫とのプライベートセックスビデオが意図せずパソコンよりネットに流出。生徒や保護者の目に触れることとなり、保護者会のための事情説明に校長宅へ向かっている。

画像: 『アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ 監督自主検閲版』(2021)

エミはブカレストの街をまるで漂流するかのようにショッピングモール、薬局、本屋、と歩みを止めずに進んでいく。彼女の抱える不安や苛立ちは世界が同時に経験したパンデミックの閉塞感そのもののよう。行き交う人々のみならず、街全体に漂う猥雑で、汚れ、怒りを孕んだ空気が徐々に膨れ上がっていく・・・。

ひとりの女性に降りかかった不運をいいことに他人が群がり明るみに出る人間の性、繰り返される愚行の歴史、留まることのないこの鬱憤を、ラドゥ・ジューテ監督は痛烈で皮肉めいたメッセージとともに軽やかに提示してみせる。

『アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ 監督〈自己検閲〉版』
4月23日(土)シアター・イメージフォーラム他全国順次ロードショー
配給:JAIHO
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