人はだれかと出会うことで人生が変わります。よき出会いで才能の芽が出たり、花が咲くことも―。そんな名コラボを英国の映画人の作品を通じて紹介します。まずはオスカーでも話題を呼んだ『ベルファスト』の監督、ケネス・ブラナーが登場。実力派女優たちとのコラボを2回に分けてプレイバック!

大森さわこ

映画評論家。数多くの英国俳優・監督たちにインタビュー。自身の英国文化の原点はザ・ビートルズ。「トミー」ケン・ラッセル監督のロンドンの学会メンバー。
著書『ロスト・シネマ』(河出書房新社)、訳書『ウディ』(キネマ旬報社)など

オスカー受賞作『ベルファスト』の監督&女優

監督・俳優のケネス・ブラナーのキャリアを振り返ると、ふたりの女優が浮かぶ。ひとりは、長年、コンビを組んできたジュディ・デンチ。もうひとりは、かつて公私ともに渡るパートナーだったエマ・トンプソン。ここではブラナーのアカデミー脚本賞受賞作『ベルファスト』にも出演した<英国の至宝>ジュディ・デンチとの歩みを追いたい。

監督・製作・脚本を担当した今回の新作でオスカー初受賞となった時、ブラナーは壇上で「これは暴力や喪失に直面しつつも、希望と喜びを求める物語です」とスピーチをした。『ベルファスト』はアイルランドの宗教紛争を背景にしたヒューマン・ドラマ。国の分断や紛争などが起きている今の時代に見ると、より現実感のある温かい家族の物語になっている。

画像: 主人公、バディの一家は地元の映画館にみんなで出かける Ⓒ2021 Focus Features, LLC.

主人公、バディの一家は地元の映画館にみんなで出かける
Ⓒ2021 Focus Features, LLC.


舞台は1969年の北アイルランド・ベルファスト。かつての監督の体験も下敷きにした作品で、主人公は9歳の少年、バディ(ジュード・ヒル)。平和に思えた街にいきなり爆弾が落ちて街が破壊され、カソリックとプロテスタントをめぐる宗教紛争が起きる。

そんな中、少年は新しい世界にめざめ、イングランドに出稼ぎに出ている父(ジェイミー・ドーナン)は一家での移住を考え始める。母(カトリーナ・バルフ)も家族の今後を思い悩む。

ジュディ・デンチが演じるのは、少年の祖母グラニー役。祖父、グランパ(キアラン・ハインズ)は今も彼女のことを愛していて、胸がときめいた初デートの話を幸せそうに話す。そんなロマンティストの夫にあきれつつも、思い出のダンスにつきあう。

画像: 『ベルファスト』のグラニー(左)、バディ(中央)、グランパ(右) Ⓒ2021 Focus Features, LLC.

『ベルファスト』のグラニー(左)、バディ(中央)、グランパ(右)
Ⓒ2021 Focus Features, LLC.

劇中ではグランパの悲しい出来事も描かれるが、彼女は泣いたりしない。ブラナーによれば、祖母の「けっして感傷に浸らない部分」をデンチに演じてほしかったそうだ。グラニーは紛争が深まる街で別の場所への移住を考える息子たちを温かくも冷静に見つめる。

グラニー役のデンチには、達観したような眼差しがあり、新世界へ踏み出そうとする家族に「けっして後ろを振り返ってはいけない(Don't look back)」と語りかける。厳しい時代の中で前に進もうとする一家に心からの言葉を送るグラニー。この場面にはじんわり胸を打たれる。

ブラナーとデンチの友情のはじまり

俳優、監督として活躍するブラナーは1960年生まれ。名門の演劇学校、RADA(英国演劇アカデミー)を首席で卒業し、80年代は伝説の舞台『アナザー・カントリー』(1982)をはじめ多くの舞台作品で活躍。シェイクスピア劇も得意で、彼の戯曲の映画化『ヘンリー五世』(1989)も話題を呼んだ。

1934年生まれのデンチは“デイム”の称号も持つ英国の至宝。60年代から映画にも出演しているが、主な活動の場は舞台で、シェイクスピア戯曲を代弁する女優として評価されてきた。映画は『恋におちたシェイクスピア』(1998)でエリザベス女王を演じて60代にしてオスカー初受賞。映画女優としては、すごく遅咲きだった。

そんな彼女が同じく“シェイクスピア愛”あふれるブラナーと出会ったのも、まさに運命の導き。英国で出版されたデンチの自伝“And Furthermore”(W&N刊、2012年版)によると、初めて会ったのは1985年。BBC制作のイプセンの戯曲『幽霊』のドラマ版で母子を演じた時だったという(共演は『ハリー・ポッター』シリーズのマイケル・ガンボン)。

画像: 『ベルファスト』の撮影現場で談笑するブラナーとデンチ Ⓒ2021 Focus Features, LLC.

『ベルファスト』の撮影現場で談笑するブラナーとデンチ 
Ⓒ2021 Focus Features, LLC.

ドラマの内容はダークだったが、現場では冗談がとびかい、食事場面で巨大なポテト料理が出てきて、一同、笑いがとまらなかったとか。「みんなとすごく楽しく仕事ができた。それがケンとの長い友情の始まりだった」とデンチは本の中で回想する。

彼女によれば、ブラナーとの仕事はいつも笑いの連続で、あまりにも笑いすぎて、仕事に集中できないのが、悩みのタネらしい。ふたりはユーモアのツボが似ているのだろう。

映画ではブラナーが演出家、デンチが俳優という立場だが、ブラナーの劇団、ルネッサンス・シアターの公演『から騒ぎ』(1988)や『怒りをこめてふり返れ』(1989)ではデンチが監督にまわり、俳優を演出したという。

シェイクスピア夫妻を演じた『シェイクスピアの庭』

ふたりは1992年にBBCのラジオ・ドラマ版『ハムレット』で共演したこともあった。ブラナーがハムレットで、デンチはハムレットの母親ガートルード役。日本ではブラナーとデンチのコラボ作は映画を中心に考えてしまうが、英国では舞台やテレビ、ラジオと多岐にわたる。30年以上にわたる友情は映画以外の仕事も通じて築かれてきた。

ブラナーのシェイクスピア映画では、『ヘンリー五世』(1989)、『ハムレット』(1996)などにデンチは出演。最近のコンビ作で特に印象的だったのは『シェイクスピアの庭』(2017)だろう。演劇界から引退したシェイクスピアの晩年に焦点が当てられた家族の物語である。

画像: 『シェイクスピアの庭』予告編 www.youtube.com

『シェイクスピアの庭』予告編

www.youtube.com

ブラナー自身がシェイクスピア役で、頭をそり上げ、髭を伸ばし、有名な肖像画にそっくり。かなりの化け演技だ。デンチは彼の年上の妻アン役。主人公は他界した幼い息子のために庭を作り始める。主人公は芝居に明け暮れ、現実生活を放置してきたという設定だが、精力的に仕事をしてきたブラナーは彼にどこか自身を重ねて演じたのかもしれない。

妻は20年間、家をあけていた夫に複雑な思いを抱き、最初はつれない。しかし、庭作りを通じてふたりの距離も縮まる。ブラナーとデンチの実際の年齢は25歳以上離れているが、夫婦役も不思議と違和感がない。シェイクスピア作品に、長年かかわってきたふたりが、シェイクスピア夫妻という設定も興味深い。

ブラナーのすべての家族を演じる

『シェイクスピアの庭』のデンチはブラナーの妻役で、ラジオやテレビ等では母親役、そして、『ベルファスト』ではブラナーの分身的な少年の祖母。彼のすべての家族を演じてきた。

ふたりが一緒にいるオフの映像を見ると、いつも笑いあっていて本当の家族のように温かい空気が伝わる。現在、80代後半のデンチは目が悪くなり、脚本を読むことができないそうだが、そんな彼女のためにブラナーは『ベルファスト』の台本を読み上げ、デンチを感動させたといわれる。

画像: グラニー役のデンチの演技が深い余韻を残す Ⓒ2021 Focus Features, LLC.

グラニー役のデンチの演技が深い余韻を残す

Ⓒ2021 Focus Features, LLC.

「ケンにとって大切な物語で、彼の人生の一部。そんな映画に出演できて本当にうれしい」とデンチはウェブ版“Newsweek”のインタビューで語る。

これまでデンチは8回オスカー候補(うち受賞は1回)となっているが、ブラナー作品でのノミネートは今回が初めて。『ベルファスト』は作品賞・監督賞も含め、7部門で候補となり、ブラナーは脚本賞も受賞。名コンビにとって特に意義深い作品となった。

そして、デンチ演じるグラニーに捧げられた美しいエンディングは、見た人の記憶にいつまでも刻まれるだろう。

Vol.2の名コラボは「ケネス・ブラナー × エマ・トンプソン」になります。

「ベルファスト」2022年3月25日(金)より
TOHOシネマズ シャンテ、渋谷シネクイント他にて全国公開中
配給:パルコ ユニバーサル映画
Ⓒ2021 Focus Features, LLC.

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