人気バラエティ番組を多数手掛けた名プロデューサー吉川圭三さんが今まで影響を受けた映画の数々をを独自の視点で、溢れる映画への想いや、知られざる逸話とともにご紹介します。今回はジブリの巨匠「宮崎駿」の愛して止まない映画とお気に入りの俳優にについて語っていただきました。

吉川圭三

1957年東京・下町生まれ。「恋のから騒ぎ」「踊る!さんま御殿」「笑ってコラえて」の企画・制作総指揮・日本テレビの制作次長を経て、現在、KADOKAWA・ドワンゴ・エグゼクティブ・プロデューサー。著書も多数あり、ジブリ作品『思い出のマーニー』では脚本第一稿も手掛ける。

Illustration /うえむら のぶこ

映画の巨匠が推奨する作品とは?

映画の巨匠は他の監督のどの作品を推奨して来たか? 一部の巨匠は雑誌等の取材に答えており出典が明らかな場合はネットでも信頼できるが、怪しい情報も数多く存在する。「黒澤明が選んだ100本の映画」(文藝春秋社)は娘の和子さん編集なので信頼が出来る。意外な作品を絶賛している貴重な資料で、黒澤監督と世界の巨匠達との交流も描かれている。

そして、ある日、僕はジブリの鈴木敏夫プロデューサーに「宮崎駿監督はどんな映画が好きなんですか?」と聞いてみた。鈴木さんは貧乏ゆすりをしながら煙草を燻らせ「実は宮さんはとても変わった映画の見方をするんです。ある日、半日ほど時間の余裕が出来たとする。すると新宿辺りの映画館を回って邦画洋画6・7本見るのですがこの鑑賞法が実に変わってる。とにかく予備知識なく1館で30分程見ると他の映画館に行ってまた30分程観る。4時間ほどかけて。こんな感じなんですよ」私はその時、宮崎監督ともなると“誰の真似も引用もしないんだ”と思ったものだった。ただ鈴木さんが監督の対外的なイメージを守るため、会った人から必ず聞かれる「宮崎監督はどんな映画が好むか?」と言う質問に対して、実話だと思うがそんな答えを用意していたのかも知れないと思った。

ただ、最近のある日突然、そんな状況に突破口が開いたのである。賛否両論の『大怪獣のあとしまつ』(2022・三木聡監督)が“天下の怪作”と騒がれているが、ある宮崎監督に近い関係者K氏より「怪作と言えば橋本忍監督の『幻の湖』(1982)はメガトン級の怪作で吉川さん程の映画好きは観るべき」と来た。

橋本忍と言えば日本のレジェンド脚本家である。『羅生門』(1950)『生きる』(1952)『七人の侍』(1954)『日本のいちばん長い日』(1967)『日本沈没』(1973)『砂の器』(1974)『八甲田山』(1977)等の超ド級の脚本家である。その巨匠が原作・脚本・監督と入魂の作品として制作したのが東宝50周年記念映画『幻の湖』である。

内容は愛犬を殺されたソープ嬢の復讐劇に戦国時代と宇宙空間を結びつけた大怪作である。私はK氏にこう返信した「この作品はまだ、観ていないのでDVDを入手してみます。ところで思うにボンドシリーズの『007は二度死ぬ』(1967)もトンデモない怪作ですよね」「実はね、吉川さん。宮崎駿監督はあの映画の脚本を凄く評価しているんですよ」… “おっと、宮崎監督の映画の嗜好を物語る話が出てきた” と私は胸躍らせた。

『007は二度死ぬ』

監督:ルイス・ギルバート 上映時間:1時間57分
製作年:1967 製作国:イギリス/アメリカ

画像2: ジブリの巨匠 宮崎駿監督の好きな映画と俳優を発見…!【連載:吉川圭三の墓場まで持っていきたい映画】

米ソの宇宙ロケットが、次々と行方不明になる事件が発生。事件に関与する謎の組織が日本にある事をイギリス情報部が突き止め、ジェームズ・ボンド(ショーン・コネリー)を調査の為、日本に派遣する。ボンドは日本の情報機関のタイガー田中(丹波哲郎)と犯罪組織の秘密基地に潜入するが…。

『007は二度死ぬ』は1967年に公開された日本を舞台にした活劇である。原作者のイアン・フレミングが日本を訪れ非常に気に入り原作小説を書き世界的な短編小説家でもある友人のロアルド・ダールに脚本を依頼した。ダールはあの『チャーリーとチョコレート工場』(2005)の原作者であり、著名な「あなたに似た人」は毒に満ちている。

ただ、脚本家ダールは友人フレミングの原作小説を全編に渡って改造し、映像的見所満載の脚本に仕上げてしまう。ボンドは冒頭で女性とベッドにいる時に銃で撃たれ、特殊な棺桶に入れられ香港の港の水中へ埋葬される。ボンドは生きていて水中で潜水艦に収容され、日本に潜入する。

日本で接触するのは公安警察トップのタイガー田中(丹波哲郎)である。丹波は赤い地下鉄“丸の内線”を改造して個人の移動用に使っている。国技館で横綱と会うが、その力士が情報源というのが凄い。カーチェイスではトヨタのスポーツカーで逃げるボンドに黒いクラウンが銃撃しながら追って来るのだが、巨大へリを無線で呼んで電磁石で敵の車を吊り上げて東京湾に沈めてしまう。秘密基地に潜入するために、ボンドは頭髪や目の色を変えられ日本人に変装し基地の近くの島の漁民となり日本人妻(浜美枝)と結婚する。劇中の超小型ヘリコプターも本物を作ってしまったのか実写である。

丹波哲郎(1922〜 2006)

画像3: ジブリの巨匠 宮崎駿監督の好きな映画と俳優を発見…!【連載:吉川圭三の墓場まで持っていきたい映画】

「007は二度死ぬ」でショーン・コネリーと競演、国際俳優といわれ、外国映画を含めて300本以上の映画に出演。日本の俳優・芸能プロモーター・心霊研究家。

まさに、これは妄想作家ダールの真骨頂で今見ても面白いし、宮崎監督の『ルパン三世 カリオストロの城』(1979)や『天空の城ラピュタ』(1986)の見所満載の活劇場面を彷彿とさせる。この映画の準主演であらゆる役をこなし撮影現場を明るいオーラで盛り上げる名優・丹波哲郎に惚れ込んだ宮崎駿と鈴木敏夫は2002年公開の『猫の恩返し』で丹波を声優として起用している。

また宮崎監督は他のDVDも所有してないのに丹波が脇役で登場し大いに活躍する『たそがれ酒場』(1955・内田吐夢監督)だけは鈴木に入手を依頼した。声優としてジブリに訪れた丹波は現場で働くスタッフを見て「ここはいいところだなぁ!気に入った!毎日来たい!」と大声で言ったと鈴木敏夫は証言している。丹波哲郎マニアの宮崎監督がその様子を見て涙ぐんでいた事は想像に難くない。

Photo by GettyImages

前回の連載はこちら

This article is a sponsored article by
''.