成田陽子
ロサンジェルス在住。ハリウッドのスターたちをインタビューし続けて40年。これまで数知れないセレブと直に会ってきたベテラン映画ジャーナリスト。本誌特別通信員としてハリウッド外国人映画記者協会に在籍。
すでに撮影現場では異変が起きていたというブルースの症状
今年の3月の末に突然ブルース・ウィリス引退のニュースが。
この数年間「アフェイジャ」APHASIA(失語症)と呼ばれる高次脳機能障害に冒されていて、家族、友人、アントラージュ(お付きの人々)、共演者たち、監督を始めとする撮影のクルーはずっと彼を思いやって、この悲劇的な事実を隠していたと言われる。
最近の撮影は長くて4日、無駄な緊張を避けるために自宅の近く、長いセリフ無しなどなどの条件を出して、それでもブルースの名前がポスターに載るとそれだけで作品が売れる効果もあって、大勢の人々にサポートされながら仕事をこなしていた。ゴーサイン無しで銃(空砲)を発砲したことも数回あり、ブルースの娘役を演じた若手女優は恐怖に慄いていたという証言もあるほどに、かなり危険な状況もあったようだ。
監督たちはブルースにイヤープラグを付けて代役がセリフを送り、アクション場面はほとんどボデイ・ダブルが手がけていたと言う。あのタフガイのブルースが失語症!なんて誰も信じたくないだけに、何とも哀しいニュースであった。
ブルースに初めて会ったのは超人気テレビシリーズ「こちらブルームーン探偵社」(1985~89)に主演していた1988年頃。当時33歳の彼はちょっと生意気でヤケにイキがっている探偵の役がぴったり、共演のシビル・シェパードと余り仲が良くないという噂をもみ消すようにシビルの魅力を強調していた。
あの「スマーク」SMIRK(せせら笑い)─スマイルとはちょっと違う─ を浮かべる表情が既に評判で、歌手としてもアルバム「リターン・オブ・ブルーノ」を発売、有名な「アンダー・ザ・ボードウォーク」は大ヒット。長いことバーテンダーをしていただけにちょっと下世話なジョークを連発してはゲラゲラと笑ったり、片言のドイツ語を披露したりとパブで一緒に飲む仲間のようだった。
父親が軍人だったため西ドイツに駐留中にドイツ人の女性との間に生まれ、ニュージャージーで育ったのだが、あまり子供時代の話はしたがらない。どこか一匹狼のような雰囲気があって、それに効果を加える独特なドライなユーモアのセンスが彼のキャラクターのエッセンスだと言えよう。
世界的に有名になった『ダイ・ハード』(1988)とその続編(1990)の後、自分で脚本を書いた『ハドソン・ホーク』(1991)があまりヒットせず、『薔薇の素顔』(1994)は当時セクシー女優と騒がれたジェーン・マーチと共演したもののこれも不発に終わり、やっと『ダイ・ハード3』(1995)で挽回した。
この頃のブルースは「不愛想なスター」をわざと演出しているようでカメラマン泣かせの、「モノを頬張る」「下を向いたり、横を向いたり正面を見せない」ポーズばかり取ったりして「トラブルメーカー」の評判が出てきた時。実際におしゃベりすると楽しくて、面白い話をしてくれるのだが「まともな会見」に出てくると途端に反抗児の精神が噴出するようだった。スキンヘッドがトレードマークになって、触っても良いよと言われて、すべすべの頭の形の良さに感嘆したのも懐かしくも微笑ましい思い出である。
最後に会った時は質問に対して短く答えるばかりだったが……
『アルマゲドン』(1998)の時は後輩のベン・アフレックを息子のように可愛がっている様子が、当時娘3人の父だった彼の別の側面を覗かせていたし、『シックス・センス』(1999)では、監督のM・ナイト・シャマランと意気投合したようで「あんなにシャープなセンスの監督は初めてだ。短い時間の仕事だったが、脚本を読んで全く予期しないエンディングにショックを受け、死んだ人間を演じるという感覚を持たないように演技をするのに苦労した。新鮮な挑戦だったね」とエキサイトして、すぐにシャマランの次作『アンブレイカブル』(2000)の主演に応じている。
最後に会ったのは『ミスター・ガラス』(2019)で再びシャマラン監督の作品に出た時、相変わらずの素っ気なくて、短い返答ばかりだったが既に失語症に悩まされていたとは夢にも思わず、いつもの「インタビューなぞ、しゃらくさい!」の自然体のブルースだとばかり思っていた。ジャック・ニコルソンが台詞が覚えられないからと俳優を引退したのは73歳の時。何と言っても悔やまれる67歳のブルースの今回の引退宣言、休業だったら良いのにと願うばかり。
ちなみに再婚してさらに2人の娘が生まれ、5人の娘と前妻のデミ・ムーアと今の奥方、合計7人の女性の連名による「引退のお知らせ」を読んだ時、さぞブルースが照れるであろうなと勝手に想像してしまいました。
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