緊張感みなぎるクライム・スリラー
現代のヨーロッパを代表する名匠のダルデンヌ兄弟、『4ヶ月、3週と2日』でカンヌ映画祭パルムドールに輝いたクリスティアン・ムンジウ、『或る終焉』で知られるメキシコの俊英ミシェル・フランコがプロデューサーとして参加し、テオドラ・アナ・ミハイ監督の劇映画デビューとなった本作。犯罪組織に誘拐された娘を奪還するため、命がけの闘争に身を投じた女性の実話をベースに、ごく平凡なシングルマザーの主人公がたどる想像を絶する運命を映し出す。
年間約6 万件(推定)の誘拐事件が発生するメキシコを舞台に描かれた、このセンセーショナルにして骨太な社会派ドラマは、決して裕福ではない庶民が犯罪組織に搾取され、警察にも取り合ってもらえない非情な現実を描き出す。全編にわたって主人公シエロの視点でストーリーが展開し、観る者を誘拐ビジネスの闇の奥深くへと誘い、この世のものとは思えない理不尽な暴力が渦巻く光景を目撃させていく。入念なリサーチが重ねられた、リアリスティックな眼差しに貫かれた映像世界の強度に息をのまずにいられない。母の深い愛情と強い怒りを描いた衝撃作であり、並外れた緊迫感がみなぎるクライム・スリラーが誕生した。
主人公シエロのモデル“ミリアム・ロドリゲス”とは?
主人公シエロのモデルとなったのが、娘を誘拐されたのちに殺害されたミリアム・ロドリゲス。復讐の為たった一人で麻薬カルテルに挑み、犯人たち10 人を監獄へと追いつめることに成功した実在の女性。2012 年、当時20 歳だった娘のカレンを誘拐されたミリアムのもとには、犯人から脅しの電話が繰り返され、要求された高額の身代金を銀行でローンを組み工面し支払ったが、娘は解放されず、解放を約束された墓地で暗くなるまで待っていたという。
そこでミリアムは娘を誘拐した犯罪組織<ロス・セタス>のリーダー格の男に会い、娘を解放して欲しいと直接懇願した。しかし男は「組織は誘拐に関与していない。2 千万ドルを払えば娘を見つける手助けをする」と言い張り、ミリアムは男に追加の金を支払ったが一週間後には男と音信不通となり、代わりに誘拐犯を名乗る他の男たちから「もう少しだけ金が必要だ」と追加で金を要求する電話がかかってくるように…。家族は一縷の望みをかけて要求された金を払い続けたが、ついに娘は戻ってこないまま、誘拐から2 年後の2014 年に大量の死体の中から娘のカレンの遺骨が見つかった。
ある日を境に、ミリアムは犯人たちへの復讐を決意したという。髪を短く切って赤く染め、世論調査員や医療従事者、選挙管理人のふりをして犯人たちの名前や住所を調べ、犯人たちの祖母やいとこに近づき情報を集めていった。犯人のなかには故郷に戻って敬虔なクリスチャンとして過ごしている男もいたが、ミリアムは男の祖母に近づき男が通っているという教会を聞き出し、ミサに参加していた犯人の男を見つけ出して警察に引き渡した。教会のなかで男を捕らえたとき、男は慈悲を乞いたが、「娘を殺したとき、お前の慈悲心はどこにあった?」とミリアムは言い返したという。また別の犯人は、ミリアムがリーダー格の男に会った際に無線から漏れ聞こえた名前から男のSNS を見つけ出し、一年にわたり彼のSNS を監視し続け交友関係を紐解いていき、ついに男が路上で花売りをしていると情報を掴んだミリアムは銃を持ってすぐに現場へと向かい、逃亡する男を追いかけて捕らえ、警察へと引き渡すまでの約1 時間のあいだ「動いたら撃つ」と言って犯人の背中に銃を押し付け続けていたという。
そうしてミリアムは、娘の誘拐殺人事件に関わった犯人のうち、生存しているほぼ全員となる10 人もの犯人を逮捕へと追いつめた。正義を求めるミリアムの鬼気迫る行動は、組織の報復を恐れて見て見ぬふりをしてきた街の人々に大きな衝撃を与え、多発する犯罪に苦しむ市民を熱狂させ被害者たちを勇気づけた。しかし面目をつぶされた組織の方もそのまま黙ってはおらず、最後の犯人を捕まえた数週間後の2017 年の母の日に、自宅前で十数発もの銃撃を受けミリアムは報復のために殺された。ミリアムが立ち上げた行方不明者の家族を支援する団体は息子が引き継ぎ、今も活動が続けられている。
本作の監督テオドラ・アナ・ミハイは、生前にミリアムと話した際に聞いた「毎朝、起きるたびに、この拳銃で自殺するか、人を撃ちたいと思う」という言葉に衝撃を受け、なぜ彼女がそんな過激な感情を持つようになったのかを知りたいと思い、彼女の物語を撮ることを決めたといい、「彼女とその他多くの犠牲になった方々へのリスペクトから、この映画がポジティブな変化をもたらすことを願っている」と本作に込めた想いを語っている。
この度解禁された特別予告では、娘を誘拐されたシエロが娘を取り返すために奔走する様子が、母親・シエロの視点から描かれている。身代金を支払ったが娘は解放されず、警察や友人に話しても相手にされずに「ひどい目に遭っても誰も助けてくれない」と憤る。テレビで若い女性の遺体が発見されたというニュースを見て不安に駆られ、手段を選んでいる暇はないと、軍と協力しながら娘を探し始めるが、最初は被害者だったシエロ自身が、いつの間にか悪意に満ちた暴力の渦の中に巻き込まれることに…。どんなに凄惨な光景を目にしても、決して諦めないシエロは「娘のためなら何だってやる」と一人闘い続ける―。想像を絶する人生を歩んだ母親の実話を基に生み出された、並外れた緊迫感がみなぎる本作を、ぜひ劇場で観て頂きたい。
『母の聖戦』
【監督】テオドラ・アナ・ミハイ
【出演】アルセリア・ラミレス、アルバロ・ゲレロ、アジェレン・ムソ、ホルヘ・A・ヒメネス
【配給】ハーク
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