「ソレとヘジュンのようなプラトニックな愛は珍しいですが、
きっと世の中のどこかにはあると信じています」
ーータン・ウェイさんは、脚本が出来上がっていない段階で役を引き受けたそうですね。
「オファーをいただいたあと、監督のオフィスに行ったら脚本家のチョン・ソギョンさんもいらっしゃったんですね。そのときに、本作がどういう物語になるのかを、お二人が1時間半ぐらいかけて丁寧に説明してくださったんです。とても興味深い内容に心惹かれまして、すぐに『お引き受けします』とお返事しました」
ーー本作を観終わったあと、しばらくソン・ソレのことを考えていたのですが、“なぜあんなことを?”と疑問に思うことばかりでなかなか理解できませんでした。タン・ウェイさんはソレという役をどんな風に捉えて演じられたのでしょうか?
「中国出身のソレが、過去にどのような状況に置かれていたのかが劇中で少し明かされますよね。これは少しネタバレになってしまうかもしれませんが、中国にいたときに、ソレは高齢の母親の苦痛を早く取り除くために、とある方法で母親の命を断ってしまいます。この行為は人間の限界を越えているので、その経験からソレは“平凡な女性”から“世の中との間に塀を築いて暮らす女性”へと変わっていったと思います。彼女は誰も自分のことを理解できないと知っているので、何事も一人で耐えてきたのでしょうね。私たちは映画を通してソレに感情移入はしても、おそらく完全に理解することは難しいと思います。そんな気持ちで演じていました」
ーー本作を鑑賞して、“純粋な大人のラブストーリーを描いている”と感じたのですが、タン・ウェイさんは容疑者のソレと刑事であるヘジュンの関係性をどう思いましたか?
「二人のような関係性になることは、不可能ではないと私は思います。例えば、現実に起こることのほうが“信じられないほどにドラマチック”に感じることもあるじゃないですか。もちろん、ソレとヘジュンのようなプラトニックな愛は珍しいですが、きっと世の中のどこかにはあると信じています。いま話しながらふと思ったのですが、“プラトニックな恋に落ちている人たちは、実生活の中で大きな欠乏を感じているのでは?”という気もします。満ち足りていないからこそ、突然出会った誰かに好感を持ち、相手に深くハマり、その関係を通じて精神の欠乏を埋めているのではないかと。本作のソレとヘジュンはお互いに欠乏を埋め合っているので、二人だけの世界を築いていくんですよね」
ーーだからこそプラトニックな愛であり、お互いが精神的に満たされているのですね。
「そう思います。ソレとヘジュンが築いた二人だけの世界は、終わりが見えないほど大きいともいえますし、逆に二人の間に入る隙間がないほど小さいともいえます。このような愛はロマンチックで美しく、危険でスリル満点ですよね(笑)」
ーーロマンチックすぎて“羨ましい”とすら思ってしまいました(笑)。
「わかります(笑)。おそらくソレとヘジュンは時間があれば心の中でお互いの姿を思い浮かべていたはずで、それなのに一線を越えないのが不思議ですよね。ヘジュンが事故が起きた山に登って真実を探すシーンがありますが、あれはソレに対する自分の心に急ブレーキをかけようとしたんじゃないかなと思うんです。それなのに逆に“地獄のような愛”に深くはまっていってしまう。そんな二人を見て思ったのが、悲劇的な愛のほうが記憶に残りやすいということでした。だからこそ多くの観客の心を動かし、この物語にリアリティを感じていただけるのかもしれませんね」
ーー本作の現場を通して、パク・チャヌク監督について感じたことを教えていただけますか。
「この作品は、パク・チャヌク監督がこれまでに手掛けてきた映画のスタイルとは全く違うタイプの捜査ものであり、メロドラマです。監督とご一緒するまでは『オールド・ボーイ』、『渇き』、『お嬢さん』のようなハードなスタイルの作品の印象が強かったのですが、実際にお会いしてお話ししたらとても愉快で、繊細な面もあって、柔らかいカリスマ性を持っている方だと感じました。あと、服のセンスもユーモアの感覚もとても素敵なんですよね。現場では、いつも笑みを浮かべながら私とパク・ヘイルさんを眺めていました。そして、まるですべてを知っている保護者のように、ソレとヘジュンの心情を話し、お芝居を導いてくださいました」
ーー記者会見などの監督とのやり取りを見ていると、和やかなムードが漂っていて、素敵な現場だったことが伝わってきました。
「ありがとうございます。そういえば、カンヌ国際映画祭の記者会見のときに、『パレでの公式上映が終わった瞬間、「パク・チャヌク監督、ありがとうございます。監督のおかげで私の人生の一部が完成しました」と言ったほどです。今回の経験は、そうとしか言えません。本当に感謝しています』とお話ししたんですね。そしたら監督が、幼い子供たちが冗談まじりに使う「反射」という言葉(“お返し”というような意味)を使って『僕からも同じ賛辞をタン・ウェイに捧げます。本当に彼女と仕事ができて幸せに思います』と言ってくださったんです。そのときは「反射」の意味がわかっていなかったのですが、もし知っていたら監督とハイタッチをしたと思います(笑)。とても可愛らしい言葉で表現してくださったのが嬉しかったですし、その一言からも監督のチャーミングなお人柄がわかりますよね」
ーー貴重なエピソードをありがとうございます。では最後に、タン・ウェイさんにとって最も印象に残っている映画館でのエピソードをお聞かせいただけますか。
「小学生の頃、『焦裕禄』という映画をクラスメートと一緒に映画館に観に行ったのをよく覚えています。鑑賞中に、突然小さなすすり泣きが聞こえたので振り返ったら、同じクラスの男子生徒が嗚咽していたんです。その男の子のことが私は好きだったので、“泣きすぎでは?”と、ちょっと戸惑ってしまいました(笑)。その少しあとに、台湾映画の「ママ、もう一度僕を愛して!」を劇場に観に行ったのですが、自分でも引くぐらい泣きすぎてひどい姿になりました(笑)。いま振り返ると、どちらもいい思い出ですね」
(インタビュアー・文/奥村百恵)
<STORY>
岩山の頂から転落した男の事件を追う刑事ヘジュンは、被害者の妻ソレを容疑者として監視する中で、次第に彼女に特別な感情を抱き始める。捜査を続けていく中で少しずつ距離を縮めていくふたり。やがて事件解決の糸口が見つかり、事件は解決したかに思えた。しかし、それは相手への想いと疑惑が渦巻く“愛の迷路”のはじまりだった……。
『別れる決心』
TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開中
監督:パク・チャヌク
脚本:チョン・ソギョン、パク・チャヌク
出演:パク・ヘイル、タン・ウェイ、イ・ジョンヒョン、コ・ギョンピョ
提供:ハピネットファントム・スタジオ、WOWOW
配給: ハピネットファントム・スタジオ
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