カンヌ国際映画祭で75周年記念大賞を受賞した『トリとロキタ』を携え、ベルギーの名匠、ダルデンヌ兄弟監督が来日。SCREENONLINEのインタビューに応えてくれました。

姉弟と偽って2人きりで生きる移民の少年と少女が追い詰められていく

『トリとロキタ』
Tori et Lokita
3月31日(金)公開
製作国=ベルギー、ベルギー 2022年度作品 1時間29分 ビターズ・エンド配給
監 ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ
出 パブロ・シルズ、ジョエリー・ムブンドゥ、アウバン・ウカイ、ティヒメン・フーファールツ
(c) LES FILMS DU FLEUVE-ARCHIPEL35-SAVAGE FILM-FRANCE 2 CINEMA-VOO et Be tv-PROXIMUS-RTBF(Television belge)

画像: 姉弟と偽って2人きりで生きる移民の少年と少女が追い詰められていく

『ロゼッタ』『ある子供』『少年と自転車』などの傑作の数々を生み出してきたベルギーの名匠ジャン=ピエールとリュックのダルデンヌ兄弟が新たに挑んだ問題作で、カンヌ国際映画祭では75周年記念大賞を受賞。アフリカからベルギーにやってきた移民の少年少女がたどる苦難の道を描く。主演は演技初体験のパブロ・シルズ、ジョエリー・ムブンドゥで、2人を囲んで『アイダよ、何処へ』のアウバン・ウカイらプロの俳優が共演する。

 地中海を渡ってベルギーに流れ着いた少年トリと少女ロキタは本当は血は繋がっていないが、互いを支えあい強い絆で結ばれ、姉弟として暮らしていた。祖国の家族への仕送りもしているロキタはドラッグの運び屋をしていたが、偽造ビザを手に入れ正規の仕事がしたいために、さらに危険な闇組織の仕事を始めることに……。

「こんなことがあってはならない」という憤りからこの映画を作ることに

 カンヌ国際映画祭で2度もパルムドール(最高賞)に輝き、さらに同映画祭のグランプリ、監督賞、脚本賞など主要な賞をほぼ制覇しているジャン=ピエールとリュックのダルデンヌ兄弟監督。母国ベルギーのみならず現代映画界を代表する名匠ともいえる彼らが、またもやカンヌで75周年記念大賞というビッグタイトルを受賞した新作『トリとロキタ』の宣伝で来日。インタビューに応じ、本作への思いなどを熱く語ってくれました。(Text 米崎明宏 撮影 久保田司)

 世界的名匠で高いインテリジェンスを感じさせるのに、親しみやすい物腰のダルデンヌ兄弟は、質問に対してもわかりやすく二人で交互に答え、兄弟対等な様子を見せてくれた。

──『トリとロキタ』はアフリカ移民の幼い二人が固い友情で結ばれながらも、就労ビザが下りないためにベルギーの闇社会に巻き込まれていき、壮絶に危険な状況に陥るという過酷な物語ですが、本作を作ろうとしたきっかけはどういうものでしたか。

「三年ほど前に読んだ記事で、アフリカから保護者もないままにヨーロッパに流れ着いた子どもたちが数百人単位で行方不明になっているという事実を知りました。18歳までにビザが取れないと強制送還されるので、16~17歳の子供たちはビザが取れないとわかってくると途端に闇社会に消えてしまい、最悪の場合は命を落とすのです。こんなことはあってはならないし、人々が無関心なことにも憤りを感じたのが製作のきっかけです」

と兄ジャン=ピエールがいきさつを教えてくれた。そして弟リュックが欧州の難民の状況について語ってくれる。

「難民のことは話題には上がりますが、地中海で難民を乗せた船が難破したとか、飢饉で欧州に流れてきた難民たちを収容する施設が足りないとか、そんな時にメディアがニュースを流すといった感じです。でも同時に極右政党が私たちに恐怖を焚きつけてきます。特に若い難民について恐怖心をもっと持つべきだとかね」

画像: 「こんなことがあってはならない」という憤りからこの映画を作ることに

闇社会の描写は知人からリサーチしたものを生かした

──トリとロキタを演じたパブロ・シルズとジョエリー・ムブンドゥがとてもリアルな演技を見せてくれますが、彼らももしかしてトリやロキタと似た境遇だったのですか。

「彼らはトリやロキタと全く違います。彼らの親たちは全く違う状況でベルギーに来たので、彼ら自身の背景を映画に取り込むことはありませんでした」とジャン=ピエール。

「2人は住んでいる町も離れていて撮影で出会うまでまったく知らない間柄でした。でも毎日同じセットでリハーサルをして、一緒に食事もしていたら慣れてきますよね。冒頭のベッドの上下で追いかけっこをするシーンなど、身体的な動きを主にしたシーンを一日中やっていると分かり合うことができます」とリュックが補足してくれる。

──ロキタが送り込まれる大麻工場が出てきますが、あのセットはどのように作ったのでしょう。あなた方がそういう世界のことに詳しいタイプとは思えないですが(笑)。

「まず大麻のことを担当している警察の知人にいろいろリサーチしました。マフィア組織の構造がどうなっているかということも含めて。彼らは大麻で年間160万ユーロを稼ぐそうです。もちろん大麻はベルギーでも違法です」と兄弟とも苦笑しつつ教えてくれた。

──主人公の行動を追いかける移動撮影がいつも見事です。

「ステディカムは動きがなめらかすぎるので使っていません。メインの撮影者が左右にハンドルのついたカメラを持って、それを動かしながら被写体を追うのです」と身振りもつけてジャン=ピエールが説明してくれる。

「その上にカメラを釣るような縄がついていて背後からアシスタントがそれをコントロールします」とリュックも特殊な撮影方法の解説を続けてくれる。「被写体の動きの後ろから撮影するので、次に起きることを観客も一緒に体験する感じになるのです」

撮影現場での二人の役割は、はっきり分担されているわけではなく、質問への答え方のように共同作業として行っているそうで、「二人でよく話し合って撮影に臨みます。人物像からシチュエーション、アクションからカット割りまできっちり論じて、リュックが家で脚本を書いてきたものを私に見せて、またゆっくり話し合うという感じです」とジャン=ピエールが明かす。

画像: 闇社会の描写は知人からリサーチしたものを生かした

ラストについては議論することもなく最初から決めていた

──キャリアの当初から様々な社会的問題を映画で取り上げ、いつも驚かされますが、本作ではさらに酷い社会の闇を告発していますね。母国ではあなたたちの作品はどのように迎えられていますか。

「こういう映画を絶対に観ないという人もいますが、ベルギーでは観客の反応は良かったです。学校で授業として生徒に見せるというケースもあります。問題は極右政党が移民に対してもっと恐怖心を抱くようにと煽ってくることです。そんな必要はないのにね。政治の方も微妙で移民を擁護すると投票数に影響が出るのかもしれませんが、積極的に動いてくれません。でもこれはEUレベル、あるいは日本でもどこでもそうかもしれませんが、法律を変える必要があると思います。その国にやってきた移民が職に就けるような教育を受けて、ずっとそこに住めるようにすべきです。日本の皆さんにもぜひこの映画を観てもらって何かを感じてもらえればと思います」これは二人とも同意見で繰り返し強調していた。

──(ネタバレになるので詳しく言えませんが)本作のラストには驚かされました。でもあなたたちはそれでも希望はあるとおっしゃるようですが、その理由は?

「このラストは脚本を最初に書いた時点から決まっていました。迷いはありませんでした。二人で議論することもなかったですね」とジャン=ピエール。

さらにリュックが「これはロキタのトリに対する強い友情を表わすラストです。奴隷のように扱われ、仕事をしてもビザがもらえないロキタはトリを何としても最後まで守ろうとする。彼女のその行為自体に希望があるのです」と続けた。

画像: ラストについては議論することもなく最初から決めていた

お気に入りの日本映画がいっぱい!

 映画の本質が社会的難問を描いているので話題は固くなりがちだが、監督たちはそれをあまり深刻にならないように伝えてくれるところに人柄が見える。最後に趣向を変えてお気に入りの日本映画がありますかと尋ねてみると、「最近の作品では『ドライブ・マイ・カー』」とジャン=ピエールが切り出すとリュックが「小津安二郎の『晩春』、溝口健二の『山椒大夫』、黒澤明の『デルス・ウザーラ』」と次々古典を挙げ、「私もそれらは大好きです!」と兄も身を乗り出して「是枝裕和の『誰も知らない』、青山真治の『EUREKA』、黒沢清の『トウキョウソナタ』!」「成瀬巳喜男の『女が階段を上る時」も!」と兄弟そろって映画フリークぶりを見せてくれた。

画像: お気に入りの日本映画がいっぱい!

PROFILE
兄ジャン=ピエールは1951年4月21日、弟リュックは1954年3月10日にベルギーのリュージュ近郊で生まれる。二人で75年にドキュメンタリー製作会社を設立。86年から長編劇映画を撮るようになる。長編劇映画第3作『イゴールの約束』(96)がカンヌ国際映画祭で賞賛され、第4作『ロゼッタ』(99)で初のパルムドールを受賞。以後もほぼ3年ごとにカンヌで新作を発表し、主要な賞を次々受賞している。

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