オノレ・ド・バルザックが冷徹に描いたのは、社会を俯瞰し、そのなかで翻弄されるさまざまな人間像。44 歳で書き上げた「人間喜劇」の一編、『幻滅̶̶メディア戦記』を映画化した本作。
主演のリュシアンを演じたのは、フランソワ・オゾンの『Summer of 85』で日本でも大きな注目を浴びたバンジャマン・ヴォワザン。オゾン作品とは打って変わり、初のコスチューム劇で、純粋な青年が野心と欲望に惑わされ堕落していく過程を見事に演じきった。また、リュシアンの先輩格として彼を教育していくジャーナリストを演じるのは、『アマンダと僕』のヴァンサン・ラコスト。
この度、打算的な人々が集まり、生き馬の目を抜くようなパリの都とマスメディアの世界で、現代でいうフェイクニュースやステルスマーケティングがこの時代から横行していた驚きの事実が明らかになる本編映像が解禁された。
文学を愛し、詩人として成功を夢見る田舎の純朴な青年リュシアンは、憧れのパリに、彼を熱烈に愛する貴族の人妻、ルイーズと駆け落ち同然に上京するが、宿に置いていた貯金も盗まれてしまう。切羽詰まったリュシアンは、カルチェラタンにあるビストロでなんとか給仕の仕事を見つける。店の常連である、ジャーナリスト、エティエンヌに、ある日意を決して自分を売り込むリュシアン。芸術を批評する仕事に憧れるリュシアンにエティエンヌ(ヴァンサン・ラコスト)は、「俺の仕事は株主を裕福にすること。この世界では人に恐れられるか、無視されるかだ」と嘯く。
放送大学教授の野崎歓先生は、当時マスコミの世界でしのぎを削るジャーナリズム関係者たちについて「パリが十九世紀ヨーロッパの首都と称されるほどの活況を呈したのは、そこが地方からやってきた若者たちにがむしゃらな“やる気”を抱かせる場所だったからこそだろう。逆に言えばパリは、ひたむきに明日を夢見るうぶな若者たちをむさぼり喰らうことで巨大都市へと変貌していったのだ。」と分析する。
若きバルザック自身も田舎からパリに出てきて作家を目指しながらもなかなか成功できない時代があり、当時成長期を迎えていたジャーナリズムでのライター稼業で身をすり減らしたという。「その経験を彼はそっくりリュシアンに託し、打算と偽りに満ちた活字メディアの舞台裏をこれでもかと描き
出したのである。映画だけ見ると、グロテスクな誇張が過ぎるのではないかと思われるかもしれない。だがそれぞれの細部は原作におけるバルザックの克明な描写に忠実である。」と、原作ファンも納得の出来になっていると太鼓判を押す。
本作のメガホンを取ったグザヴィエ・ジャノリ監督は、「時代が移り変わっていくスピードなど、ダイナミックなムーブメントを生み出しながら、登場する人々の人生、悲劇と喜劇を結びつけたい」と風刺に富んだ、極上のエンターテインメントを生み出した。『幻滅』は全国公開中。
『幻滅』
4月14日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町他全国公開中
配給:ハーク
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