被害を訴えるも、取り合ってくれない警察
都会を離れて田舎で過ごすスローライフに夢を抱き、スペインの山岳地帯ガリシア地方の小さな村に移住したフランス人夫婦のアントワーヌとオルガが主人公となる本作は、名作『わらの犬』(71/サム・ペキンパー監督)でも描かれた“田舎と都会の対立”がテーマ。2010年の発覚から裁判が終わるまでの8年間多くの新聞が報道するなど、スペイン全土に激震が走った実際のある事件をベースに映画化されている。第37回ゴヤ賞で最優秀映画賞、最優秀監督賞など主要9部門受賞し、スペインで2022年に公開された独立映画の興行収入1位を獲得。その後も、第48回セザール賞最優秀外国映画賞
をはじめ、世界で56の賞を獲得(2023.8.25時点)するなど好評を博した。
スペインの山岳地帯ガリシア地方の小さな村に移住したフランス人夫婦のアントワーヌとオルガは、慎ましくも仲睦まじく充実のスローライフを送っていた。しかし、隣人兄弟のシャン&ロレンソは都会からやってきた“よそ者”のこの夫婦をよく思わず、村を取り巻く風力発電の誘致問題への賛否もからみ両者は激しく対立。アントワーヌたちは兄弟からたびたび嫌がらせを受けるようになる。
この本編映像は、アントワーヌ(ドゥニ・メノーシェ)がたまらず地元の警察に訴え出る様子を捉えたシーン。アントワーヌは、村の男たちで集うバーで投げかけられた差別的な発言や、庭に置いてある椅子に繰り返しいたずらをされたこと、そしてその犯人がシャン兄弟であると警官たちにあくまでも冷静に訴える。しかし彼らは、その証拠がなく「ただのご近所トラブルでしょう。あまり大げさにしない方がいい」と、事態を矮小化し取り合ってくれない。その「注意しておきます」という言葉をよそに具体的な取り締まりがされることもなく、この後、夫婦が手塩にかけ育ててきた野菜が壊滅的なダメージを受けるなど、兄弟による嫌がらせはますます加速していくことになる――
本作は、スペインの小さな村サントアージャに移住したオランダ人夫婦マーティンとマルゴの身に起きた2010年の実際の事件をベースに映画化されており、脚本も務めたロドリゴ・ソロゴイェン監督は「この出来事には、人の心を強く揺さぶる映画を作るために必要な要素があるのではないかと直感的に思ったんです」と強い関心を持ち、事件を調べ始めたという。
その事件に強い影響を受け作られた本作の舞台となる過疎の村について「アントワーヌとオルガが住む村は少しずつ過疎化が進んでいて、地元の住民は外国人を疑いの目で見ています。世間に対して怒りを抱く2人の兄弟が、この外国人夫婦に対しても憤りの思いを持つようになるのです。地元の人間とよそ者の対立、“私はここの出身で、あなたは違う”という祖国に対する争いです」と対立のベースとなるものを説明。
さらに「アントワーヌとオルガは都会の人間です。それもヨーロッパの都市部出身。一方シャンたち兄弟は、自分たちの村から出たことがありません。私たちは、何百年も前から歴史のあちこちに見られるお互いへの恐怖や不信感を表現しようと思いました。ヨーロッパの都会人と、スペインの田舎の人間というと、後者がより無知で迷信深く、都会人の方が優れていると考える人が多いかもしれませんが、彼らの対立を浮き彫りにしていくためには、前者と後者では与えられる機会が不公平なほどに違うということや、人の視野が広がるためには、文化が不可欠であるということも表現したかったのです」とこの対立を描き出す上での狙いを語っている。
『理想郷』
11月3日(金・祝)よりBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、シネマート新宿ほか全国順次公開
配給:アンプラグド 後援:駐日スペイン大使館、在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ
© Arcadia Motion Pictures, S.L., Caballo Films, S.L., Cronos Entertainment, A.I.E,Le pacte S.A.S