カバー画像:Photo by Getty Images
今回のオスカーでは新たな日本映画の記録が生まれるかもしれない
第96回アカデミー賞では、『君たちはどう生きるか』の長編アニメーション映画賞、『PERFECT DAYS』の国際長編映画賞、『ゴジラ-1.0』の視覚効果賞の3部門で日本映画がノミネートされ、映画ファンならずとも日本中で話題を呼んでいる。
このうち、『君たちはどう生きるか』『ゴジラ-1.0』はノミネーション発表後、評価が急上昇しており、受賞も夢ではなくなってきている上に、日本人アーチストの受賞まで枠を広げると、『マエストロ:その音楽と愛と』でカズ・ヒロ(辻一弘)がメーキャップ&ヘアスタイリング賞でノミネートされており、本命視されている。
ということで、今回のオスカーはまれに見る日本作品、日本人受賞ラッシュが目の前で実現するかもしれない、という意味でもますます注目度がヒートアップしていくのは間違いなしと言えそう。
そこで、これまでアカデミー賞では、どんな日本映画が受賞したり、候補になったりしたのかをおさらいしておこう。
『ゴジラ-1.0』がノミネートされた視覚効果賞は日本映画では今回初めて候補になった部門。ビッグバジェットで作られた大作が有利な部門だが、ここで破格の低予算(ハリウッド作品に比べて)で作られたゴジラのクオリティの高さが評価されている。
一方『君たちはどう生きるか』がノミネートされた長編アニメーション映画部門(2001年度から設立)では、同じ宮﨑駿監督の『千と千尋の神隠し』(2001)が見事に受賞を果たしているのを始め、宮﨑作品は『ハウルの動く城』(2004)『風立ちぬ』(2013)も候補に挙がった。
さらにジブリ作品では『かぐや姫の物語』(2013)『思い出のマーニー』(2014)『レッドタートル ある島の物語』(2016)もノミネートされ、常連と言ってもよさそうな好成績を残している。ジブリ以外では細田守監督の『未来のミライ』(2018)が挙がったこともあり、この部門は日本の得意分野と言えそうだ。
またヴィム・ヴェンダース監督が日本の資本で製作した『PERFECT DAYS』がエントリーされている国際長編映画賞部門では、これまでに滝田洋二郎監督の『おくりびと』(2008)、濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』(2021)が受賞している。
そしてこの部門がまだ名誉賞と呼ばれていた1950年代には、黒澤明監督の『羅生門』(1950)、衣笠貞之助監督の『地獄門』(1953)、稲垣浩監督の『宮本武蔵』(1954)といった映画史に残る名作が次々と受賞しており、日本映画黄金時代の勢いを感じさせる。
候補になった作品も『ビルマの竪琴』(1956)『永遠の人』(1961)『古都』(1963)『砂の女』(1964)『怪談』(1964)『智恵子抄』(1967)『どですかでん』(1970)『サンダカン八番娼館 望郷』(1974)『影武者』(1980)『泥の河』(1981)『たそがれ清兵衛』(2002)『万引き家族』(2018)と並び、その関係性は1950年代から近年まで脈々と続いている。
主要部門に食い込んだ人、複数回候補になった人は
では主要部門に食い込んだ日本映画、日本人はどのくらいいるだろうか。作品賞にノミネートされたのは2021年度の『ドライブ・マイ・カー』が最初でいまのところ唯一の例となっている(脚色賞候補も本作のみ)。
同作では濱口竜介が監督賞でも候補になったが、この部門では『砂の女』の勅使河原宏、『乱』(1985)の黒澤明に続いて3人目。
演技賞では主演部門での候補例はなく、助演女優賞部門では『サヨナラ』(1957)のナンシー梅木が唯一の受賞例。『バベル』(2006)の菊地凛子が2人目の候補者だ。
助演男優賞では『戦場にかける橋』(1957)の早川雪洲、『砲艦サンパブロ』(1966)のマコ岩松、『ベスト・キッド』(1984)のパット・モリタ(日系二世)、『ラストサムライ』(2003)の渡辺謙という4人が候補になったがまだ受賞はない。
では複数回ノミネートを受けた日本の映画人は?
世界のクロサワと呼ばれた黒澤明監督は個人では1990年の名誉賞受賞と、『乱』の監督賞候補が挙げられるが、監督作『羅生門』(1952年当時は名誉賞)と『デルス・ウザーラ』(1975)(ロシア製作)で2回の国際長編映画賞受賞、同部門では『どですかでん』『影武者』でも候補になっており、日本を代表する映画人に相応しい記録を持っている。
また前出の宮﨑駿監督も2014年に日本人2人目となる名誉賞を受賞。今回の『君たちはどう生きるか』で4回目の長編アニメーション作品賞候補になっていて、『千と千尋の神隠し』以来2度目の受賞を狙う。
この2大巨匠と同等に複数回ノミネートされているのが村木与四郎だ。黒澤明監督作品には欠かせない美術監督で、『用心棒』(1961)では衣装デザイン賞に、『トラ・トラ・トラ!』(1970)(製作途中で黒澤監督が降板)『影武者』『乱』で美術賞に、計4回ノミネートされている。
この記録を抜いたのが今回『マエストロ:その音楽と愛と』で5回目のノミネートを受けた前出の辻一弘で、彼は『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』(2017)と『スキャンダル』(2019)で2度メーキャップ&ヘアスタイリング賞を受賞。
『もしも昨日が選べたら』(2006)と『マッド・ファット・ワイフ』(2007)でもノミネートされている。ただし彼は2019年に日本国籍を離れ、米国の市民権を得てカズ・ヒロと改名している。
またフランシス・フォード・コッポラ監督の『ドラキュラ』(1992)で衣装デザイン賞を受賞した石岡瑛子は、その後『白雪姫と鏡の女王』(2012)でも再度同賞にノミネートされた。
実は日本が何度も受賞をしている部門がある?
石岡の以前にも衣装デザイン賞では『地獄門』の和田三造、『乱』のワダエミが受賞を果たしているが、まだ日本人受賞者が一人しかいない部門もある。
まずベルナルド・ベルトルッチ監督の『ラストエンペラー』(1987)で、坂本龍一が(デヴィッド・バーン、スー・ツォンと共同)オリジナル作曲賞を受賞した時は日本のマスコミも大いに沸いた。同部門では『天地創造』(1966)で黛敏郎が候補になったことがあったが、坂本が日本人初受賞となった。
短編ドキュメンタリー映画賞を受賞したのは『ザ・パーソナルズ 黄昏のロマンス』(1999)の伊比恵子監督で同部門では唯一の例、短編アニメーション賞を受賞したのは『つみきのいえ』(2008)の加藤久仁生監督。この部門は何度か日本作品が候補に挙がるが受賞は今のところこの作品だけ。
候補に挙がりながらまだ受賞したことがない部門は撮影、編集、美術など、一度も候補になっていない部門は主演男女優、長編ドキュメンタリー、短編映画部門などがあるが、今回『ゴジラ-1.0』がそのうちの一つ視覚効果賞を受賞するか、期待が高まる。
最後に触れておきたいのが本選とは別に表彰されているアカデミー科学技術賞。これもアカデミー賞の部門の一つだが、映画界に貢献した重要な技術、技術者に対して贈られるもの。
ここでは日本が生んだ技術や日本人技術者が数多く受賞していることは、知る人ぞ知る事実。企業名で言えば、キヤノン、富士写真フイルム、IMAGICA、ソニーといった名前が並び、ここに所属する技術者たちが栄誉に輝いてる。
直近ではまさに本年度、徳島県の日亜化学工業の技術者5名が開発した映画館用のレーザー投影システムに搭載されるレーザー光源を、青・緑のレーザーダイオードで実現した技術に対して技術成果賞が贈られることになった。
また2020年には三研マイクロホンの小型マイク、COS11シリーズの開発に科学工学賞が、石川県のディスプレイ装置メーカー、EIZOの開発者4名に技術貢献賞が贈られている。
映画の裏方である日本の技術開発とアカデミー賞の関係は長く深いものがあることを知っておきたい。